現代「中国」の社会変容と東アジアの新環境

研究組織

研究目的

(Ⅰ)
本プロジェクトは、一昨年度と昨年度実施した「現代『中国』の社会変容と東アジアの新環境」(特別研究費Ⅱ)の研究成果を踏まえ、さらに深化させるため、政治学、経済学、歴史学、社会人類学等の観点から地域としての「中国」、および東アジア(東南アジアを含む)をとらえ、中国地域研究の新たな方向性を模索することにある。 1990年代後半における中国市場の突出した存在感と経済のグローバル化は、中国と東アジアの政治的、経済的、文化的関係を劇的に変化させてきた。政治史的にみて、21世紀における「大国」としての中国復活の直接的契機は、20世紀第4四半期の鄧小平時代を通じた中華人民共和国の体制転換のなかに見出すことができる。同時に、中国の存在感は、いわゆる華夷秩序を基盤とした東アジア諸国家の文化空間の広がりと変容からも絶えず文化創造の原動力を得てきた。本プロジェクトでは、こうした中国の変貌を、中心-周縁(core-periphery)関係が政治的、文化的に再編される過程として、また国家、トランスナショナリティ、ローカリティが、国民、民族、家族、身体と交錯する過程としてとらえ、新たな「中国」像の可能性を探る。 具体的には、次の5点を共通の課題とし、全体的なテーマに関わるモデル化と資料分析において逐次意見交換をしながら研究代表者・分担者が下記(研究方法)で詳述する分担に従って研究を進める。そのうえで、準備会議(中国文化コロキアム)に引き続き(7月)、中国・南開大学歴史学院において、南開大学、東華大学(台湾)との共催による国際シンポジウムを開催し(8月)、将来的な研究成果の出版を念頭におきつつ、研究成果を報告書としてまとめる(9月)。

  1. 「中国」を中華人民共和国と等値せず、地域社会、国民国家、サブ・リージョン(経済的相互依存性を基礎とした国境横断的越境的まとまり)、国民国家結合(リージョン)、グローバル・ランドスケープといった地域の多層性、「多元的多民族社会と華人社会」という空間的拡がり、および「近現代の軌跡と前近代からの逆照射」という歴史的射程からその特質を捉えること
  2. 東西冷戦構造の解体から新国際秩序の模索の過程において顕在化した東アジアの新しい「文明生態」の形成における中国文化の位置づけとインパクトを競争・共生・共同あるいは摩擦・対立・対決というような緊張関係を意識しつつ、様々なディシプリンを駆使して研究すること
  3. 香港・台湾・東南アジアなどの華人・華僑社会の新しい文化変容・文化創造が中国とその周辺地域との地域間関係にどのような影響を与え、また中国の国家的枠組みの再編にどのようなインパクトを与えうるかを多面的に検討すること
  4. 中国の開放体制が、中国国内の周辺部とそれに深い歴史的文化的繋がりを持つ周辺諸地域との間に、どのように新たなネットワークを形成し、そして地域間関係・民族関係を再編成させつつ、なおかつこれらを主体とする経済・文化圏形成に寄与し、またかつての周辺地域を新たな核とする中心-周縁(core-periphery)関係をどのように生成させつつあるかなどの諸点について、特に周縁地域の歴史的変遷過程と実像から多角的に検討を加えること
  5. 日本を含めた中国の国際関係の未来像形成を巨視的・重層的にとらえていくための中国研究及び中国と関連する地域研究の可能性と方法を提起すること

(Ⅱ)
本プロジェクトは、中国の経済的プレゼンスの増大により、ともすれば経済のグローバル化の視点に傾斜した分析になりがちであった中国地域研究の今日的状況を、グローバルな位相とローカルな位相、国民国家の位相、さらに身体をめぐる位相の間のダイナミズムという観点から再考する点に最大の特徴を有している。言うまでもなく、戦後日本の中国研究を担う主軸の一つは、歴史構造の解析的課題に加えて同時代の中国文化の普遍性と特殊性を政治・経済・外交の相互連関の視点から再構成する「地域研究」の方法である。しかし、加々美光行(2003)の指摘にあるように、ウェスタンインパクトを前提とする欧米起源の「途上国地域研究」から枝分かれの形で展開されてきた「中国地域研究」は、1978年のサイード(Edward W. Said)によるオリエンタリズム批判、1984年のコーエン(Paul A. Cohen)の「中国史学批判」(Discovery History in China)を経ても、同時代中国文化の否定的評価と中国古代文明の肯定的評価が常態的かつパラレルに混在するオリエンタリズムの弊害の克服に至っていない。

