1 法情報学と法情報
筆者が法情報学に取り組んできた一つの動機あるいは視点は、法情報を国民にとってどれだけ身近な存在にできるかということであった。換言すれば、法情報を必要とする人たちに迅速かつ的確にそれらを提供できるようにすることである。
法律関係のデータベースの増加、インターネットの普及などにより、情報検索や情報収集については便利になってきたが、現状でもなおこれらを手作業で行わなければならない部分もかなり多い。コンピュータ等の情報機器の利用の有無にかかわらず、必要なときに簡単に法情報が入手できるようになっていることが望ましい。
何らかの調査をする場合、問題が複雑になればなるほど多くの関係資料を必要とすることが多い。主要な法典だけではなく、規則、通達、立法関係資料等をも調べる必要も生じる。法律専門家でもこれらの資料を容易に収集できないことがある。まして一般の人たちにはとても時間のかかる仕事になる。たとえば、新法律を探す場合、その法律がいつ制定されたかということを新聞やニュース等で余程注意していないと、探すのに苦労することがある。通常、法律の公布は、官報に掲載して行うことになっている。しかし、個人で官報を購読している人はおそらく極めて少ないであろう。こういう現状ならば、新法律の制定等を国民に知らせるためのもっと有効な手段を考えなければならない。幸い、現在インターネット上で官報を見ることができるようになったので、大きな進歩である。
2 法情報学と情報教育
わが国の大学で法情報学関係の講義が次第に増えてきたため、「法情報学」という名称が近頃ようやく知れ渡ってきたように思う。いつ頃からか「情報」という言葉が流行になって、学科名、科目名等によく用いられている。別に悪い現象ではないが、かといってほめられたことでもないように思う。そのうちに情報という言葉が魅力を失ってきた場合、このような名称が果たしてどのような運命をたどるのだろうかと余計な心配をしてみたくなる。
たしかに情報化社会といわれるように、情報に対する関心が非常に高くなっているが、コンピュータが急速に普及している現在に情報というものがにわかに脚光を浴びているわけでもない。いうまでもなく、過去においても情報というものが重要な役割を果たしてきた。
筆者は、コンピュータの利用の有無にかかわらず、情報収集、情報検索、情報処理、情報活用等に関する教育は、初等教育の段階から始めるべきであると考えている。大学で始めるにはあまりにも遅すぎる。情報活用等は学習の基礎的なものであり、これらに関する教育は、コンピュータの普及や利用とは関係なく、ずっと前からもっと積極的に行われてきてもよいはずであった。現状では、たとえば法学部の場合、法情報学関係の講義の中で情報教育を取り入れているところが多い。コンピュータとの関わりが深いとはいえ、このような情報教育を法情報学という講義の中で行うべきかどうかは別問題である。各大学により事情が異なるであろうが、通常の情報教育の中で行うほうがよい。特にコンピュータの操作技術などに関する教育は講習会等で実施すれば十分であろう。
3 法情報学と教育方法
法学教育についてはかねてから大いに関心をもっているが、大阪大学法学部における法情報学では、コンピュータの操作等の実習を伴うことが多かったため、特に教育方法にも強い関心をもっていた。
わが国でも法学教育に関する論考は多い。しかし、たとえばアメリカでは、Journal of Legal Education(Association of American Law Schools、1948年創刊)という雑誌があるが、筆者の知る限りこのような法学教育の専門雑誌は日本には見当たらない。わが国でもこのような法学教育専門雑誌の発行が望まれる。法学教育の制度の改革などはしばしば話題になるが、より具体的に教育方法、教育技術などが論じられることは少ないように思う。もちろん教育制度も大事であるが、教育の実際の場面では、何を、どの程度まで、どのように教えるかなどが重要になってくる。全く指導しないこともよくないが、また教えすぎるのもよくない。一から十まで手取り足取り教えるというのは、たとえば生命に関わるような特定の教育の場面で必要だと思われるが、通常このような指導方法は適切とは思えない。本来、学生自身が考えるべきことまで教えてしまうということは、どう考えても上手な指導方法とはいえないだろう。独学できるように指導することが望ましい。常に誰かに指導してもらわないと何もできないようでは困る。
