まちかねCAFÉ

ホームページ移転のお知らせ

まちかねCAFÉのホームページは下記に移転しました。(2020年3月31日)
http://mass.phys.sci.osaka-u.ac.jp/machicafe.html

21世紀課題群をめぐる文理の対話

非対称戦争とテロリズム,新型伝染病と衛生問題,環境問題や核管理,国境紛争と歴史問題,少子高齢化と社会保障など21世紀的課題群には,さまざまな学知による複合的なアプローチが求められる。まちかねCAFÉは,この21世紀課題群にかかわる文理各領域の対話空間を設け,文型・理系のさまざまな研究領域を跨ぐ共通の「ことば」を探求する。こうした共通の「ことば」の探求は,ビジネスや行政との接点を柔軟にし(産学連携),次世代の知的関心や潜在能力を啓発し(社学連携),さらに,東アジアという日本語・英語や中国語をふくむ多言語空間における国境を越えた質の高い対話と思索を促す(国際連携)ことになるであろう。

企画委員会

青木順(理学研究科),青野繁治(言語文化研究科),秋田茂(文学研究科),姉崎正治(人間科学研究科PhD),兼松泰男*(理学研究科),河井洋輔(理学研究科),河村倫哉*(国際公共政策研究科),北村亘*(法学研究科),許衛東(経済学研究科),胡毓瑜*(人間科学研究科),坂口愛沙(理学研究科),思沁夫(グローバルイニシアティブ・センター),鄒燦*(国際公共政策研究科),高田篤(法学研究科),高橋慶吉(法学研究科),瀧口剛(法学研究科),田中仁*(法学研究科),豊田岐聡*(理学研究科),宮永之寛(生命機能研究科),三好恵真子(人間科学研究科),山田康博(国際公共政策研究科),山本千映(経済学研究科)  * 幹事

活動の記録

第28回(理学研究科J棟三階セミナー室,2020年2月21日)

栗原麻子(文学研究科)「アッティカ法廷弁論における哀れみと共同体」
歴史学は、感情をどのように扱うことができるのか。歴史学の対象が、男性中心の政治・外交・軍事から、女性や家族も含めた人間社会の全体を対象とするようになるのに伴って、感情もまた歴史的・社会的な産物であることが認識されてきた。その動きは、9・11後の政治の感情化を受けて、加速している。本報告では、哲学者ソクラテスの裁判がおこなわれた紀元前4世紀アテナイの法廷資料を用いて、アテナイ社会で、「哀れみ」や「怒り」といった感情が、どのように表明され、法廷での説得に用いられていたのかについて考えてみたい。アテナイの法廷は、30歳以上の一般市民のなかから希望者が裁判員を務め多数決で判決をくだす人民法廷であった。それゆえ、法廷での説得は、法律だけではなく、市民たちが共有する価値観に縛られることになる。報告では、アテナイの法廷での感情が、男らしさや女らしさといった価値観に縛られていたこと、法廷や、ひいてはアテナイの民衆政治がどのように感情を取り込んでいたのかということについて、考えてみたい。
田中仁(法学研究科)「“華国鋒”という問い」
2011年11月,中国山西省交城県に広大な華国鋒の陵墓が完成し,彼の遺骨は北京・八宝山革命公墓からここに移された。面積は10ヘクタール(14のサッカー場に相当),山の斜面に365段の階段を配し南京の中山陵を模している。華国鋒は生前,生地であり日中戦争期から革命活動をおこなっていた交城に埋葬してほしいと述べていたが,失脚後30年を経て巨大陵墓が完成し,かつそれが大きな政治的風波とならなかったことの政治的含意に注目したい。20世紀後半の人民共和国の歴史は通常,毛沢東の「革命」の時代と鄧小平の「改革開放」の時代に区分される。この「革命」の時代から「改革開放」の時代に移行する数年間の中共政権を主宰した華国鋒は,毛沢東や鄧小平に比して凡庸な人物と見なされ,従って華国鋒の数年間も過渡期の間奏曲・幕間劇とされることが多い。とは言え,四人組逮捕と毛沢東記念堂建設(彼は火葬を望んでいた),文革期の継続革命論の否定(毛沢東思想の再定義)などが示すように,毛沢東は決して天寿を全うしたのではなかった。現代中国政治の転換期である華国鋒の数年間を考察・検討するにあたって,こうした華国鋒と毛沢東の死後の対照的評価をふまえたさまざまなアプローチが望まれる。

