中国北方の水問題:持続する非循環社会の謎

辻田 洋一

中国国内で都市・農村間の格差が指摘されるようになってから久しいが、もはや人々の意識上ではその格差は当たり前の如く存在するものとされている。本論文では都市部と農村部の関係性を明確に論じることが可能な題材として北京市の取水工程を取り上げ、北京市とその水源地に当たる潮白河、永定河流域の取水を巡るパワーバランス、そしてその背後にある中華人民共和国建国以降の政策を手がかりとして考察を行う。

第一章ではこの北京市の水不足問題を論じる上での予備知識として、北京市が属する海河流域の年間降水量や一人当たりの水量について述べる。また北京市の水源は潮白河流域の密雲ダム、永定河流域の官庁ダム、地下水源が主たるものだが、この水不足が発生した時期を明らかにするために建国以降の水源地の水量変化について述べ、以前との比較をするために現時点での水源地別の使用割合について述べる。

第二章ではこの水不足問題の発端を明確にするために更に地域を細かく見ていき、ここでは永定河流域の抱える問題点について論じる。そもそも北京市の水不足問題は永定河流域の工業化の進展により官庁ダムが使用不可能になったことに起因するわけだが、その背景として建国以降の産業立地政策が大いに関係している。地域の発展を促すために鉄鋼、化学、機械などの重工業を各地に分布させた。このことは内地の工業生産の増加には効果があったものの、永定河流域に関して言えば工業の主原料の一つである水資源分布とは関連性の低い集積産業の分布が形成された。このことを踏まえた上で本章では実際に河北省・張家口市の事例を取り上げ、現在の産業立地、そして水資源の現状について述べる。また第二節においてはいわば矛盾した産業立地により水汚染や水不足を引き起こしたことを受けて政府側が第九次五カ年計画以降いかなる対応を取ったかについて論じる。

第三章ではもう片方の重要な水源である潮白河流域の取水工程について注目した。第二章でも述べた官庁ダムの水質汚染、水量の減少を受けて密雲ダムからの取水量が増加したが、もはや供水可能な量を超えており、更にその上流からの取水が盛んになっている。ここで筆者は白河堡ダム、河北省赤城県、雲州ダムにおいて簡単な実地調査を行い、地元の人々の産業と水の使用割合、そして北京市の取水工程についていかなる意見をもっているかについて調べた。そこで判ったことは日本の水源地などとは違い自然環境が苛酷であること、工業は殆ど存在せず農業用水も地下水を利用しているため現時点では北京市の取水工程が水源地に対して被害を及ぼしているとは言い難いということであった。しかし、それだけではなく人々が首都に供水を行うことは当然のことであるという意識を持っていたことに意外性を感じた。そこでその意識がどこから来たのかを、これまで農村が置かれていた立場から考察して戸籍制度などの制度上の問題、そして都市-農村間の格差だけでなく、農村-農村間の格差についても論じる。

第四章ではこの北京市の水不足問題を受けて政府側はどのような対応策を練っているのかについて触れ、南水北調、引拒済京工程などの大掛かりなプロジェクトについて論じる。そして第四章の終わりの部分と総括の部分ではタイトルの副題にもあるとおり、なぜ様々な問題が浮上してもこれだけ一方的な開発を行うことが出来たのか、そして非循環のスパイラルに陥ってもフィードバックがかからないのかという点に焦点を当て、この問題の総論を論じる。

戻る