現代「中国」の社会変容と東アジアの新環境

研究組織

研究目的と研究課題

本プロジェクトは,昨年度実施した「現代「中国」の社会変容と東アジアの新環境」(特別研究費Ⅱ)の研究成果をさらに深化させる見地から,新しい中国地域研究の可能性と中国台頭に伴う21世紀の東アジア(東南アジアを含む)の国際環境変動に対処すべき有効な処方を具体的に提示することを目的とする。

周知のように,冷戦崩壊後の国際関係と秩序が劇的に再編される中において、中国の役割が増大しつつある。歴史的にみて21世紀における「大国」としての中国復活の直接的契機は,20世紀第四半期の鄧小平時代を通じた中華人民共和国の体制転換のなかにある。同時に、伝統的中国文明を基盤とした東アジア諸国家の文化空間の新たな広がりと変容からも絶えず中国自身が制度刷新と文化創造のためのダイナミズムの供給を受けてきた。このような中国側及び中国を取り巻く周辺側諸国との連動的関係の拡大と深化は、東アジアないしグローバルな国際関係の基軸の一つを構成している。

上記の時代変化に関する基本認識に立って,本プロジェクトは,中国の変貌を中心・周辺(core-periphery)関係の再編過程ととらえ,主に(1)「中国」を中華人民共和国と等値せず,「多元的多民族社会と華人社会」という空間的拡がり,および「近現代の軌跡と前近代からの逆照射」という歴史的射程からその特質を捉えること;(2)東西冷戦構造の解体から新国際秩序の模索の過程において顕在化した東アジアの新しい「文明生態」の形成における中国文化の位置付けとインパクトを競争・共生・共同あるいは摩擦・対立・対決というような緊張関係を意識しつつ,様々なディシプリンを駆使して研究すること;(2)香港・台湾・東南アジアなどの華人・華僑社会の新しい文化変容・文化創造が中国とその周辺地域との地域間関係にどのような影響を与え,また中国の国家的枠組みの再編にどのようなインパクトを与えうるかを多面的に検討すること;(3)中国の開放体制が,中国国内の周辺部とそれに深い歴史的文化的繋がりを持つ周辺諸地域との間に,どのように新たなネットワークを形成し,そして地域間関係・民族関係を再編成させつつ,なおかつこれらを主体とする経済・文化圏形成に寄与し,またかつての周辺地域を新たな核とする中心・周辺(core-periphery)関係をどのように生成させつつあるかなどの諸点について,特に周辺地域の歴史的変遷過程と実像から多角的に検討を加えること;(4)日本を含めた中国の国際関係の未来像形成を巨視的・重層的にとらえていくための中国研究及び中国と関連する地域研究の可能性と方法を提起すること、などの諸点を共通課題として追及するために,企画されたものである。

昨年度に達成された研究成果は(1)国内外の中国研究専門家の協力を得てセミナーを開催し,現代「中国」の実態に関する多 面的検討を加えることにより,日本は「中国」とどう向き合うべきかについて課題提示したこと;(2)「中国」の社会変容と東アジアの新環境に関する現地調査によって得た新たな知見をふまえて,各研究分担者が中国地域研究の新領域を展望する観点から研究動向のサーベイを行ったこと;(3)「大阪外国語大学・中国文化フォーラム」のホームページを軸として,サイバースペース上に「中国」の社会変容と東アジアの新環境に関する様々な論点を題材とした 「ワークショップ・システム」を展開することにより,「中国文化」(歴史・政治経済・社会など)を専攻する学部生・大学院生と,教員および卒業後他大学や研 究機関で研究活動に従事しているOB・OGとの有機的連携を実現・強化するための環境作りを提案したこと,であった。本プロジェクトでは,こうした成果をふまえて,下記の新たな視角を提示したい。

  1. ナショナリズムや宗教やエネルギーなどに代表されるグローバル・イシューの観点から「中国」及び「中国」をめぐる近現代東アジアの国際関係と歴史構造の検討を行ない,「交錯・対抗」関係から「共存・共棲・共創」関係への展望に立って,中国台頭に伴う21世紀の東アジア(東南アジアを含む)の国際環境変動のダイナミズムに対処すべき有効な処方を具体的にどのように提案,提示するか
  2. 「中国」の内部から周辺関係を捉える視点の再検討を行なうと同時に,周辺地域,なかでも東南アジアや中央アジアの内部の視点から,周辺を主体とした地域群が「中国」の存在をどのように捉え,その歴史的変容を経て結果として「中国コンセプト」ないし「中国インパクト」がどのように醸成され,そしてそれらが「中国」に求める国際関係の認識座標としてどのように展開し,変容してきたか
  3. 大阪大学との統合により,これまで大阪外国語大学が主体となって蓄積してきた中国地域研究領域の知的資産を継承,発展させるという観点から,研究組織の再編と研究者の再配置を経て組成される新生阪大においてどのように持続発展に相応しい研究体制作りの方法を提示するか