第27回(理学研究科J棟三階セミナー室,2020年1月24日)

高橋美恵子(言語文化研究科)「変容する家族と子育て:スウェーデンの実践」
スウェーデンでは、1970年代以降、家族法における基本理念として「ライフスタイルの中立性」を掲げ、家族の多様性を視野に入れた社会制度を構築してきた。仕事と家庭の両立支援においても、子どもの最善の利益の視点から、多様な家族形態を包摂する取組みを行っている。同国の子育ち環境は、「人間の安全保障」の実現に 向けた一つのモデルを提示しているといえる。本報告では、スウェーデンにおいて、子どもにやさしい社会環境がいかに整えられているか、また家族ファーストの働き方がどのように実践されているかについて考え、日本への示唆を探る。
松倉大士(wov, inc.)「民間のアカデミーwovが描く、世界一深く考えることができる学びの場」
世界の変化は激しさを増し、情報が並列化された既存の答え(みんなの答え)ではなく、新しい答え(自分なりの答え)を持つことに、一層価値が高まる未来世界になるとwovは考えている。wovは、哲学スタートアップとして、考えるひとの追い風となる民間の学び場をサービス展開し、具体的には経営者・投資家・研究者・エンジニアなどのフロンティア領域で活動している個人・法人ユーザーを対象とし、自身の活動を問いを通して深く考えてもらう時間・場(アカデミー)を提供している。今回は、Question Centered Academy(QCA)ならびに民間の学びの場としてのwovの立場から、Program Centered Academy(PCA)とも思える大阪大学に対して、「深く考えることができる学びは、大阪大学で育まれているだろうか?」という問いかけをしたい。

第26回(理学研究科J棟三階セミナー室,2019年11月29日)

林智良(法学研究科)「法学はご質問とお答えで進んでゆく? 共和政末期ローマ法学での法律相談・師弟問答・脳内問答を探る」
この発表では、本題に入る前に、そもそも「ローマ法」という学科目がなぜ日本の法学部で開講されているのか、諸外国ではどう扱われているのかという導入部にかなり時間を充てた。すなわち、19世紀後半に西欧の法制度に倣って近代法体系と法学教育制度を整備した日本にとってはローマ法が西欧法の基底として捉えられ、熱心に学び研究されたこと、また、西欧は言うに及ばず南アフリカや中南米諸国や中国など多彩な地域でローマ法研究が行われており、我が国との国際研究交流も盛んであることにも触れた。そのうえで、発表者の現在の問題関心である、「ローマ法の核心をなす専門法学識は、まず、主として民事問題に関する一般市民のニーズを法律相談経由で取り込み、次いで法学専門家内部での討論や法学教育において吟味・精密化し、さらに個々の法学者の著作における設題と解答というかたちで展開していった。そして、そのいずれの段階でも質問と答えの形式が好まれた」旨の考察に進んでいった。最後に、世界のローマ法ネットワークに対しては、どのようなアプローチを選べば効果的に寄与できるかについて私見を述べた。ちなみに、2019年9月4日にエジンバラ大学において行った研究発表も、本発表の一部として用いたが、その配付資料については大阪大学のリポジトリーであるOUKA(https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/)に収蔵を依頼中である。
古谷浩志(科学機器リノベーション・工作支援センター)「フィールド観測研究者の憂鬱:地球環境研究の細分化、数値モデル化、そして政治化」
995年のノーベル化学賞は、「大気化学、とりわけオゾン層破壊に関する研究」に関してPaul J. Crutzen, Malio J Molina, F. Sherwood Rowlandの3氏に授与されました(https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/1995/summary/)。「化学」の中に、新たに「大気化学」という大気中での化学を扱う新学術領域が勃興する、今にしてみればー楽しくエキサイティングなー時代でした。1997年に「固体物質の高強度レーザー誘起ナノ秒物理化学過程」で博士の学位を取得した私ですが、恩師の勧めもあり、この勃興する大気化学研究の門を叩くことにしました。それからは、フィールド観測や環境物質測定のための装置開発を通して、オゾンの光化学生成、エアロゾル、雲生成、大気海洋間相互作用、物質循環、PM2.5といった幅広い地球環境研究に従事してきました。そこにはいつも「フィールド観測」があり、「観測からでしか分からない新たな発見」があったように思います。大気化学の門を叩いて約20年。48歳まで続けたポスドクもやっと終わり、工作センターながら准教授としてパーマネントな職を得ることができました。しかし、最近はどうしても、地球温暖化や海洋マイクロプラスチックといった「最近の地球環境研究」に乗り気になれません、マネージメントが主務である工作センターにいるため、フィールド観測に出辛いこともあるでしょうが、それだけではありません。なぜなのか、考えてみました。答えは、「環境研究の細分化、数値モデル化、そして政治化」でした。まちかねカフェでは、これまで私が関わった、思い出深いフィールド観測のお話をしながら、最近の地球環境研究の進め方や、社会の要請との科学者の本性との相克などについて示し、環境研究と科学者について考えてみたい思います。

