当代中国外交研究のための覚え書

毛里和子(早稲田大学教授)

今回私は、未成熟な考え方、つまり覚え書、メモランダムということでお話をいたします。今日のシンポジウムは、現代中国60年を問うというタイトル、サブ・タイトルがまた恐ろしいことに日本の研究の到達点と書いてあります。お話するのは出発点でありますので、とても到達点など語れません。ただ、日本において現代中国外交についていい文献があるかというと、やはり残念ながらほとんどないと言っていいと思います。アメリカで良い研究が出ていますが、その中で私が1番好きなのがRobert RossとAndrew Nathanが書いたThe Great Wall and the Empty Fortressという1998年に出た本で、彼らの完全な共著となっています。ロスとネイザンのこの本は世界の中で大国化する中国をどういうふうに認識したらいいかということを考える上で標準書として、非常にバランスのとれた成果で、私は多くのことを学びました。今日は時間の関係もあり、不消化なことを申しますが、お許し願いたいと思います。

現代中国外交、六つの問い

最初に当代中国外交、つまり60年間の中国外交をどう考えるかという時に、自分の「問い」をまず立てたいと思いました。実は今年中に本を書きたいと思っているものですから、今とりあえず六つの問いを発します。

第一に、中華の時代の伝統的なオーダーとは一体何だったのか、それが現代に生き続けているのか、です。ある人は、「差序」という表現を使います。つまり中心があって周辺があって、その後ろに、異国があるという、そういう非常にヒエラルヒカルな対外認識或いは対外行動というのが原則的に伝統中国の外交を貫いており、それが現代もなお続いているのだろうか。あるいは全くそうではなくて、近代主権国家システム、つまり平等だという理念型に基づいた、主権というのを何よりも基本におきながらそこで生き残っていく、あるいは拡大していくそういう外交として現代中国の外交があるのか。あるいはそのどちらでもない中間なのか。以上の「問い」はかなり厄介です。

さしあたりかつて毛沢東時代にスローガンとして言われたインターナショナリズムというようなことで考えてみましょう。上の「問い」に対する私の答えは、第二の近代的主権国家システム、主権の保全、これが中国外交が60年追及してきたことで、その中での利益の追求が基本だったのではないかということです。

第二番目は、アメリカ外交でもよく問われますが、現代中国外交を貫くものは、利益あるいはパワーに基づくリアリズムなのか、あるいはアイデオロジーとかナショナリズムなどに基づくアイディアリズムなのか、あるいは伝統的な王道観念を継承したモラリズムなのか、という、これも厄介な「問い」です。実はこの三者は混交しており、それがどのように混交しているのだろうか、これが第二の問題であります。これに対する私の答えは、中国外交の基本はリアリズムで、ある状況に合わせて、ある目標に合わせて、時にはアイディアリズムなりあるいはモラリズムなどが追求されてきた、というものです。

それから第三番目の「問い」は、中国的な、あるいは中国固有の対外認識の仕方や構造があるのではないか、というものです。ある意味では中国の対外認識の仕方は非常に重層的です。前に書いたことがありますが、まず中国のリーダーたち、国際政治の学者たちが考えることは、世界システムがどうなっているかということです。第一レベルです。つまり今の時代で言えばグローバリズムが世界システムなのですが、これがまず基本にあります。それからその次のより具体性に近い第二レベルでは、「時代性」で、例えば冷戦の時代、戦争と革命の時代、反対に平和と発展の時代、という対比ができます。そういう時代性にきわめて敏感です。それから第三レベルが、要するに国際的な政治のシステム、つまりパワーバランスはどうなっているかという点に関わります。中国語では「系統」(xitong)という言葉を使います。それから第四レベルが、きわめて中国的な「格局」(geju)という狭義の国際システム、つまり大国間のパワーバランスです。

中国の外交思想は、だいたいこの四層ぐらいに分かれていて、それらを時代に合わせながら、いろいろ変形し組み合わせていくと考えられます。なお、それらにプラスして、中国の外交にとって非常に大事な、抜けてはならないのは自己の役割認識でしょう。これはアメリカ外交とも共通している点であり、日本外交には基本的に抜けている点です。その点で、中国外交と日本外交とは本質的に違うところがあると考えます。中国では、どの時代においても自己の役割(我々は世界の中でどういう立場にあり何をなすべきか)というのが根底にあります。