一方、1990年代後半以降における中国経済の圧倒的なプレゼンスは、物・資金・人による経済要素の交流拡大がかつてない相互依存関係の重層的実態を浮き彫りにするとともに、「中国」と周辺地域との間の膠着した中心―周縁関係イメージを生み出してきた。中国と周辺地域、中国系移民とホスト社会の様々な側面における社会的接触や文化的な相互影響関係は捨象され、本質主義的な「中国」および「中国人」像が再生産されてきたのである。

この意味で、冷戦構造崩壊後の新しい国際秩序の出現を契機として、政治学の領域からの国分良生(2000)、開発経済学の領域からの渡部利夫(2002)、文化人類学の領域からの吉原和男・鈴木正崇ら(2002)の研究に代表される、近年のグローバリゼーションとチャイナ・インパクトの相関関係を現代的中国文化変容・文化創造の射程に入れて再検討するという新しい視点は、中国地域研究の新たな胎動を示唆する重要な問題提起となっている。

また、海老原毅(2005)によって紹介された「1990年代以降の日本における中国対外政策研究の動向」にあるように、中国の開放性に内在する歴史的・文化的・現代ナショナリズムの多元的相関関係の認識視角こそが、中国地域研究の重要な構成としての中国対外認識・中国外交分析にとって有益なツールである。

本研究プロジェクトは、国民国家、トランスナショナリティ、ローカリティの多層性に、身体の管理という位相を関与させることでこれまでの中国地域研究には見られない視点を補い、華僑・華人研究を含む広い意味での中国地域研究の新たな潮流の一端を担い得ると考えられる。

(Ⅲ)
近年、わが国では、中国の経済大国化に呼応し、中国地域研究の社会的需要が急速に増大しつつある。愛知大学の現代中国学部のように、現代中国研究とその教育的応用を基本理念として掲げる学部の出現に加え、北海道大学大学院文学研究科中国文化講座(2000年4月設置)、桃山学院大学経済学部中国ビジネスキャリアーコース(2006年4月開設)、早稲田大学中華経済研究所(2001年4月設置)、拓殖大学華僑研究センター(2003年10月設置)、慶応義塾大学東アジア研究所(2003年10月地域研究センターより名称変更・再編)などのコースや研究機関の新設が相次いでいる。

また、大学教育においてみられる中国関心度の高まりと呼応するように、アカデミックな活動も一段と活発化の様相を呈している。日本における中国研究の学会を代表するアジア政経学会(1953年設立、会員1300名)、日本現代中国学会(1951年設立、750名)、中国現代史研究会(1969年設立、会員200名)に続いて、日本台湾学会(1998年設立、会員400名)、中国経営管理学会(2000設立、会員300名)、中国経済学会(2002年設立、会員400名)などが新設されるに至っている。

こうした趨勢のなか本学における中国地域研究は、従来からの特色の一つとして中国文化領域のみならず、東南アジア華僑・華人研究、東洋史学、国際政治学などの多様な研究領域の共同参画を立案し、学内横断的・学際的研究方式による地域研究の豊富な資産活用が最大限に図れることに強みを有している。学会動向や研究動向に照らしてみても、本プロジェクトが提案する研究領域の複合的編成及び研究と教育の有機的連携の具体化は、新たな時代的意義を有し、同時に大学併合という新たな社会情勢を迎えるなか、日本の大学教育における創造的研究・教育体系作りの可能性を模索・提案する意義も有すると考えている。

本プロジェクトの研究組織のメンバーは、多様な研究領域の専門家によって構成されている。本プロジェクトの研究課題の遂行にあたって、現地調査、資料分析に欠かせない語学的な素養はもちろんのこと、個々の研究分野で探求されてきた地域研究の豊富な蓄積もあり、この意味で学際的な研究条件は整っている。

既に本プロジェクトの研究組織は、研究者ネットワークと成果発表の枠組みに関する基盤整備のうえに知的資産としての中国地域研究の蓄積と社会一般に向けた成果の公開を試み、中国地域研究の新たな潮流を生み出してきた(従来の研究経過・研究成果を参照)。19年度の研究プロジェクトでは、研究基盤の整備に関してフィールドワークと資料収集に関するネットワークを整備するとともに、国民国家、トランスナショナリティ、ローカリティ、および身体の管理という位相の間のダイナミズムを課題化することで、きわめて独創性の高い地域研究の枠組みの構築を目途としている。

研究計画・方法

本研究プロジェクトは、一昨年度、昨年度のプロジェクトを発展的に継承し、「『中国』の社会変容と東アジアの新環境」のさらなる深化を図る。同時に新しい研究環境に対応するため、研究用ウェブサイトをさらに充実させるとともに、国内外の研究機関に所属する本学大学院修了者を中心とした研究者ネットワークをベースとした研究ネットワークの試行を行う。 このため研究体制の効率及び課題設定に必要な研究領域の整合性を考慮し、昨年とほぼ同様の研究組織を維持しながらも、以下のように国民国家、トランスナショナリティ、国民国家、ローカリティ、身体の相互浸透性をより明確に課題化し、個々の研究ならびに国際シンポジウム、報告書の作成の基調にすえる。