第25回(理学研究科J棟三階セミナー室,2019年10月24日)

姉崎正治(産業技術短期大学)「私の研究現場の行方?」
2015年9月、73歳で人間科学研究科博士後期課程を修了したポスドク研究者が、77歳の現在時で抱えている2件の研究課題の行く末に関し、現役世代の諸先生方に何らかの方向性を問う形で話題提供した。課題の1つは、R1年度から3か年間の科研費研究『50年の実績から描くスマート化する製造業の現場力向上へのリカレント工業教育の研究』が採択され、学校法人鉄鋼学園の現在までの実績分析と、近年のリカレント教育振興機運の関連を調査している。目的は、未来に持続するリカレント教育を柱とする鉄鋼学園の未来像を描き、そこに研ぎ澄まされた方向性を示すことにある。スマート化する製造業の現場力強化と社会人のリカレント教育をどう結び付けるか暗中模索している。課題の2つ目は、卒論、修論、博論の延長線上で、一人の中心人物ペルー副王領第五代副王Francisco de Toledoの人物像を描き出す課題である。本年2月Toledoの一大事業、ポトシ銀山とワンカベリカ水銀鉱山を歴史体験してきた。来年は生地スペインを調査する。関心は歴史過程における対象地域の変遷とToledoの各種事業との関連性を問う上で、人物像をどう描き出せるかにある。歴史学に程遠いポスドク研究者に残された時間は少ない。
大須賀潤一(理学研究科/日本電子YOKOGUSHI協働研究所)「歯周病診断と産学連携」
2017年4月に大阪大学大学院理学研究科に日本電子オープンイノベーション共同研究講座が開設された後、筆者は出向という形で同年5月から大阪大学に在籍している。翌2018年、生命機能研究科と蛋白質研究所の一部と再編となり日本電子YOKOGUSHI協働研究所に改組されるが、一貫して質量分析および周辺技術の研究開発を行っている。その中のテーマに歯周病診断法開発がある。今回、歯学部との共同研究で行っている質量分析計によるオンサイト診断の可能性、現状について報告する。また大阪大学と日本電子の質量分析開発の歴史について紹介した後、分析機器業界の最近の動向、企業の研究開発の立場から見た求められる大学、学生についても議論したい。

第24回(理学研究科J棟三階セミナー室,2019年7月26日)

山本千映(経済学研究科)「男性稼ぎ主型世帯と女性の生活時間:“長期の19世紀”におけるイギリス」
産業革命が始まった18世紀後半から第一次大戦直前までの「長期の19世紀」の間に、イギリスの世帯は、まずは労働供給を増加させ、19世紀半ば以降は女性が労働市場から退出して、male breadwinner – female homemaker householdが定着したと考えられている。18世期中の労働供給の増加は、大陸間貿易の進展にともなって新たに利用可能となった砂糖や紅茶、綿布などを購入するためにより多くの賃金収入が必要とされたためであり、19世紀半ば以降は、お金で買うことのできない家屋の清潔さや快適さ、離乳食などを女性が家庭内で生産することが選択されたと言われている。しかし、生活時間調査が初めて体系的に行われたのは1930年代以降であり、当該期に人々が賃金労働や家事労働にどれだけの時間を振り向けていたかは、実証的にはほとんどわかっていない。この問題にどうアプローチすべきか、いくつかの方法を紹介する。
藤浦淳(総合科学博物館)「奈良の大仏:大伴家持からアマルガム蒸着法まで」
聖武天皇が大仏造立を命じた743年ころ、国内に金の産地はなかった。しかし高さ15メートルもの大仏を金て覆う必要があって、国内で金探しが始まった。「天皇(すめろき)の御代栄んと東(あずま)なる陸奥(みちのく)山に黄金花咲く」。今の宮城県涌谷町から見つかった砂金が749年、天皇に献上されたとき、宮廷歌人の大伴家持がこれを寿ぎ詠んだ歌である。こうして752年の落慶法要を経た大仏の金メッキが始まった。160キロの金を溶かして水銀と混ぜて塗り、水銀だけを熱で蒸発させるアマルガム蒸着法。その水銀蒸気を吸った作業員たちを襲う奇病。現場監督の国中公麻呂は、水銀が病の原因と見てガスマスクを開発、作業員たちの病の拡大を防いだのだった。こうして奈良の大仏は紆余曲折を経、延べ260万人もの労働力と4600億円(現在の円換算)をかけ、荘厳な姿を現したのであった。

