(1)平成23~24年度は、近年の企業法務における動向や、現場における担当者の意見を聴取するために講演会や研究会などを開催した。これらは、実務における状況分析を中心とした作業であり、他方では、すでに収集した参考文献から得た知見にもとづいて、わが国の企業法務に欠けているものは何か、今後どのような取り組みが必要であるかについての情報を収集した。
 また、一般に市販されているコンプライアンス・プログラムやコンプライアンス・マニュアルの内容について調査するとともに、法学部生や法科大学院生などを対象とした講演会を開催して、主に法曹養成という視点から、会社法務の専門家を養成するために必要な科目の設置など、研究者教員や会社法務の関係者による研究会も開催した。

 具体的には、
 ①2013年1月26日(土)14:30~に、立命館大学二条キャンパスで開催された研究会に参加した。そこでは、木村光江氏(首都大学東京)より「2006年イギリス詐欺罪法について」、および、伊東研祐氏(慶應義塾大学)より「『特別背任罪』の解釈視座 ― 立法の顛末」と題する2つの報告があり、諸外国の財産犯をめぐる最新の犯罪情勢や、わが国の特別背任罪の立法経過と今後の解釈方法について議論した。特にイギリスでは、詐欺罪の増加とその後の立法をめぐる混乱が続いており、同じく判例法に属するアメリカ合衆国と異なる旧態依然とした対応が目立ったことが報告された。また、日本の特別背任罪をめぐっては、各時代の社会経済状況が反映されたこと、当時は、個人的法益に対する罪という認識が乏しかった点が指摘され、今後の理論的再構成と適用の在り方を考えさせるものであった。

 ②2013年1月31日(木)13:00~には、大阪大学豊中キャンパスにおいて、上田正和弁護士(弁護士・大宮法科大学院大学教授)より、「企業による人身被害事故に対する企業側の備えと対応」と題する講演会とスタッフセミナーを開催した。そこでは、市場に出回った各種製品による消費者被害について、企業の社会的責任が問題になるものの、伝統的な個人責任を前提とした刑事罰でまかなうことはできず、自然人だけを犯行の主体とした刑法典では、法人の責任追及が困難であるため、いわば法人の擬人化として、企業トップの刑事責任を追及することが常態化した経緯などが指摘された。

 ③2013年2月9日(土)13:00~には、大阪大学豊中キャンパスにおいて、後藤啓二弁護士(後藤コンプライアンス法律事務所)より、「コンプライアンスの実像と虚像 ── 企業法務として『やるべきこと』と『できること』」と題する講演会とスタッフセミナーを開催した。そこでは、事前に用意した資料を参加者に配付するとともに、経済犯罪における特捜部の役割や企業不祥事とその後の対応をめぐる問題点が指摘された。

 ④そのほか、2012年7月18日(水)には、迷惑メール対策推進協議会の一員として、フィッシングメールの規制や、不正アクセス行為等禁止法の改正、サクラサイト問題などについて、その対策に関する議論に参画した。
 また、同年7月11日(水)および同年7月19日(木)には、イモビライザ規制をめぐって、ブラックマーケットの取り締まりやイモビカッターのネット販売規制など、大阪府・安全なまちづくり条例案の検討会を参画した。
 さらに、同年8月1日(水)には、経済犯罪に対する制裁の在り方をめぐるイノベーション研究会に参加した。

 (2)平成25年度は、前年度(平成23年度)に収集した内外の文献や資料を渉猟するとともに、一般企業のコンプライアンス意識を探るために、とりわけ法務担当者の人材育成について、どのような状況にあり、しかも、企業の側でどのような期待があるかを調査するためのアンケートを実施した。それを集計した結果を、科研費の費用で開設したホームページに公表することになった。あわせて、昨年度に開催した研究会の開催時に参加者に対して行ったアンケート、具体的には、主に中小企業を念頭に置いたコンプライアンスに係るアンケートを、さらに継続して法学部学生にも実施することで、その全体を集計することで、どのような状況にあるかを分析したものを、同じくホームページに公表する予定である。

 現在では、50歳代の部長クラスが法務の責任者となっており、法律系以外の領域から入社したにもかかわらず、基礎的なコンプライアンス講座に参加するなどして、仕事のインセンティブやモチベーションを高めることが多いとされる。他方、各種のノウハウ・スキルや人脈を持っていたベテランの部長が引退することで、これまで個人的能力に負っていた部分が消失するのみならず、その後も若手が育っていない状況にある。また、有能な人材を求める企業側とロースクール修了生のミスマッチが生じている。
 しかも、相変わらず、ロースクール修了生の就職に対する意識は低く、企業側の要望に十分に応えていない。また、就業地の希望が首都圏に集中する傾向がある。そこで、今後、関西地域で何らかの取り組みが必要になるとして、例えば、必修科目としてカリキュラムに入れたり、企業法務関係のインターンシップを実施することで、こうした意識を醸成することも必要となる。

 これに対して、司法制度改革では、法曹人口の増大それ自体が自己目的化してしまった。当初は、弁護士の手数料が低くなるなどと言われたが、過度の訴訟社会になることは、社会にとってさほどのメリットはない。むしろ、企業法務の観点から、職能集団としてのミドルマネジメントになる人々を養成することで、社会全体や企業におけるコンプライアンスの定着や健全な企業経営の形成に寄与するなど、社会にとってのメリットを強調しなければ、そのために必要な協力は得られない。また、在学中のインターンシップなどを立ち上げることで、企業に対し人材としての有効性をアピールする必要もあるのではないか。こうした試みは、今後、積極的に企業側に人材活用を考えてもらう契機となる。


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