日本法ロシア法・相互翻訳プロジェクト

《ロシア連邦刑事訴訟法典・日本語翻訳》


1.はじめに

 日本人がロシアの、ロシア人が日本の文化と社会を正しく理解する上で、それぞれの法及び法意識についての知識は不可欠です。それにもかかわらず、これまでこの面での相互理解は不十分なままでした。かつて日本の大学法学部では、社会主義法という枠の中でではあれ、ロシア法について一応の教育と研究が行われていました。しかし、ソ連解体後二十余年を経た今日では、その学問的伝統も消えかかっています。他方、ロシアでは水準の高い日本研究の伝統をもっているにもかかわらず、日本法に関する系統的な教育が行われることは、これまでほとんどありませんでした。
 ロシア法と日本法はともに大陸法系に属し、ヨーロッパからの継受の経験をもっています。二つの法には少なからぬ共通点があるはずです。両国の研究者が努力を積み重ねることによって、法分野の相互理解は確実に深まるでしょう。今後北東アジアの重要なメンバーとして、日本とロシアが責任を果たし、交流を進めていく上で、そのことのもつ意味はますます大きくなっていくものと思われます。
 今回、本プロジェクトでは、刑事事件専門のロシア語通訳として長い経験をおもちの松本正氏にご協力いただき、ロシア連邦の刑事訴訟法を日本語に訳しました(翻訳に際しては、三重大学名誉教授の上野達彦先生から御助言をいただきました)。目的はふたつあります。ひとつは、これを糸口にして、ロシア人を被疑者・被告人とする事件の刑事手続を進める上で必要な、外国の刑事司法に関する情報を洗い出していくことです。実務家と研究者が協力することで、外国人が絡む刑事事件の処理に必要な情報を提供する体制ができるならば、クローバル化時代の刑事司法にとって有益であると考えられます。
 もうひとつの目的は、刑事司法の分野での日露の研究交流を進める上で必要な法情報を明らかにすることです。刑事司法はそれぞれの社会や文化、国民の法意識を色濃く反映しています。今回翻訳されたロシア連邦刑事訴訟法の、刑事法及びロシア法の専門家による検討を通じて、ロシアの刑事司法の基本にある考え方についての日本側の理解が深まり、新たな比較研究のテーマが見出されるならば、ロシア側に対する新たな働きかけが可能になるでしょう。共同研究を進める上でどのような追加の法情報が相互に必要なのかも、そこから明らかになってくるものと思われます。
 なお、ロシア連邦の刑法典は1998上野教授らの手で日本語に訳されています(財団法人国際問題研究所より発行)。ちなみに、日本の刑法にもロシア語訳があります(Уголовный кодекс Японии (Законодательство зарубежных стран). Под ред. А. И. Коробеева. СПб. 2002)。