第四番目の「問い」は、中国の世界および地域認識の固有性という点ですが、この点は後で詳しくお話します。特に2000年代に入って中国は、グローバルな課題や状況を認識すると同時に、自分の周辺の地域、リージョナル、具体的に国境を接するネイバーを地域の中に設定するという、そういう地域認識が顕著になってきています。これも日本外交とはかなり違う点でしょう。

第五番目の「問い」が対外政策と国内政策のリンケージの問題です。あとでお話いたしますが、多くのアメリカの中国研究者、そして中国での中国外交の研究者は基本的には国内政策が外交を決めたというような言い方をします。しかし、その両方のリンケージがいったいどうなっているのかというのがずっと私自身の「問い」で、実はこれについてはケース・スタディをいくつかやってみないと結論が出てこないとは思うのですが、今の印象的なところでは、通説とは逆に、国際環境や対外認識・外交というのが実は国内政治に極めて大きな影響を与えているのではないか、と考えています。むしろ外からのインパクトの方が中からのインパクトよりずっと強いのではないか、特に毛沢東時代はそうであったと考えます。

それから第六番目に、現代中国60年の連続性、ないし断続生の問題です。先ほど高原さんもお話になったように毛沢東時代30年、鄧小平、およびポスト鄧小平の30年と考えますと、連続性と本質的な違いというものをどこかで切っておきたい、何が一貫していて何が変わったのか。私見では、実は結局変わってないところが多いと考えます。変わったように見える時ほど変わってないところに注目する必要があるのではないでしょうか。これから書く予定の『中国外交概論』の中身に入りますが、1番難しいところは、たぶんこの6番目の問題にかかわる点、具体的には戦争と外交にあると考えています。例えば、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中越戦争などは中国が絡む戦争はもちろん、イラク戦争のように中国がほとんど絡まない戦争、しかし国際政治においては非常に重大な戦争になっている戦争も含めて考えます。意識してこういう違うものに対して中国側からどう答えているのかということを問うてみたいと思っています。

中国における中国外交研究

さて、次が中国における中国外交研究の状況です。もちろん全て見ているわけではないのですが、中国では外交研究の基本的条件、とくに資料面で大きな変化があります。中国が、外交文書を開放する政策を3年くらい前から始めていることです。現在のところ、1960年までの「档案」が最低限公開されています。我々が北京に行って2週間待てば可能なものは見せてくれる。なによりもソ連、東欧が崩壊したということで旧ソ連、東欧のアーカイブが非常に多く出てきています。例えば、沈志華という華東師範大学の冷戦研究者が非常に熱心にソ連のアーカイブ、あるいは東欧、ドイツ、東独におけるアーカイブの中国語訳を系統的に進めています。私は彼からできるだけ情報を流してもらうようにしてもらっています。それからアメリカのアーカイブは世界に冠たる状況で公開が進んでおり、20年前のものもどんどん出てきています。そういう意味では、中国側アーカイブは不十分であるにせよ、ソ連や米国のものを使った新しい外交、当代中国外交の研究が本格的にできる環境に入っています。

中国での研究書を具体的に紹介しましょう。中国側での最初のが謝益顕の本『中国当代外交史(1949-2001年)』ですが、だいたい改革開放以後の出版です。また、1987年に出された韓念龍という人の当代中国叢書シリーズの『当代中国外交』ですが、これを読んだ時に、私は、ようやく中国も自分のことを少し客観的に分析し始めた、と感じました。中国では何でもそうですが、政治についても経済についても外国についても80年代の後半に出た文献が一番良質です。2000年代に入ってそれを越えるものがまだなかなか出てきていません。それから頼りになるのが三巻本の外交史(『中華人民共和国外交史』(1949-1978年)です。49年から78年までが入っていますが、新しい資料に基づいて比較的客観的に書かれています。それから最近の新しい研究では楊奎松という人の冷戦期の対外関係研究があります。

いま挙げた中国人の研究者たちはみな冷戦期の研究者ですけれども、みな優秀で、国際的スタンダードを越えています。一般的に、日本人の冷戦史研究者は非常に少ないのですが、中国ではかなり充実してきています。そのうち中ソ(中ロ)関係は、1番熱心にやられており、この分野では我々はかないません。さっきも上げた沈志華(華東師範大学・中国冷戦史研究センター)と李丹慧というご夫婦が全国の地方レベルのアーカイブを使いながら、中央が駄目なら雲南だ、雲南がだめなら広西だと全国の档案館を回っていますからとてもかないません。彼らのものをわれわれは精力的に吸収する必要があります。

