法情報学とは何か

改定履歴
v0.04[2003/8/20]
v0.03[2000/6/3]
v0.00[2000/6/1]

田中規久雄


1 「法情報学」の定義
 法情報学とは、「情報科学など(認知科学・情報工学も含む)の情報諸学の視点から『法とは何か』(法の存在論と認識論)を明らかにしようとする学問分野である」と思うので、そう定義する。

2 「法情報学」の対象と方法
 「法哲学」は「哲学」の立場から、「法社会学」は「社会学」の立場から、「法史学」は「歴史学」の立場から、それぞれ「法とは何か」について取り組んできた。
 こうした古くからある基礎科学領域からの法の解明に加え、1960年前後から急速に発展してきた「情報科学」、「認知科学」などの基礎科学*1の方法をもって「法」を解明しようとするのが法情報学である。
 その意味では、legal informaticsという言葉より、information science of lawの方が事態を明確にするかもしれない。日本語でも、「法情報科学」、「法情報工学」、「法知識科学」、「法認知科学」等々、様々なバリエーションがありうるだろう

3 「情報科学」と「法情報学」
 こうして、「法情報学」の使命のひとつに「法情報」そのものの存在論の解明があげられる。これは、シャノンの情報量の定義に始まる「情報科学」に対応する法情報学の使命である。こうした客観的な法情報の分析を「法の情報処理」アプローチと呼んでもよいであろう(「論理法学」の立場*2)。
 この立場では、基本的に法情報の構造とその処理モデルを構築することがともかくの課題である。このモデルは、法世界を記号によって抽象化して構築される。(もっとも、チューリングテストに耐えうればよいという視点であれば、ソフトウェア工学的にはモデルなしのアプローチも考えうるが、法の解明に寄与するところは少なく、先述の法情報学の定義からは外れることとなる。)

4 「認知科学」と「法情報学」
 しかし、「法情報学」は単純に「情報科学」に解消できるものではないのも明らかである。たとえば情報処理学会「大学の理工系学部情報系学科のためのコンピュータサイエンス教育カリキュラム J97」*3を見ても、「法情報学」には当面不必要な科目がたくさんある。このカリキュラム表において、「法情報学」に親和的な学問領域としては、「知能情報学」や「人間情報科学」が考えられるが、これらは対象である「情報」そのものに加えて、「情報」を扱う「計算機」だけではなく、「情報」を扱う「人間」そのものにも重点をおいている。これを法情報学にひきつけていえば、法情報そのものだけでなく、法情報を処理する人間(法律家)の頭の中を考察の対象にするということになる。
 さて、上記のように「法律家」の頭の中の法情報処理を対象とする認識論的な分析も法情報学の一使命である。これには、「情報科学」とシンメトリカルに発達してきた言語学(linguistics)*4を中心とする「認知科学(cognitive science)」がその基盤科学となる。そこでこうした認知的な法情報の分析を「法の意味論」アプローチと呼んでもよいであろう*5(仮に「認知法学」の立場としておく)。

5 法学基礎論との接合性
 これら二つのアプローチはともに「法とはなにか」の問題の内、主に「法源(authority)」や「法的推論(legal reasoning)」といった議論に別の角度から光をあてることになり*6、「法情報学」においてはそれらが情報科学(論理法学)、認知科学(認知法学)の双方の視点から書き直されることが目指される。
 この段階では「法の情報処理」アプローチにおいては区別されていた法情報の構造モデルとその処理モデルが対象化され、オブジェクト・オリエンティッドな「法律家の認識モデル」として統合されうるであろう。そしてさらに重要なことは、探求がモデル構築で終わるのではなく、そこから始まるのだということである。すなわち、そのモデルが現実世界ならびに可能世界においていかなる「意味」(あるいは、「機能」)を持ちうるのかまでがその射程とされるのである。そうしてその段階で、法情報学は「法解釈方法論」に接合していく。

6 応用法情報学のひろがり
 さて、以上のような法情報学の骨格になる部分を仮に「法情報基礎論」と名付けておこう。しかし、「法情報学」はこれにとどまるものではない。むしろ現時点においてはこうした基礎論よりも、すでに利用可能な情報技術*7を応用した様々な試みが先行している状況である。

7 「法情報学」基本体系
 以上のような捉え方から、以下のような「法情報学」の体系を提案する。

(1)法情報基礎論:認知・情報科学から見た「法とは何か」*8(基盤:法理学、言語学、心理学、論理学、一般情報学など)
(2)応用法情報学
  1)法知識情報学:実用的な法情報の構造化*9、エキスパートシステム開発の研究*10(基盤:データベース論、自然言語処理、人工知能論など)
  2)経営法情報学:司法、行政、法律事務所などの情報システム化とその活用研究*11(基盤:ネットワークシステム論、経営情報システム論など)
  3)法学情報教育:法学教育で教えるべき、法情報検索と処理(統計、文字列処理、プログラミング、プレゼン・情報発信など)のカリキュラム開発、コースデザイン、システム・教材開発ならびに、一般実定法科目などの法学教育システム・教材開発などの研究*12。(基盤:情報教育論、教育工学など)


 以上、とりあえず思いつくままを簡単に示したみた。諸家のご教示をいただければ幸いである。


[注]
*1 情報工学者の逢沢氏は、情報理論で歴史をも説明できるのではないかとする。(「ネットワーク思考のすすめ」PHP)
*2 吉野一「『法律エキスパートシステムの開発研究』について」法とコンピュータNo.15(1997)、42頁-参照。
*3 http://www.ipsj.or.jp/chosa/J97dist.htm
*4 ここでいう「言語学」はチョムスキーの認知革命以後のものをさす。(cf.碧見純一、法学協会雑誌)
*5 この点に対する、きわめて重要な指摘として、夏井高人「法情報学の枠組み」(1998)「法情報分析」の項参照。なお、夏井氏の「検索=分析=政策」の枠組みは、記号論(semiotics)の3領域である「統語(syntax)=意味(semantics)=運用(pragmatics)」がその哲学的基礎となっているように思われる。
*6 加賀山茂「法情報学とは何か」(1999)参照。
*7 「情報技術」とは何かというのも厄介な問題ではあるが、ここでは、「電子計算機(コンピュータ=ハードウェア+ソフトウェア)技術」と「電気通信(ネットワーク)技術」をその二大要素としてあげておく。
*8 京大人文研「法的思考の研究」など参照。
*9 明治大学学術フロンティア推進事業「社会・人間・情報プラットフォーム・プロジェクト」が代表的である。
*10 吉野一「法律人工知能」(2000)が代表的である。
*11 夏井高人「裁判実務とコンピュータ」(1993)、藤田康幸編著「法律業務のためのパソコン徹底活用Book」(1999)、藤田・小川「法律事務所のためのパソコン導入大作戦」(1999)が代表的である。
*12 この分野での業績は多い。加賀山茂「法律家のためのコンピュータ入門」、伊藤博文「法律学のためのコンピュータ」、加賀山・松浦「法情報学」(1999)など。なお、法情報学で情報リテラシーを教えることに対する批判として、門昇「法情報学の現状ー情報教育との関連を中心にー」(1999)参照。また、「リーガル・リサーチ」は別の体系を有する確立した別個の領域であることに留意。