教育システム情報学会誌 Vol.15 No.4 Jan. 1999 (pp. 349-354)
法学教育としての情報教育
−法律家に求められるコンピュータリテラシー−
田中規久雄
大阪大学法学部
Informatics as Legal Education
−Computer Literacy for Lawyers−
Kikuo TANAKA
Faculty of Law, OSAKA Univ.
キーワード: 法学教育,情報教育,法律実務,専門教育,授業システム
1.はじめに
今日の高度産業化社会においては,いわゆる法曹三者といわれる裁判官・検察官・弁護士をはじめとする法律家はもちろんのこと,法律事務職員といったそれを補助する人々(paralegal)や企業内での法務担当者など,およそ法に関わる人々は,処理不可能とも思えるほどの膨大な法情報を効率的に収集・検討・整理し,問題の発見・解決にあたる必要に迫られている。
こうした時代の要請に応えるべく,法学部における基礎教育の一環として,情報機器やネットワークシステムを利用した法学教育が始まっている。以下,本学の現状を例に,そのあり方を考察してみたい。
2.法学教育としての情報教育の理念
法律家にとってコンピュータリテラシーが重要なのは,様々な情報技術(Information Technology, IT)の発達が法律家の仕事そのものを変質させてしまうからであるといわれる。
たとえば,今日のイギリスの司法改革においてITの面から重要な影響を与えている法律家,R. Susskindは,ITの発達が法律家の仕事に対し,自動化(automating),情報化(informating),そして革新化(innovating) という3つの効果を与えているとする。簡潔にいうと,自動化とは従来の仕事の機械化であり,情報化とはそうしたプロセスの中で生成されたデータの再利用,革新化とは法的処理の仕事そのものの再構築である[1]。そしてSusskindが最重要視する革新化において,法律家の仕事は(図1)のように変質するとされる[2]。

今日の法学教育においては,こうした未来からの挑戦に応えることが求められており,単に従来の仕事にコンピュータを利用すること,たとえばビジネス三種の神器といわれたワープロ,カルク,データベースが使えればよいといった程度の,自動化・情報化に対応するだけの情報教育では済まなくなってきているのである。
Susskindは,このような法律実務の将来像に法律家がうまく対応していくための成功要因の一つに,教育と研修をあげている[3]。自動化・情報化までは一般的情報教育の援用でよいかもしれないが,Susskindが強調するのは,変質するであろう将来の法律実務においては,法律実務と情報技術は分離不可分になるゆえ,法学生に対する情報教育は,法学とは「別の科目」(distinct discipline)としてではなく法学の中で,また同様に,実務家の情報研修も実務の中で行なわれなければならないということであり,我々は,ここに一般教育では達成不可能な,法学教育としての情報教育の理念を見いだし得るのである。
3.法学教育としての情報教育の目標
以上のような理念の下,現時点の法学教育の中で持つことのできる具体的な教育目標はどのようなものになるのであろうか。
合衆国でのこの分野の研究者の一人,R. Granatは,今日の合衆国では,Law School修了者のほぼ全員が,(1)補助者なしにワープロで文書を作成し,多くが,(2)いわゆるPIM(Personal Information Manager)を用い,(3)表計算とデータベースソフトの基本的操作ができ,(4)税金計算ソフトなどの特定目的のためのソフトが使え,さらに若干の者は,(5)電子教材が扱え,(6)アウトラインプログラムと,(7)プレゼンテーションソフトが使えるとし,さらに全員が,(8)LexisやWestlawといった法律データベースを用いた電子検索を経験し,最近では,(9)インターネットの利用と,(10)電子メールによるコミュニケーションを経験している,と述べている。
しかし彼は,こうした技能は最低限のコンピュータリテラシーであるとし,今後の法律家に必要なスキルとして以下のものをあげている。
その第一は「電子情報検索のスキル(Electronic Information Retrieval Skills)」である。情報を発見し,それを有益な形にすることが法律家の仕事である場合が多い。それゆえ,データベースの設計,構築,検索のスキルも重要となる。
第二は,「電子的コミュニケーションのスキル(Electronic Communication Skills)」である。今後,クライアントとの連絡,協議のみならず,他の法律家との共同作業や,裁判所,政府機関への連絡,文書提出などに必要とされる。