第23回(理学研究科J棟三階セミナー室,2019年6月27日)

瀧口剛(法学研究科)「レンゴーの創業者・井上貞次郎と大阪商人の世界」
「レンゴー」(板紙・段ボール製造)の創始者で「段ボール」の命名者である井上貞治郎の事業家としての生涯を紹介した。1881年兵庫県姫路市郊外(播州)の農家に生まれた井上は丁稚奉公の後、職業遍歴、放浪を繰り返し、段ボールを製造する三盛舎(三成舎)を東京で創業した。その後ドイツから巻き取り段ボール機械を導入して大量生産を可能にし、第一次世界大戦によって事業拡大に成功する。また合併により聯合紙器株式会社を創設し、関東大震災以後東京を上回る工業生産高を誇った大阪に移転する。戦時体制下、外地への事業展開を行うが、敗戦によって工場の大半を失う。その後高度経済成長の波にのって再拡大を計り「総合包装産業」へと脱皮させる。本報告では高等教育を受けていない井上が、海外からの最先端の技術導入をはかり、機敏に市場の変化に対応し、合併を繰り返して事業を拡大した背景を探った。
松本豊(大和紙器㈱)「段ボールって何…」
(1)段ボールが日本で生産開始されて110年。井上貞治郎は段ボールの名付け親でありレンゴー(株)、大和紙器(株)の創業者でもある。(2)日本で一年間に140億㎡以上の段ボールが生産され、物流/保管の容器として活用されている。木箱から段ボールへと、また弱電、食品、通信販売用と時代の流れに沿って変化・対応をして成長を続けている。(3)「紙」の中でも段ボール用の板紙は古紙を主原料として高いリサイクル率を維持している。但し中国、米国等の政策や経済動向、物流費の高騰など今日的な影響を強く受けている。(4)段ボールの生産方法 ①板紙とコーンスターチ ②コルゲート(段繰り) ③製箱(A-1型 wrap around型)についてサンプルをもとに説明。高速マシンで200m/分以上のスピードで大量生産される。(5)日本段ボール工業会では被災時の段ボールベッドの供給網の確立に努め、大災害時の避難所の環境改善に努めるという社会貢献活動も行っている。(6)世界的に見て段ボールは物流の容器として高い成長率を誇っている。殊に中国は既に日本の5倍の生産量となっている。(7)段ボール産業は今後とも安価で環境に優しい産業資材、包装材料として成長していくと思われる。

第22回(理学研究科J棟三階セミナー室,2019年5月23日)