米中関係については、戴超武(南京大学?)という人が、『敵対与危機的年代1954-1958年的中美関係』という優れた本を出しています(2003年)。日中関係は、まあ、金煕徳『中日関係』と林代昭『戦後中日関係史』が代表的でしょう。それから国際関係論分野ですが、中国のリベラルな国際政治経済研究者の代表である王逸舟(社会科学院世界経済と政治研究所)が最近出した『中国国際関係研究(1995-2005)』は中国における国際関係理論の研究状況を丁寧に紹介したもので、非常に役に立ちます。この本から、中国は自らの外交についてどういうふうに考えているのかというその一端をご紹介しましょう。

まず龐中英は南開大学・中国人民大学の兼任でなかなか精力的に国際政治経済学を研究している、まだ40代の人です。彼の論文「半個世紀的中国外交」(『国際経済評論』1998年第5/6期)は良い論文で、大雑把に言うと、次のような三点を指摘しています。①この50年間、半世紀の中国外交を拘束してきたものが、内政、つまり内側からの拘束が一番強かった、次が「国際大格局」の拘束だというのです。②50年間「中国外交の3原則」はほぼ一貫していた、という点です。内政と外交は不可分で、外交は内政に奉仕する。それから世界経済と国際政治システムに中国は絶えず対応し中国はそれに「調整」(tiaozheng)していくという。それから政治と経済が不可分だという。特に外交における経済ファクターというのを非常に重視したのが中国外交であるという言い方をしています。今日的な理解に支配された50年の総括になっているのがちょっと気にかかります。 ③彼は50年間を、1949年~70年代末の「国際環境への防衛外交の時期」、1980年代から冷戦終了までの、「独立自主・経済利益外交の時期」、ポスト冷戦期の「グローバリゼイションのなかでの国家利益確保時期」の三つに分けて考えています。これに対して、パワーバランス論に立って、1.1949-1959年(一辺倒時期)、2.1960年代(反米・反ソの二条線時期)、3.1970年代~80年代初(反ソの一条線時期)、4.1982年以後(「敵でもない、友でもない」独立自主期)と、4つの時期に分けて考えるのが張小明「冷戦時期新中国的4次対外戦略抉択」『当代中国史研究』1997年第5期)です。

中国外交――五つのイメージ図

以下は、私が作った中国外交のイメージ図です。第一図の伝統中国というのはだいたい清の中期と考えて中華の中心部と藩部と朝貢国、そしてその周辺にいわゆる互市関係をもつ諸国があります。同心円を形成しています。それが毛沢東時代になるとどうなるでしょうか。基本的には、伝統中国時期とイメージの構造は同じです。違いは、伝統中国時期には、中国自身、外の世界に対して開放的で、ベクトルは外に向かっているのに対して、毛沢東時代は、外圧の中に中国が拘束されている点です。 これに対する反発が、1958年、中東における革命の触発で中国外交が「左傾化」した時期でしょう。

第二図は、1960年代の冷戦期、いわゆる東西両極に対応したところの中間地帯論に立つイメージで、基本的には外圧によって支配されている中国外交の位置というのが大体分かると思います。

これは郭さんという人の、中国系の人の本に依拠して作ったものです。70年代以降中国は3つの世界論を出します。第三図がそのイメージ図です。

ところが、改革開放を経た2000年代になると、構造は大きく変わります。第四図がそうです。グローバル、リージョナル、そしてリージョナルな中のネイバー(周辺)という三つに分かれ、それが同心円を創り出しています。特にこのリージョナルの部分は2000年代以降の新しい認識であって、中国は地域外交については、1990年代の後半まではほとんど展開していません。つまり、ネイバーに対するバイラテラルな外交、あるいはグローバルなところでの国連を通じた、あるいは国際機構を通じた働きかけが中心で、リージョナルな外交、リージョンのなかの中国という観点というのはほとんどありませんでした。