これらの研究課題は,日本における中国研究の動向を十分に検討するうえで進めたい。本研究組織のメンバーは昨年と同様で,中国地域研究の領域を専門とする者の他に,東南アジアや北米を対象としながら中国との関係を視野に入れた地域研究者も含まれている。上記の共通課題の設定と研究内容の意義に関し高い期待と関心を共有している。

本研究の学術的な特色

本プロジェクトの特色は,本学における地域研究の充実がいま切実に問われていることをふまえて,「中国文化」を切り口としてその学内横断的研究・教育の具体的プログラムを追求し、その成果をより豊かな国際関係の創出と提案の具体化に活用させることである。研究組織のメンバーの専門分野は中国政治,中国歴史,中国経済,ベトナム政治と経済,東南アジア文化人類学,東洋史学,米中関係などの多様な研究領域によって構成されている。本プロジェクトの研究課題の遂行にあたって,現地調査,資料分析に欠かせない語学的な素養は勿論のこと,個々の研究分野で探求されてきた地域研究の豊富な蓄積もあり、この意味で学際的な研究条件は整っている。

具体的には,西村成雄は戦後日本における中国地域研究を担ってきた中心的研究者の一人であり,20世紀の中国外交と現代ナショナリズムの連動的関係を中心とした領域の諸問題を検証し,総括としての中国地域研究の展望を担当する。田中仁は現代中国政治の歴史的射程に立って,「中国」の社会変容に与える政治過程の内実を検討する。五島文雄はベトナム・カンポジア・ラオスからなるインドシナ半島の国家形成と社会変容の視点から中国インパクトの意味と実態を分析する。堤一昭は中央アジアと「中国」の国際関係史像の再提示を通じて中国社会「変容」の歴史的連続性と非連続性を吟味する。宮原暁は東南アジア華僑・華人社会のアイデンティティの変容及びフィリピンから見た「中国」インパクトを把握する。山田康博は安全保障の観点から米国の対中政策(中華人民共和国と台湾の両方)及びそのアジア関係への波及について分析を加える。許衛東は中国研究,地域研究の観点から経済領域の研究動向をサーベイすると同時に,具体的な研究対象として国際エネルギー需給関係や多国籍企業の中国戦略における中国要素の経済的意義の検証も行なう。

本プロジェクトのもう一つの特色は,大学院生と学部生がそれぞれ類似した問題関心をもち真摯に研鑽をつみながらも,相互に刺激しあうような交流「空間」 が欠如している現状を打破する建設的な提案として,研究成果を随時ホームページ上で公開するとともに,中国研究の若手の積極的な参加を促す多様な企画を蓄積することによって,研究と教育の相互乗り入れの活性化を目指すことである。

国内外での研究と本プロジェクトの位置づけ

現在日本における中国研究の領域は極めて広く,中国研究関連の学会活動もアジア研究の中核を担うほど活発化の様相を呈している。この傾向は,中国の経済発展及びそれによって惹起される国際関係・国際秩序のかつてない変化に向けた高い関心と一致する。

さる2006年4月に日本経済同友会の政策提案として公表された「今後の日中関係への提言―日中両国政府へのメッセージ―」によれば,2005年の日中間貿易額は24兆9491億円に達し,これまでの主軸だった日米間貿易額の21兆8761億円を凌駕し,その結果,最大の貿易パートナーとして中国が浮上した。また対中投資のために中国現地法人を設立した日系企業が3万5000社に及び,企業駐在員を中心に在留邦人数も10万人を超え,中国に対して920万人規模の直接・間接雇用効果を生み出すなど,物・資金・人による経済要素の交流拡大が,かつてない相互依存関係の重層的実態を浮き彫りにしつつある。事実,同様の変化は,韓国と中国,東南アジアと中国,米中,欧州と中国など,中国との主要経済地域との間においても普遍的な流れとして出現している。

こうした中国の経済「大国化」=プレゼンスの増大につれて,近年わが国においても中国研究の社会的需要が急速に増大し,愛知大学の現代中国学部のように,現代中国研究とその教育的応用を基本理念として掲げる学部が出現したり,また一部の私立大学・国公立大学では現代中国関係講座(1例,北海道大学大学院文学研究科中国文化講座,2000年4月設置)・コース(1例,桃山学院大学経済学部中国ビジネスキャリアーコース,2006年4月開設)・専属研究機構(1例,早稲田大学中華経済研究所,2001年4月設置,拓殖大学華僑研究センター,2003年10月設置,慶応義塾大学東アジア研究所,2003年10月地域研究センターより名称変更・再編)を新設したりするなど,中国ラッシュが続いている。