松本充郎(国際公共政策研究科)「流域管理法制における現状と課題:気候変動を念頭において」
気候変動に適応するためには、水政策をどのように捉えたうえでどのように活用すべきかを論じた。①洪水対策については、今までは河川の中で洪水を受け止めようとしてきた。いわゆる水害訴訟でも、主に国家賠償法2条の問題として処理されてきた。しかし、それでは足りないことが昨年7月上旬の災害等において明らかになった。②重要な法令としては、河川法及び水防法があるが、土地利用規制の運用ミスをもう少し問題にするべきではないか。国家賠償法1条に基づく請求についても請求が認容されるケースがありうるのではないか。③河川法上の施策として、渇水対策については、地表水の有効活用(特に水取引の導入)と地下水の持続可能な利用を法的に推進するべきである。また、環境保全については、アユの天然遡上を復活させるための取り組みが、高知県等で行われている。④土地利用規制については、倉敷市真備町と滋賀県流域治水条例を対比すると、水防法上の仕組みをフル活用するとともに土地利用規制を活用し、傾斜地や農地の転用規制を強化すべきであるといえる。⑤②~④のような取り組みを総動員しなければ気候変動には適応できない。加えて、ダムの転用や統合的運用などの方法で既存のインフラを有効に活用することが必要である。
紀本岳志(紀本電子工業㈱)「環境をはかる」
産業革命の進展とそれに伴う世界人口の急速な増大と都市集中により20世紀後半に顕在化した、いわゆる「環境問題」は、産業構造が農業から工業へ急速に移行する過程で社会活動が自然破壊を招き、それが翻って人間に災害をもたらすという構図で起こる。したがって、従来の人文学、社会学、自然科学、という学問の枠組みを越えた新たなる取り組みが必要な問題である。 この問題を克服するためには、ある意味では、「よいものを安く大量に作って売る」という自由主義経済に反して、一見、経済発展には不必要と思われるような環境汚染対策に莫大な投資を必要とする(環境コストの増大)。高度成長期の日本では、そのコストはGDPの約1割近くに達したと言われており、このことが、環境対策を遅らせる大きな要因となっている。今、世界に蔓延し始めた環境汚染問題に対処するためには、この「経済発展と環境コストのギャップ」を埋める新しい知恵(イノベーション)を必要としているのではないだろうか。

第21回(理学研究科J棟三階セミナー室,2019年4月26日)

兼松泰男(理学研究科)「物理の壁、学びの壁」
小南典子(関西学院大学)「知財の壁、起業の壁」
①知財の壁:日本の立法の歴史から、知的財産権法は比較的改正が行われやすい構造となっている。この改正については、改正時に強い力を持つ産業分野の影響を強く受けざるを得ない。分野によって、発見・発明から産業化に至るまでの効率的な方法は異なっている。よって、強い力をたない産業分野にとっては構造的に壁が生じることになる。➁起業の壁:物やお金と異なり、形のない知的財産は、人や場所によって評価に大きな差異が生じる。この評価の差異を埋める作業の負担は非常に大きく、特に、創成期の産業分野や企業にとっては非常に過大なものになる。③その結果:創成期の産業内容や起業内容が画期的であればあるほど、その基礎となる知的財産権の確保及び管理には壁が存在することになる。④ではどうする:研究段階から、知財や起業の壁を意識して・・、さて、どうする?

第20回(理学研究科J棟三階セミナー室,2019年2月7日)

北村周平(国際公共政策研究科)「高温下におけるヒトの行動と判断」
温暖化と聞くと、地球規模のとてつもなく大きな問題で、自分とはあまり関係がないものと考えられがちかもしれない。しかし、昨夏も猛暑日が続き、高校野球と日射病の話、教室へのエアコン設置の話など、考えてみると日常の至るところで関連ニュースを耳にする。実際にデータを使った研究では、気温の上昇はGDP、輸出量、民族間紛争、性犯罪、HIV感染、出生率、自殺、政権交代等と関連していることが指摘されてきた。例えば、気温が上がると経済活動に悪影響が及び、民族間紛争も起こりやすくなる。もっと身近な例では、職場の生産性や勉強意欲にも悪影響があることがわかっている。しかしながら、そのメカニズムについてはまだよくわかっていない。ヒトは高温化で、心理的・生理的に具体的にどのような影響を受けるのだろうか。本研究では、気温が人間の行動や判断に与える影響を、ケニアとアメリカでの大規模なラボ実験によって調べた。被験者をランダムに30℃の部屋と22℃の部屋に振り分け、経済学で標準的な、ゲーム理論を応用したゲーム、各種テストを通じて、生産性、向社会的性向、公共性、破壊性、リスク受容度、忍耐力、認知力等、さまざまな側面から計測した。次に、それぞれの指標を温度の高い部屋と低い部屋で比較し、統計的に有意な差があるかを検証した。結果、多くの指標について有意な差はなかったが、破壊性については、ケニアにおいて、温度が高いとより高まるという結果が出た。特に、非政権側の民族で効果が強かった。当時、ケニアでは大統領選挙が行われており、社会不安が広がっていた。以上のことは、気温の上昇が政治的な疎外や日頃の不満と相俟ったときに、破壊的な衝動を引き起こす可能性を示唆している。
山中俊夫(工学研究科)「建築空間における空気環境と“におい”について」

第19回(理学研究科J棟三階セミナー室,2018年12月21日)