  1. 想像の共同体としての国民国家は、ある種の地縁的なメタファーと血縁的メタファーの交錯によってとらえることができる。地縁的メタファーとしての国民国家は、国民国家を超えるトランスナショナリティや国民国家内のローカリティと対置することができるが、これらは原初的な空間区分として認識し得るのではなく、近代を超克する論理の振幅として想定することができる。したがって、「中国」と周辺地域をめぐって国民国家とは異なる地縁的結合をどう読むかという課題は、とりもなおさず西欧近代を超克する論理をどう読みとるかという課題だと言えよう。こうした地縁的メタファーの解読は、今日の「中国」をめぐる人、情報、金の移動のみならず、歴史的な段階における中国と周辺諸地域との関係のなかでも可能な研究領域である。
  2. 一方、血縁的メタファーとしての国民国家は、「中国人」のナショナリズムとアイデンティティに関与しているが、言うまでもなくここで問題となるのは生物学的事実(とされるもの)が社会学的事実へと転換されることで、家や宗族、「中国人ネットワーク」、「中国人ナショナリズム」が想像されるという点である。こうして、本プロジェクトでは、ミクロレベルのデータとして(1)身体、血がどのようにイメージされ、管理されてきたか、(2)婚姻、埋葬、祖先祭祀がどのように行われ、そこにどのような身体観を読み取ることができるのか、(3)そうした身体観との関連で、医療に関わる行為(例えば輸血や献血)や人口政策、人口移動をどう解釈できるのかといった点を課題化し得る。
  3. 「中国」と「中国人」は、生物学的事実に全面的に規定される本質主義的な地域とアイデンティティを担うわけではない。むしろ、地域の多層性と近代、身体観とナショナリズム、アイデンティティという異なった位相のなかに、新たな「中国」像の鏡像を読み取ることが可能であると考えられる。

上記(1)と(2)の目的遂行のために、これまでの研究蓄積の再点検及び現地での新たな調査、資料収集や現地の研究者との意見交流は欠かせないものである。各研究分担者の研究領域は、下記の通りである。

西村成雄 総括としての中国地域研究の新たな潮流を展望すると同時に、今日的「中国」社会の変容を惹起するナショナリズムの歴史的・内実的含意の分析を行なう。
田中 仁 国民国家、トランスナショナリティ、ローカリティの多層性をモデル化し、「中国」の社会変容に与える政治過程の影響について幅広い検討を加える。
許 衛東 トランスナショナルおよびローカルの両面から「中国」社会の変容をとらえ、特に国際エネルギー需給関係や労働力移動、多国籍企業の中国戦略における中国要素の経済的意義を検証する。
堤 一昭 近代国民国家が想像される以前の中央アジアと「中国」の国際関係史もしくは地域関係史の再提示を通じて、地域としての「中国」の歴史的形成過程および非連続性を検証する。
山田康博 国民国家間、ないしトランスリージョナルな位相での「中国」をめぐる政治力学に焦点をあて、特に安全保障の観点から米国の対中政策(中華人民共和国と台湾の両方)及びそのアジア関係への波及について分析を加える。
宮原 曉 トランスナショナリティとローカリティ、国民国家の多層性について、中国系住民の人口移動と身体イメージという観点から分析する。同時に研究代表者としてプロジェクト全体の進行を調整し、総括を行う。また、民族誌的、社会史的資料およびローカルな知識を集積するための研究ネットワークの試行についても担当する。

研究分担者は、上記の研究計画を遂行するために、特別研究費により現地調査、資料収集、ないし資料整理、分析を行うとともに、学内において定期的に研究会を実施することで、研究の進展に伴って得られた新たな知見と資料分析について情報の共有に努める。また、そうした情報および分析は、電子メディアとして標準化を図るとともに、必要に応じて多言語化し、ウェブページ上で公開する。 上記の研究成果は、中国・南開大学、台湾・東華大学との共催により、南開大学において開催予定の国際シンポジウム(仮題「現代中国の社会変容と東アジアの新環境」 8月26日―28日開催)において発表し、報告書を作成する。本シンポジウムでは、学内研究分担者に加え、わが国内外の研究機関に所属する10名程度の本学大学院修了者をネットワーキングする。また、3大学における大学院生レベルの中国地域研究者の養成と民族誌的、社会史的資料およびローカルな知識集積のための研究ネットワーク(研究者ネットワークを基盤とした)の試行をも企図している。なお同シンポジウムでは、報告者旅費、滞在費に加えて、会議運営費、通訳料、プロシーディング作成費などの支出が見込まれる。

従来の研究経過・研究成果

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