第三は,「電子出版のスキル(Electronic Publishing Skills)」である。たとえば,担当する企業への指導マニュアルの制作などにおいて,マルチメディア技術が応用された,改訂の迅速な最新の電子ドキュメントが作成されれば,印刷ベース時代には「紙」工場であった法律事務所を転換させ,1対1から1対多への法律サービスの転換に対応できるとする[4]。
Susskindの理論にひきつけていえば,自動化・情報化に対応できる能力がコンピュータリテラシー,革新化を切り開く能力がコンピュータスキルといえ,その意味で結局はSusskindもGranatも実務を革新する情報処理能力の育成を求めているわけである。
さて合衆国での状況は,そこが単に情報技術の先進国というのみならず,伝統的にいわゆる判例法(case law)を法源の中心としてきた英米法系(Anglo-American law system)の国であり,印刷ベースの時代からすでに膨大な判例を中心とする法情報を処理する能力が法律家に求められており,それゆえLaw Schoolの法学教育課程にもLegal Research(法文献調査法)といった科目が設置されてきたという文化的地盤が大きく影響しているものと思われる。
しかし,判例法国においても時代の急変に対応するために多量の立法がなされる一方,基本的には制定法(statute law)を基本的法源とする大陸法系(civil law system)の国々においても,所有権や自由権といった基本的制度が長期に運用されてきた結果,判例をはじめとする法的判断が集積し,彼我の格差は少なくなってきており,大陸法系のわが国においてもGranatの指摘は大いに有効であろう。
その意味で,法学教育としての情報教育は以上のようなスキルを(図1)にいう将来の法律実務像に適用しつつなされることが目標となる。
4.法学教育としての情報教育への制約
しかし,以上の理念にも関わらず,現状には問題が多い。その一つは初歩的コンピュータリテラシーの問題である。
タッチタイプ,マウスの使い方,ファイルの開き方といった,本当に初歩的なコンピュータリテラシー教育そのものは,大学においては本来一般教育ですらないであろうし,もちろん専門教育ではあり得ない。
経済・経営学教育の立場からも,「私は経営・経済の学部ですから,コンピュータのことは知っているものとして,需要予測やシミュレーションはどうやるか,データベースを活用して効果的な情報を出したりレポートを出したりするにはどうすればよいかなどについて教えたいのですが,それができないのが悩みです」[5]として,学部専門教育レベルで初歩的なコンピュータリテラシー教育を行なわねばならないことへの嘆きが見られる。それに加えて,法の将来像を見据えた法情報教育においては,その教育が初学年からなされねばならず,また同時にすべての科目においてなされねばならないわけであって,さらに難しい面がある。
また,わが国の現状では,未だ法学部卒業生には法の機械的情報処理能力は求められていないという意見や,行なうにしても法学ではない「別科目」として自動化・情報化に対応するだけでよいという見解も十分に納得できるものであるし,そもそも設備・スタッフの両面で,すぐに革新化を見据えた情報教育を実現できるほどには恵まれていないのが通常であろう。
そこで,現状では折衷的なカリキュラムを組まざるを得ないのが実状である。
5.カリキュラムの実際
大阪大学法学部ならびに大学院法学研究科・国際公共政策研究科では,初歩のネットワークリテラシーを含むコンピュータリテラシー習得を中心とする「法情報学1」(学部・大学院共通)とその法学への応用を中心とする「法情報学2」(学部),法学研究への応用を中心とする「応用法情報システム」(大学院)が開講されている。これは「法学教育としての情報教育」であるので,初歩のリテラシーの段階から,可能な限り教材には法律に関係したものが用いられている。「法律家にとって有用かどうか」がその教育方法と教材選択の基準だからである。
そしてその具体的なシラバスは以下のようなものになっている(98年度)。
(1)「法情報学1(2単位)」
[概要・目的]
法律学におけるコンピュータ利用の基礎について実習を行なう
[授業計画]
第1回 オリエンテーション
第2回 コンピュータ入門:ユーザーI.D.,パスワードの管理,ログイン・ログアウト,キーボードの使い方,ファイルの扱い方
第3回 ファイルのコピー,消去,エディターの使い方
第4回 日本語入力の方法,自己紹介文の作成
第5回 電子メールの使い方
第6回 電子メールを利用したコミュニケーション,グループ実習(他大学との交流)
第7回 法学文献をコンピュータ上で読み,分析する
第8回 コンピュータで文書を作成する,レジュメ・レポートの書き方及び実習