大阪大学大学院法学研究科 教授 竹中 浩




2.解説

 日本では起訴状は公訴の提起の際に検察官が作成して裁判所に提出する。そしてその内容は事件について裁判官に予断を持たせるものであってはならない起訴状一本主義の原則に基づき作成され、検察官は捜査段階においてじかに被疑者の尋問に当たる。ロシア語通訳人は起訴状をобвинительный акт、検察官をпрокурорと対訳しているが、通常、ロシア連邦では捜査段階においてпрокурорは尋問を行うことはなく、また日本の起訴状の対訳とされているобвинительный актは起訴状一本主義の原則からは程遠く、そこには事件についての証拠内容の要旨から被告人となる者の前科の有無についてまで被告人の身元について詳細に記載されるうえに、その作成者もпрокурорではない。そして、обвинительный актを起訴状とするならば、обвиниетльное заключениеはどのような対訳になるのか。ロシア語通訳人の対訳にも、またロシア語司法通訳翻訳専門分野の辞書でも日本とロシア連邦の刑事司法制度の違いが無視されて対訳されている言葉が露和と和露に多々見られる。通訳人は法律の専門家でなくてもよいが、調べ官、裁判官、被疑者、被告人の発話の対訳に必要な程度の刑事司法分野の法律の知識を備えるべきであると考える。法律には素人の訳者がロシア連邦刑事訴訟法典の翻訳を始めた目的はそのような法律知識を得るためです。
 また、ロシアでは被疑者の初回の尋問段階から尋問には弁護人が立ち会い、調べ官の許可の下で被疑者に尋問することも認められている。重大犯罪の現場検証には部外者の立会人の立会いが義務とされている。刑事訴訟法における日ロ間の手続き内容の相違点、つまりロシアではどのような環境で被疑者が尋問を受けているかを知ることも司法の現場に従事する者にとって重要とされることであり、その意味においても本法典の正しい日本語訳の完成が切望されます。
 訳者は法律の門外漢であり翻訳内容は直訳が多く、用語の選択も拙劣で、専門分野の先生方の修正を得なくては完成には程遠い内容であります。当該翻訳を諸先生方による完成翻訳のための叩き台として頂き、法学関係者をはじめロシア語司法通訳翻訳にかかわる人たちに参考となることを強く希望します。
 尚、訳文内の赤字の用語は日本の刑事訴訟法との比較においてロシア連邦刑事訴訟法独特の特徴的な手続きから発生した議論の余地のある用語であり、頻繁に登場することから赤字としておきました。また、[ ]括弧は訳者には選択の困難な同義語です。
 ロシア連邦刑事訴訟法典の翻訳にご指導と本法典翻訳の貴重な機会を頂いた大阪大学大学院法学研究科教授の竹中浩先生、拙劣な翻訳にご助言を頂いた三重大学名誉教授の上野達彦先生、その他今後当該法典の完成にご尽力いただける諸先生方に心からお礼を申し上げます。

大阪大学大学院言語文化研究科 非常勤講師 松本 正




3.ロシア連邦刑事訴訟法典


(1)ロシア語原典(PDFファイル、20121月7日現在)

(2)日本語訳(PDFファイル、201217日現在)




《日本地方自治法・ロシア語翻訳》


1.はじめに

 かつてソヴィエト連邦は民主主義的中央集権制の原則に基づいて統治されていました。1991年のソヴィエト連邦解体とともに成立したロシア連邦は、新しい統治体制への移行を進めましたが、その過程で地方自治という概念が導入されることになり、新たに連邦中央、連邦構成主体、地方自治体の3層から成る中央地方関係が成立しました。連邦中央及び連邦構成主体の機関は国家権力機関として位置づけられるのに対して、地方自治体は国家権力の体系には含まれないとされています。このようなロシア連邦の地方自治制度は、日本の制度とは大きく異なるものです。残念ながらその具体的なありようについて、私たちの知るところはきわめて少ないと言わざるを得ません。
 同様に、ロシアの研究者にとっても、日本の地方自治制度についての情報はおそらくきわめて限られているものと思われます。今後、日本の法と行政についての情報をロシア語で提供し、それによってロシアの研究者が日本について有する知識を増やしていくことは、両国の相互理解を深める上できわめて重要です。とりわけ地方自治に関する情報の交換は、それが一般の人々の生活と深く関わっているだけに、高い優先順位をもっています。
 
このような理由から、私たちのプロジェクトでは、日本の地方自治法の一部分をロシア語に訳しました。翻訳の作業は、三好マリアさん(大阪大学大学院言語文化研究科言語社会専攻博士後期課程2年)の訳を樹神成教授(三重大学)に検討していただき、必要な修正を加えるという形で進めました。翻訳は平成25年4月10日法律第9号による改正までを反映しています。
 今後は他の部分についても翻訳を行い、それを通じて日露の行政法研究者による共同研究への道を開いていきたいと考えています。

大阪大学大学院法学研究科 教授 竹中 浩




2.日本地方自治法


(1)日本語原典(PDFファイル、20139月18日現在)

(2)ロシア語訳(PDFファイル、2013918日現在)






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