養老真一(法学研究科)「法令情報・統計情報のオープンデータ化」
本堂敏信(理学研究科/MS-Cheminformatics)「インフォマティクスとラボの生産性・品質保証(Information Driven R&D)」
実験室には、試薬やサンプルのリスト、実験計画、実験ノート、特許情報、機器分析結果、など極めて多様なデータが様々な形式で存在する。それらは、テキスト文書、表計算データなどの構造化されないデータが全体のおよそ8割を占め、コンピュータで取り扱いが容易な構造化されたデータは、およそ2割と言われる。医薬品開発(創薬)に携わる組織では、一つの製品開発につき、一万以上もの候補化合物を合成し、そのそれぞれについて ADME(化合物の吸収、分布、代謝、排泄)試験等が実施され化学構造と生物活性の相関が調べられる。開発製品を速やかに市場に導入するためには、製品適合性の低い化合物を極力早期に除外することが鍵であり、そのためには円滑でリアルタイムなデータの共有に基づく意思決定が不可欠である。近年、開発からマーケットに至る過程を加速するため、製薬企業では電子実験ノートが活用され、非構造化データがインフォマティクス上で扱われるようになった。また、比較的最近では、医薬品開発においてもクオリティバイデザイン(QbD)などの近代的品質保証手法が求められるようになり、開発段階からこれら非構造化データを含めて電子的に記録し、その膨大なノート記述をベースとして用いることで、治験薬ならびに製品製造のための品質文書(GMP文書)の作成時間が大きく短縮できることがいくつかの製薬メーカにより示されたこともあり、電子実験ノートの普及が進んでいる。背景には、医薬品の安全性確保のため、複数の遺伝型のヒト組織細胞でその代謝過程、医薬品相互作用等を明らかにすることが求められ、行うべき試験量が飛躍的に増大していることがあげられる。実験情報を電子的に取り扱うことにより、検索が容易となり、様々な視点から構造活性相関を速やかに調べることができる。そのためには、実験に用いるサンプルや試薬に適切な ID を与えて登録する「サンプルレジストレーション」が重要な役割を果たす。低分子化合物では、化学構造式と合成実験のバッチIDを用いて電子的に取り扱うことができ、その技術開発は1979年(MDL社、MACCS)頃まで遡る。現在では立体構造や光学活性、反応ポイントを指定した検索が可能となり、柔軟にコンピュータ上で化学構造を扱うことができるようになった。同時に、検索のため脱塩など化合物の正規化や、Markush 記述など、官能基を厳密に特定せずに検索できる機能が普及し、論文検索、特許検索、ならびに法規制の分野にも活躍の場を広げている。対照的に、高分子化合物ではまだ多くの問題が存在する。ポリマーや石油化学分野の高分子化合物、核酸やタンパク質などの生物化学試料では必ずしも構造式が明確でなかったり、全体の構造には重要な意味を持たない場合も少なくない。タンパク質の翻訳後修飾のようにタンパク質構造上の位置情報や繰り返し、クロスリンクなど、構造上の周辺情報を表現できる必要があり、その実現に向けて開発が続けられている。実験室の生産性向上にインフォマティクスは多くの貢献をしてきているが、未だ解決すべき問題が多くあり、サイエンティフィックソフトウエア企業や IUPAC などで開発が続けられている。

第18回(理学研究科J棟三階セミナー室,2018年11月30日)