第9回 電子メールを利用した情報共有(共同学習)の方法
第10回 電子メールを利用した情報共有の実習
第11回 インターネットの実習
第12回 課題の実習 1
第13回 課題の実習 2
第14回 レポートの作成
第15回 まとめ
この中には,判例・文献CDの検索・利用,OPAC(Online Public Access Catalog)による附属図書館の検索,NACSIS Webcat(学術情報センター総合目録データベースWWW検索サービス),インターネット上の様々な検索エンジンの利用,WWWによる情報発信などの実習も含まれている。
(2)「法情報学2(2単位)」
[概要・目的]
法情報学1に引き続いて,コンピュータなどを利用して,具体的な法律問題に関する文献収集,資料読解(判例の読み方,論文や書物の読み方,メモの取り方など),批判的分析の手法,論争の実習(いわゆるdebate),論文の作成(議論の組立,論文作成のノウハウ,説得の文書的技法など),コンピュータを利用した出版を行なう。
[授業計画]
1.問題を考えるための文献検索学入門
2.文献検索実習(判例,法令,関係資料のコンピュータその他による検索)
3.情報分析,処理入門
4.情報分析,処理実習
5.論争学入門
6.Debate実習
7.論文作成の技法入門
8.論文作成実習
9.デスク・トップ・パブリッシング実習
97年度は,具体的な法律問題を設定し,それについて学生をグループ分けした仮想の法律事務所を設定し,争点整理,文献調査,文献分析,訴状の作成,業務報告の提出などがネットワークシステム上で行なわれた。
(3)「応用法情報システム」
「応用法情報システム」については,コンピュータリテラシー(2単位)と並行して,主に院生各人の具体的研究テーマに即し,「論文執筆計画の立て方」,「アブストラクトの作成」,「論文の類型とアプローチのパターン」,「資料の使い方」,「資料分析・蓄積の方法」などについて,ネットワークシステムを用いて内容的な面にも触れながら講義されている(2単位)。そしてこれには,Lexisといった外国法の法律データベースの検索やOCRその他の各種機器利用の実習も含まれている。
以上のようなカリキュラムは,法律実務・法学研究の革新化への展望をも踏まえつつ,当面その自動化・情報化に対応し,それらを指導していける法律家の養成という点において,現時点での社会環境・設備・スタッフからして妥当なものであろうと思われる。
6.設備・システムの問題
現在のところ学部の法情報学は,例年,多数の新入生が受講を希望するため学内共通施設である情報処理教育センターが利用されている。こうした共通施設の欠点は,せっかく学部に専門向けのソフトやデータベースなどがあっても,それが利用できない点である。やはり抜本的には,専門教育としての情報教育のために,各専門部局ごとに希望者を受け入れ得るだけの物的・人的インフラを整備するべきであろう。
とはいえ,基本的コンピュータリテラシー教育の範囲では一般教育向けのセンターで十分ではある。ただこれはローカルな問題なのかもしれないが,本学のセンターは大変厳格に運営されている。たとえば学生のみならず,たとえ授業担当者であってもセンター外へのtelnetやftpはできないし,学生がつくったホームページもドメイン外からは見ることができない。外からの情報を受け取れるのはanonymous ftpとWWWとe-mailのみであり,また外に発信できるのはe-mailだけで,法学教育としてめざす教育には不充分な仕様となっている。
そこで,「外」である法学部や大学院からの運営には一工夫を要し,我々が考案したのが(図2)のようなネットワークシステムであった。このシステムでは,センターの学生は端末からe-mailで課題提出などを行なうが,それはSubjectにある文字列で内容が分類され,法学部にあるサーバーにおかれる。そして,そのデータはWWW(httpd)により見かけ上整理されて発信され,学生はセンターからでもこれらのデータを読むことができるというわけである(もちろん学生へのさまざまな資料・教材の配布もこのシステムを利用する)。これにより教育システムは大幅に整備されたが,まだCD検索その他学部に依存する教材を扱う際は,ローテーションを組んで学生を連れ歩くといったプリミティブな状態である。

図2 使用システム概念図
7.教育評価
こうした教育の効果について,ここでは上記法情報学1の試験結果を簡単に見てみたい。この科目は法学的素養の養成よりもコンピュータリテラシーに重点をおいた科目であるが,この科目の受講生のほとんどが新入生であり,最初の時点でコンピュータを使ったことのある学生は3〜4%である点で教育効果がはっきりわかる科目である。