第五図は、2000年代に中国がいかにマルティの地域外交を展開しているか、を示しています。中国を中心としたネイバーがいわばリージョンに変わっていくわけです。この6角形、5角形のところはいわゆる北朝鮮をめぐる六者協議のレジームを示しています。これが地域機構に育っていくかどうかはまだ分かりません。興味あるのは、日本と台湾が、中国と地域協力機構との間では完全に排除されていることです。1998年発足、正式には中国がイニシアティブをとる中央アジアの地域機構が上海協力機構(SCO)です。SAARCというのは南アジアですね。恐らくは中国の戦略的な意図とういうのはSAARCというものをもう少し機能させて南アジアでの中国がかかわる地域機構を強化することでしょう。インドとパキスタン、中国との三角関係をうまく処理しながら、これを「中国が関わる地域」として確保していくということだと思います。こうしてみると、中国の広大な「周辺」は、さまざまな内容をもつ、地域機構やレジームになりつつあります。中国がたんなる「地域大国」ではない、ということを示しています。

COE「現代アジア学の創生」をめぐって

次にCOEにかかわるイシューを取り上げます。実はCOEの現代アジア学というのは「学際・新領域」というカテゴリーで申請しましたので、審査委員の9割以上が理工系の研究者なのです。ナノテクノロジーとか、医学と理学の融合とか、環境学などで、人文社会科学系の研究者は20人のうち1人しかいませんでした。それも文化人類学で、私にとって一番苦手な学問です。そこで、彼ら審査委員の方々は、私たちがやっていることがちっとも分からない、と言うんです。自分たちに分からせる工夫をしてくれ、というわけです。身近にいる理工系の人と話し合って、どうやったら分かってもらえるかずいぶん工夫をしたのですが、結局最終的には分かってもらうことはできないということが分かったんです。

でも、なんとか工夫はしました。一応客観的なデータを提供し、かつそれを分析するために社会学のメソッドを使って、1980年代からこれまで、東アジアにどういう地域が形成されてきているのかを解析することにしたのです。 アクターとしてASEANプラス3、それに米国など関連する域外国6カ国、合計19カ国を取り上げて、1980年~2004年まで、25年間の経済、政治、安全保障、人の移動や文化交流などの二国間、多国間データをすべて数値化し、解析しました。その一端を紹介しておきましょう。中国外交の重点は、2003年の時点では、CLMV、つまりカンボジア、ラオス、ミャンマー、ヴェトナムです。それからASEAN6、このあたりが非常に多くなっています。ところが90年代は、対ロシア外交がきわめて活発だったということが分かります。こういうさまざまな関係の数値化によって、印象論ではなく、中国の対外重点とその変容がはっきり示されました。

例えば、首脳の交流です。首脳には外務次官クラスまで入ると思いますが、彼らがどういった形で往来しているか。われわれのデータ集積と解析では、中国の場合は2000年から2003年まで、ASEAN6が一番多いのです。それからロシアが二番目。日本はかなり下位にいます。明らかに小泉前総理の靖国神社参拝をめぐって首脳間の往来が全く途絶えたところを示しています。これに対して中国はASEANにシフトする形で外交を展開しているわけです。

次にお話したいのは、中国の国家利益観です。これは2000年代のグローバリゼイションの中で中国外交の核心のイデオロギーです。国家利益という言葉が非常に明確に出てくるのは、鄧小平が1989年ニクソンに言った言葉、国家自身の戦略的利益から出発するということです。つまり、国家利益は、インターナショナリズムをイデオロギ-としてきたこれまでの中国としては国家としては言えないわけですけども、89年、鄧小平はニクソンに対して、あなたは現実主義者だ、私もそうだ、意見が一致しますねということで語り合うわけです。国家利益論で一番有名なのは閻学通の国家利益分析で、96年に出版されました。これを最初に見た時、私は非常に驚きました。今までの中国は一体なんだったのかと。閻学通の理論というのは、中国におけるリアリズムを代表しており、国家利益に階級性はない、国家利益と個人利益は統合される、国際利益は国家利益が変形したものだというわけです。このような理論的な根拠の薄弱な議論を閻学通はやっているわけです。

しかし他方で、現在の中国の学界の主要な動向や政策リーダーシップの議論は、このような現実主義傾向だけではありません。メインストリームとしては、2000年代以降の中国外交の根本にあるものとして紹介しておく必要があるでしょう。2つの地域主義として挙げたのがそうです。

さらに、先ほど挙げたSCO、上海協力機構に対する中国の関わり(これは完全にリアリズムに立っています)と、ASEANおよびASEANプラス3に対する中国の関わり方、あるいは東アジア共同体についての中国のメッセージを見ていますと、違う種類のものが同時進行していると考えられます。ASEANを含む東アジア対しては、むしろ新しい地域を形成するという新地域主義的な性格をもち、コンストラクティビズムとして、安全保障、緩やかな共同体を作っていくというような思考で、これを主張するのが鄭先武や王正毅らの若手で大体みんな30代から40代の若い国際政治学者たちです。