進藤修一(言語文化研究科)「エリート教育は是か非か:ドイツと日本の比較から考える」
高校時代、国際数学オリンピックで金3回、銀1回を受賞した経験のあるドイツ人若手数学者ペーター・ショルツェ(31歳)が2018年にフィールズ賞を受賞した。彼が学んだギムナジウム(9年制中等学校)が数学の英才教育で有名な学校であったということもあり、ドイツではエリート教育の是非が話題になった。そもそも、ドイツは10-12歳で基本的に将来の進路が定まる「三分岐型制度」の教育システムであるが、さらに最近、家庭における補習(家庭教師)への支出が急増している、という調査結果がでた。また、30年ほど前にドイツの雑誌が独自に開始し、横並び意識の強い大学関係者に衝撃を与えた「大学ランキング」への注目、2000年にOECDが実施した国際学力調査(PISA)におけるドイツ人生徒の成績不振、10年前より実施されている「ドイツ学校賞」(指標はさまざまではあるが、「学力」などを審査基準とした学校間のコンテスト)など、ドイツにおいても学校の「選択と集中」「エリート教育」へと意識が向いているように思われる。翻って、2015年以来ドイツ社会を揺るがせた「難民危機」は、右派大衆政党(ポピュリズム政党)の台頭をもらたした。これらの政党は「反移民・難民、反EU統合」を声高に主張し、急速に勢力を伸長させているが、近年の選挙において、これら政党支持者は「低所得・低学歴」、「緑の党」支持者にみられるようなグローバル化や多文化社会、EU統合を支持する有権者層は「高学歴・高所得」であるとの分析がなされている。すなわち、現在のドイツ社会が教育の格差によって二分されているともいえる。ではドイツ社会は、ドイツの教育は、いったいどのような方向へむかっていくのであろうか。また、ドイツの経験から、日本はなにをまなぶことができるのか、考えてみたい。
宇野勝博(全学教育推進機構)「結局、数学って何だろう?」
数学が嫌いだという気持ちを抱いている人は多い。しかし、数学は皆が程度の差はあれ、必ず学校で学ぶものである。ここで今一度、数学、あるいは、数学を学ぶとはどういうことなのかを考えたい。2003年に発行された小説「博士の愛した数式」では、数学の魅力が作家小川洋子によって綴られている。数学を学び、数学に接する中で得られる喜びについて語られていると言ってもよい。一方、2011年に日本数学会が大学生に対して実施した調査では、方法を教えられた計算はできるものの、その計算の意味の理解や、内容を的確に表現する方法については心許ない結果となった。このような背景がある中で、2022年からの学習指導要領では、主体的、対話的で深い学びが強調されることとなった。数学教育はこれらを機に転換していくのか。数学にどのように接するべきなのか。入学試験のあり方も含めて議論を重ねる必要がある。

第17回(理学研究科J棟三階セミナー室,2018年11月9日)

守山敏樹(キャンパスライフ健康支援センター)「臓器移植を巡る諸問題を考える」
移植医療とは、臓器もしくは組織が機能を失い再生不能の状態になり、移植によってのみ機能回復が可能な際に行われる医療である。この医療は、医師と患者だけではなく、提供者という第三者の善意による「臓器や組織の提供」がなければ成り立たない。こうした臓器や組織の提供は、物質的には全く見返のない善意に基づいた行為である。
提供の意志はいずれの他者からも強制されるのでなく、自己の選択によって決定されなければならない。ある人が提供者となることを希望し、移植を必要とする患者が移植を受けることを希望することから移植医療は始まる。希望すれば提供者となることで全ての人がかかわることができることから、移植医療は社会的医療といえる。1997年6月に「臓器の移植に関する法律(臓器移植法)」が成立しその年の10月から施行され、わが国でも脳死下での臓器移植が可能となった。しかし、臓器移植の要件として本人の生前の書面による臓器提供の意志と家族の同意が必要であり、また我が国の民法上、遺言能力を有さない15歳未満からの臓器提供については認められていなかった。このような問題点を改善するために、2009年7月臓器移植法が改正され、2010年7月17日より施行されている。改正によって臓器摘出の要件が見直され、本人の意思が不明の場合、家族の書面による承諾があれば可能となり、15歳という年齢制限もなくなった。旧来の15歳未満からの臓器提供不可という制限によって小児心臓移植は日本国内では実施不可能のため、4億円あるいはそれ以上とされる海外での心移植費用を募金によってまかなう渡航移植が多く実施されてきた。この「募金による渡航移植」は基本的に美談としてマスコミ報道されているが、真の意味で「美談」とは言いがたい。日本の法律の不備のためやむを得ずおこなわれてきたものであり、また海外でも臓器不足であり、外国人である日本人が不足している臓器の提供を受けているという事実も忘れてはならない。今後、臓器提供が適切に増加することが、我が国の移植医療の健全な発展に必須であり、また国際的にも日本が移植の分野で成熟した社会としての評価を得ることに繋がるものとして、臓器提供数増加に資する国民の理解醸成に向けた各方面の真摯な努力が望まれる。
松林哲也(国際公共政策研究科)「社会科学における自殺研究」
自殺は精神疾患などの健康問題を原因として発生することが多いが、個人の抱える健康問題は経済的困窮など社会経済的問題によって引き起こされる可能性がある。この可能性を念頭に置いて、これまで社会科学者として自殺の社会経済的・政治的原因や有効な自殺予防策とは何かを探る研究を行ってきた。本報告では社会科学者として自殺問題を研究する意義や、研究を進める上で社会科学的方法がどのように役立ってきたかをまとめる。