試験は半期6ヶ月,週1回90分の講義の後行なわれる。今年度の問題は5問で,問1は10分で200字程度の法律・政治問題に関わる文書のタイピングをすること,問2は英和辞書・英英辞書を用いて英米法上の法律用語5語を検索し,その法律上の意味を抜き出すこと,問3はインターネット上で「我妻栄」という著名な民法学者についての情報を探し,そのURLを書き出してそれぞれに簡単な解説をつけること,問4は日本の法学部のホームページを3つ探し,HTML形式でリンク集をつくること,問5はある法的・政治的なテーマにそって800字程度のエッセイを書くことであり,提出はすべてe-mailで行なわれた。試験受験者は102名であり,各問の評点は5段階で行なった。その分布を(表1)に示す。
表1 評点分布
| 問1 | 問2 | 問3 | 問4 | 問5 | |
| 5 | 67 | 15 | 54 | 13 | 5 |
| 4 | 13 | 34 | 7 | 6 | 9 |
| 3 | 7 | 19 | 1 | 7 | 17 |
| 2 | 8 | 6 | 8 | 14 | 26 |
| 1 | 7 | 28 | 32 | 62 | 45 |
もちろん評点の価値が各問題によって異なることは言うまでもないが,各問題内での段階は,厳格な採点基準を設けて行なった。結果を見ると,タイピングに関してはほぼ満足できる成果が得られたが,最後まで慣れない層があることは明らかであり,これにどう対処するかは今後の課題である。問2はほとんどタイピング速度に関係なく,カットアンドペーストですむ問題であった。答案を見る限り,評点の低かった層には,問題の意味が理解できていない層と,辞書の検索結果から「法学上の意味」を抽出することができなかった層とがあった。後者は受講生の英語力の問題であり,前者については講義方法の改善が必要である。問3は出来不出来が大きく分かれたが,検索エンジンの使い方そのものよりも,どのURLを取り上げるのが良いかの判断ができなかったようであり,その結果,解答を後回しにした者もいるようである。問4は,検索エンジンの使い方自体がそれほど障害になっていないということから,まさにHTMLの書き方そのものの問題となった。その結果は芳しくないが,興味を持って自らのホームページを作成するような少数層と記号処理の苦手な,いかにも文系学生らしい層に分かれている。しかしこれはWYSIWYGなツールを使えば解決するので必ずしも対応が必要な問題ではない。むしろ少数層の方を射程に置くべき教育内容であろう。問5もタイピング能力というより,解答の中身が考えられないという点で達成度が低くなっているものである。この点は実体的な思考能力の育成という一般的な課題の他,情報学としては,合衆国などにおいてよく見られる,辞書などと組み合わせた学生用の思考支援ツール類の活用を教授する必要がある。(残念ながら現状の利用設備ではできないが。)
全体として,授業システムが受講生にe-mailでの提出とWWWでの受信を強制しているので,e-mailとWWW,ならびにカットアンドペーストといったその周辺部分について習得度が高いことが見受けられる。ゆえに,「授業システム」を通して何らかの「要素技術を教える」よりも,授業システムそのものが,教えたい要素技術のすべてを含み,それを利用しなければそもそも授業に取り組めないといった形の「教育システム」を構築することが結局は効果的なのではないかと思われる。
8.おわりに
一般的に機械そのものに関心の無い法学部学生を対象とする場合,情報教育が躓きの石となり,学生に情報機器利用を放棄させることだけは避けねばならない。また,如何に学生の法的処理能力を拡大し得るかが教育課程,教育方法,教材選択の基準とならねばならない。そうしてこそ,法学の学習・研究並びに法律実務に情報機器利用が有益であることを学生に実感させることが可能となろう。「教育システム」そのものがそうした理念を体現するように設計されることが今後の最大の課題である。
(1998年9月1日受付)
参考文献
[1] Richard Susskind, THE FUTURE OF LAW - Facing the Challenge of Information Technology, Oxford University Press (1996, rev. 1998) at 49-51
[2] Id. at 286
[3] Id. at 255-261
[4] Richard S. Granat, Re-Training Lawyers for A Digital Age, 12th Annual ABA TECHSHOW 98, March 28, 1998 (Accessed on May 11, 1998) <http://www.digital-lawyer.com/retrain.html>
[5] 高橋三雄「求められる情報リテラシーとは」, Computer Today No.74 (1996.7),51頁