また、教育内容についても毎年同じものを繰り返すというのは、学生にとっては初めての経験であり、新鮮さがあるかも知れないが、教員にとっては能力の退化の要因にもなりかねないので注意を要する。教育内容については常に工夫を重ねる努力が必要であることはいうまでもない。
教育や学習は何も学校だけで行うべきものではない。時や場所を問わず、都合のよいときに都合のよい場所で行えばよい。筆者は数年前アメリカのある大学に滞在する機会があった[1]。その大学のキャンパス内で講習会等がしばしば行われていて、これらのいくつかに出席してみたが、どれもとても有益であった。このときに学んだことが後にいろいろな場面で大いに役立っている。
4 法情報学の現状
各担当者の関心領域により、法情報学関係の講義は様々である[2]。いくつかの大学について調べてみると、その講義内容は、コンピュータの操作技術、情報処理、情報検索、情報収集、法的推論、法学教育におけるコンピュータの利用、コンピュータをめぐる法律問題、論文の書き方などである。情報教育を行う場合でも、法学という専門分野との関連を常に考えておく必要がある。法情報学の「法」という語が単なる飾りとして用いられることのないように切望する。
法情報学が登場した当初に比べて、この学問が大きく発展してきたであろうか。情報機器、情報通信技術等の発達により、法情報学は大きく影響されてくる。まだ法情報学の歴史が浅いが、着実に進歩しているように思う[3]。多くの研究者等が法情報学に取り組んでおり、研究成果が蓄積されてきている[4]。
筆者は大阪大学法学部で法情報学の講義に関わってきておよそ10年になる[5]。もちろん法情報に関わってきた年数はそれ以上である。その間における法情報に関する大きな変化といえば、各種の法律関係のデータベースが増加し、インターネットが急速に普及してきたことであろう。現在インターネットは社会に大きな影響を与えているが、法情報学の研究にこれをどのように利用するかが今後の重要な課題になるであろう。また、インターネットに関しては、いろいろな新しい法律問題が生じており、これらの問題についても法情報学の研究対象にもなっている。
21世紀に法情報学がどのように発展しているだろうかと想像してみるのも楽しい。筆者は、法情報学との関わりに一区切りをつける意味もあり、法情報学の現状を踏まえた上で、ただいま「超」法情報学、「脱」法情報学を模索中である[6]。
(注)
[1]門昇「マディソン右往左往」大阪大学附属図書館報30巻3号(1996年)1-3頁参照(http://www.library.osaka-u.ac.jp/kanpo/kado.htm)。
[2]わが国の法情報学関係の講義については、筆者のホームページの「法情報学関係講義一覧」(http://www.law.osaka-u.ac.jp/~kado/itiran.htm)を参照していただきたい。
[3]法情報学の歴史については、夏井高人「法情報学小史」図書の譜 : 明治大学図書館紀要第3号(1999年)183-190頁参照 。
[4]それらの研究成果や文献については、夏井高人教授のホームページ「法情報学」(
http://www.isc.meiji.ac.jp/~sumwel_h/)
の「法情報学関係の文献目録」、伊藤光郎「法情報学に関する文献案内」図書の譜 : 明治大学図書館紀要第3号(1999年)191-202頁参照。
[5]大阪大学法学部における「法情報学」の講義を基礎にして共同執筆したのが、加賀山茂・松浦好治編著『法情報学』(有斐閣、1999年刊行予定)である。
[6]筆者はかつて本誌で法情報学を紹介したことがある(門昇「法情報学ー情報化社会における法学教育の新しい試みー」法図連通信第20号(1988年)4-5頁)。また約10年後に法情報学について何らかの報告をする機会があれば幸いである。(かど のぼる)
[法図連通信第31号(1999年9月17日)2-3頁、法律図書館連絡会発行、『法図連通信』等編集委員会編集、国立国会図書館調査及び立法考査局法令議会資料課内]