大学教育においてみられる中国関心度の高まりと呼応するように,アカデミックな活動も一段と活発化の様相を呈している。日本における中国研究の学会を代表するアジア政経学会(1953年設立,会員1300名),日本現代中国学会(1951年設立,750名),中国現代史研究会(1969年設立,会員200名)に続いて,日本台湾学会(1998年設立,会員400名),中国経営管理学会(2000設立,会員300名),中国経済学会(2002年設立,会員400名)などが日本学術会議の正式登録団体として新設されるに至っている。

言うまでもなく,戦後日本の中国研究を担う主軸の一つは,歴史構造の解析的課題に加えて同時代の中国文化の普遍性と特殊性を政治・経済・外交の相互連関の視点から再構成する「地域研究」の方法である。しかし,加々美光行(2003)の指摘にあるように,ウェスタンインパクトを前提とする欧米起源の「途上国地域研究」から枝分かれの形で展開されてきた「中国地域研究」は,1978年のサイード(Edward W. Said)によるオリエンタリズム批判,1984年のコーエン(Paul A. Cohen)の「中国史学批判」(Discovery History in China)を経ても,同時代中国文化の否定的評価と中国古代文明の肯定的評価が常態的かつパラレルに混在するオリエンタリズムの弊害の克服に至っていない。この意味において,冷戦構造崩壊後の新しい国際秩序の出現を契機として,政治学の領域からの国分良生(2000),開発経済学の領域からの渡部利夫(2002),文化人類学の領域からの吉原和男・鈴木正崇らの研究に代表される,近年のグローバリゼーションとチャイナ・インパクトの相関関係を現代的中国文化変容・文化創造の射程に入れて再検討するという新しい視点も現れ,上記の学会動向の活発化とともに,中国地域研究の新たな胎動を示唆する重要な問題提起となっている。また,海老原毅(2005)によって紹介された「1990年代以降の日本における中国対外政策研究の動向」にあるように,中国の開放性に内在する歴史的・文化的・現代ナショナリズムの多元的相関関係の認識視角こそが、中国地域研究の重要な構成としての中国対外認識・中国外交分析にとって有益なツールである。

上記の学会動向と研究動向の把握は,本プロジェクトにおける研究課題の設定の出発点として研究組織のメンバーによって共有されている。

大阪外国語大学の高度な言語教育及びその対象言語圏の文化に関する研究の成果は,社会的に評価され,公認されているわが国の知的資産の一部である。その代表的分野である中国地域研究は日本の中国研究の歩みを共有しつつも,独創的な教育・研究環境作りの模索過程から結実した大阪外国語大学の成果の一つである。佐々木信彰(2005)による戦後日本の現代中国研究の回顧に示された大阪外国語大学の歴史的貢献の言及を引用するまでもなく,後述の本プロジェクトの昨年度企画として主催したセミナーにおける本学のOB・OGの活躍ぶりからも十分推量することができよう。

前述したように,本学における中国地域研究の特色の一つは,中国文化領域のみならず,ベトナム政治と経済,東南アジア文化人類学,東洋史学,米中関係などの多様な研究領域の共同参画を立案し,学内横断的・学際的研究方式による地域研究の豊富な資産活用が最大限に図れることにある。学会動向や研究動向に照らしてみても,本プロジェクトが提案する研究領域の複合的編成及び研究と教育の有機的連携の具体化は,依然として学問研究の時代的意義を有し,同時に大学併合という新たな社会情勢を迎えるなか,日本の大学教育における創造的研究・教育体系作りの可能性を模索・提案する意義も有すると考えている

従来の研究経過・研究成果

本プロジェクトの立ち上げに当たって,まず学内において知的資産としての中国地域研究の蓄積と社会一般に向けた成果の公開を試み,いくつかの企画を立てて進めてきた。

以上の準備期間を経て,平成17年度特別研究費Ⅱの企画として「現代「中国」の社会変容と東アジアの新環境」の第一弾を申請し,実施した。その結果,本学の語学教育・地域研究を特色づける横断的・学際的研究体制の利点を活かしつつ,中国文化の専門領域のみならず,東南アジアや北米などの地域研究専門家の共同参画を得て,多様な視点による中国研究の意義と可能性を問うことができた。その成果をまとめると以下の通りである。

上記の研究企画および成果は,本プロジェクトが意図する知的資産としての中国地域研究の発展的継承を保障する有益かつ独創的なものと考えている。

研究計画・方法

前記の研究目的で言及したように,本プロジェクトの特色は,本学における地域研究の充実がいま切実に問われていることを踏まえて,「中国文化」を切り口としてその学内横断的研究・教育の具体的プログラムを追求し、その成果をより豊かな国際関係の創出と提案の具体化に活用させることである。