これにたいして上海協力機構については全然傾向が異なります。その場合の地域主義は、明らかに勢力圏であって、伝統的地域主義から一歩も出ていません。SCOは中国の影響圏、あるいは勢力圏を拡大するべく、中国が作り上げた地域協力機構で、旧いタイプだと思います。中国にとってSCOというのは極めて重要ですが、第一がこの地域の戦略資源、第二が反テロリズム、それから第三がアメリカに対抗するため、第四が、これが一番大事かも知れませんが、いずれも権威主義体制としてその関係の強化を通して連帯関係を強める狙いがあります。

最近の中国における国際関係理論ですが、王逸舟の『中国国際関係研究(1995-2005)』が大変、要領よく紹介しており、参考になります。それによれば、昨今はコンストラクティヴィズム(建構主義)が流行しています。とくに若い世代の間で。一方で閻学通のような非常にラディカルな現実主義、リアリストと、他方でアメリカでも非常にリベラルなコンストラクティビスト、あるいはイギリス系かと言われるようなグループが、お互いに主張し合っているという感じです。もう1つ興味を引くのが、王逸舟が、国際関係理論の中国化というイシューを巡って中国の学界が非常に熱心に議論しているとしている点です。北京大学に王緝思という人物がいます(国際関係学院の院長)。彼自身、「中国発」の国際政治理論という問題意識でいろんな論文を書いています。つまり大国には大国の外交特性、思想と理論の特性、アイデンティティの特性があるのが当然であり、現在の国際政治理論というのはアメリカ発の国際政治理論で、やはり中国発というのを追求すべきではないのかという論点です。これから期待して見ていきたいと思います。

三つのテンタティブな結論

最後になりましたが、テンタティブな今の観察では、とりあえず当代中国外交の特質について、三点のまとめをしておきたいと思います。

一つは、中国の外交関係者が、外交に関するあらゆる主義、あらゆるドクトリンを活用しているという点です。そのフラグマティズムには驚くべきものがあります。「中国外交は現実主義だ」と言ってしまうのもある意味で間違いであり、といって、「中国はコンストラクティビズムになりつつある」というのもまた適当ではないという状況にあります。つまり、資源やエネルギー、あるいは領土などのイシューで利益に関わる問題では極めて現実主義です。ところが、経済協力というようなマルティの関係になると、コンストラクティビズムになっています。グローバル・イシューということになってくるとこれはいわゆるネオナショナリズムや新制度主義でもって対応してくるということで、イシューごとに違うのです。それから相手国によっても違う。アメリカのような大国に対してはものすごい現実主義で対応します。では、日本に対してはどうでしょう。さまざまな歴史的経緯から、日本というのは中国にとって非常に難しい相手です。日本にとっても中国はもっとも難しい相手ですが・・・。中国は、日本についてはとりあえずこれまでのところは、モラリズムで対応してきたというのが私の観察です。

第二の特徴は、「外交はパワーだ」とするものの考え方です。そして同時に外交はアーツだ、芸術だ、という観点ももっています。「外交はパワーだ」とか「外交は芸術である」などの観点は日本にはほとんどありませんから、そういう意味では対照的です。例えば中国の国際関係学の下位分野に「外交学」というのがあります。1980年代の一時、特に79年から82年にかけて、中国とアメリカは軍人の交流も含めた、非常に戦略的な関係を追求しました。もちろんその目的はソ連への対抗ですが、Harry Hardingが後に反省しています。「79年から82年にかけて我々は中国のあまりの外交の上手さに惑わされて、中国の力を過大評価した」と言っていますけれども、相手を惑わせる外交術を駆使できる外交文化の基盤があるわけです。さらに、国際関係論や国際政治学の研究が非常にさかんです。日本において日本発の国際政治理論を作ろうなんていう風潮は全然ありません。中国での外交研究、国際関係の研究というのは、非常に重要な学問として扱われているので、人材も豊富で、また育っていくのでしょう。

第三番目が、主権至上主義です。「主権は国境を越える」とさえ考えているのではないか、と思われます。そういう意味では非中央アクターとか、非政府アクターというのは、こと中国外交に関する限り、ほとんど意味をなさないのではないか、と思います。

以上が、中国外交の特質に関する、未成熟な、またテンタティブな私の結論です。いろいろご批判をいただければ大変幸いです。

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