この原則に立って,昨年度プロジェクトの継続として「「中国」の社会変容と東アジアの新環境」のさらなる深化を図り,同時に新しい研究環境に対応しうる本学中国研究の発展的継承のスキームを構築する具体案を試みたい。研究体制の効率及び課題設定に必要な研究領域の整合性を考慮し,昨年と同様の研究組織を維持する。

これまでの成果を踏まえ,下記の3点の新たな研究課題を提示したい。

  1. ナショナリズムや宗教やエネルギーなどに代表されるグローバル・イシューの観点から「中国」及び「中国」をめぐる近現代東アジアの国際関係と歴史構造の検討を行ない,「交錯・対抗」関係から「共存・共棲・共創」関係への展望に立って,中国台頭に伴う21世紀の東アジア(東南アジアを含む)の国際環境変動のダイナミズムに対処すべき有効な処方を具体的にどのように提案,提示するかを検討する。
  2. 「中国」の内部から周辺関係を捉える視点の再検討を行なうと同時に,周辺地域,なかでも東南アジアや中央アジアの内部の視点から,周辺を主体とした地域群が「中国」の存在をどのように捉え,その歴史的変容を経て結果として「中国コンセプト」ないし「中国インパクト」がどのように醸成され,そしてそれらが「中国」に求める国際関係の認識座標としてどのように展開し,変容してきたかを分析する。また,中国インパクトをある意味で長期的国際戦略の最重視すべく外部要素として位置づける米国の外交政策の動向分析も重要な意味を持つ。
  3. 大阪大学との統合により,これまで大阪外国語大学が主体となって蓄積してきた中国研究領域の知的資産を継承,発展させるかという観点から,既存研究組織の再編と研究者の再配置を経て組成される新生阪大の中においてどのように新たな研究体制作りの方案を提示できるのかを徹底的に討議する。

上記(1)と(2)の目的遂行のために,これまでの研究蓄積の再点検及び現地での新たな調査,資料収集や現地の研究者との意見交流は欠かせないものである。具体的に西村成雄は総括としての中国地域研究の展望を担当すると同時に,今日的「中国」社会の変容を惹起するナショナリズムの歴史的・内実的含意の分析を行なう。田中仁は「中国」の社会変容に与える政治過程の影響について幅広い検討を加える。五島文雄はベトナム・カンポジア・ラオスに調査範囲を広げ,インドシナ半島の国家形成と社会変容の視点から中国インパクトの意味と実態を分析する。堤一昭は中央アジアと「中国」の国際関係史像の再提示を通じて中国社会「変容」の歴史的連続性と非連続性を分析する。宮原暁は東南アジア華僑・華人社会のアイデンティティの変容及びフィリピンから見た「中国」インパクトを文化人類学の領域における新しい研究動向の把握と実態調査の成果を駆使し,検討する。山田康博は安全保障の観点から米国の対中政策(中華人民共和国と台湾の両方)及びそのアジア関係への波及について分析を加える。許衛東は本研究の総括を中国研究,地域研究の観点から行なうと同時に,具体的な研究対象として国際エネルギー需給関係や多国籍企業の中国戦略における中国要素の経済的意義の検証も行なう。

上記の分担者がそれぞれの研究計画に沿って進める結果により得られる新たな知見と資料分析について定期的に学内の定例研究会を行ない,意見交換を通じて有用な情報を共有することに努める。

なお,上記の分担者がカバーしきれない(2)の中央アジア,イスラム圏などの地域研究領域からの問題提示及び(3)の課題遂行の必要上,昨年と同規模の主要セミナーを企画・開催する。構想として大阪大学の研究者を含めて関西で研究活動を行なっている中央アジア・イスラム圏の専門家と海外の中国研究専門家を招聘し,新たな視点と角度による「「中国」の社会変容と東アジアの新環境」の再検討および新生阪大における中国研究の独創的な展開方法の提案を行なう。

また,来年度の企画として構想中である中国での国際交流会議の準備段階として,テーマ設定と開催計画を確定する。

本年におけるもう一つの企画として,特別研究費Ⅰによる出版助成の申請も併せて進め,昨年度プロジェクトの報告書に提出された各分担者の論文を加筆してその出版を目指す。

既に昨年度に「大阪外国語大学・中国文化フォーラム」のホームページを軸として,サイバースペース上に「中国」の変容と東アジアの新環境に関する様々な論点を題 材とした「ワークショップ・システム」を開設しサーバースペース上のワークショップシステムを構築したが,本年も成果と研究コンテンツの補充を強化し,引き続き研究と教育の多面的相乗効果を図ることに努める。

本プロジェクトにおける役割分担は,昨年度の継続性と新たな課題追及との整合性を考慮し,企画したものであるが,予想外の事態により,役割分担の変更ないし一部の支障が生じた場合,代替可能な人材の補充や全般的な研究計画の調整について,研究代表者である許衛東が責任を持って対処する。

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