第16回(理学研究科J棟三階セミナー室,2018年8月2日)

山下高明/依田みつき(㈱ケーエスアイ)「Sense of Science:理学の書棚を共創する」
現在、知の活性化を図る場所PRCにおいて、「理学の書棚」を「デザイナー・学生・研究者」が物理的な場所や物から感受する知を大切にし共創しています。「美的感覚と知的好奇心に働きかける」を理念とし、ビジネス視点での結果や指標に捉われず、創造性と技術の可能性の模索を目指しています。「理学の書棚」をめぐる考察のなかで繰り広げられる「問い、仮説、検証」に自らが参加することで、様々な繋がりや関連性を解き明かし「モノ・コト」を合意形成している様を報告します。
青野繁治(言語文化研究科)「聶華苓と丁玲」
在米華人女性作家聶華苓は1970年代以降、アイオワ大学国際著作プログラムを通じて世界各国の作家芸術家の交流に力を注いだが、なかでも1979年から始まった「中国週末」の取り組みを通じて、中国大陸、台湾、香港、シンガポール、在米華人作家たちの交流する場を設け、文化大革命期の中国大陸文学芸術、戒厳令下の台湾の文学芸術が、改革開放と民主化にそれぞれ向かって行く上で大きな貢献をした。聶華苓はこれらの活動を通じて、艾青や丁玲のような延安文芸座談会で批判された文学者、それから王蒙や劉賓雁のように反右派闘争で批判された作家をアメリカに招いた。とりわけ同じ女性作家としての丁玲には深い思い入れがあったと思われるが、丁玲が後にまとめたアメリカ訪問の記録と聶華苓ら在米華人女性作家への評価を見る限り、両者の思いはすれ違いに終わった、と考えられる。

第15回(理学研究科J棟三階セミナー室,2018年7月15日)

高田篤(法学研究科)「公法学における普遍と特殊:比較公法研究の実例に則して」
公法・公法制度の発展には、世界で共通する「普遍」的傾向が見られるが、それは各地におけるそれぞれの文脈に即して「特殊」に展開する。それが、公法学においてどのように「学問的」に記述され得るのかを、憲法改正という現象に即して、日本とドイツを比較法的に分析する形で示した。すなわち、「再軍備」に際して日独の裁判所が対照的に対応したことを出発点として、積極的な憲法的統制を行わない日本の裁判所と積極主義的なドイツの裁判所、という対照的な日独の裁判所のあり方が定着した。その条件の下で、日独で同様に進む法発展が、憲法・法律・命令・規則という法の段階構造の下、日本では憲法改正を伴わずに、ドイツでは憲法改正を要して行われたことを、実例も示しつつ説明した。この説明を通じて、公法学における「普遍的」記述の可能性について考察した。
橋本幸士(理学研究科)「宇宙のすべてを支配する数式」
この宇宙、そして物質と力、は究極のところ、何からできているのでしょうか。我々人類は、素粒子物理学を用いて、この宇宙がたった一つの数式で支配されていることを突き止めました。この数式は、素粒子の標準模型(にアインシュタインの一般相対性理論を加えたもの)と呼ばれ、人類の英知の結晶です。本講演では、この数式をまず書いてみることから始め、数式のそれぞれの項の意味、そしてその意義を解説します。じつは、それぞれの項の和で書かれているこの数式は、たくさんの物理学者が発見してきたその歴史を物語っています。アインシュタインやディラックから始まる数式は、歴史を作ってきた物理学者の系譜とも言えるでしょう。また、この数式では説明しきれない、現在の宇宙の謎についても述べます。暗黒物質やニュートリノ質量。まだ、宇宙を支配する数式は、完成していないのです。素粒子物理学の究極の目標は、宇宙というマクロと、量子というミクロを統一し、この宇宙のミクロからマクロまでのすべての現象を記述する一つの数式を、完成させることなのです。

第14回(理学研究科J棟三階セミナー室,2018年6月15日)

周雨霏(文学研究科)「ワイマール・ドイツにおけるプロレタリア文化と東アジア」
本報告は日本におけるK. A. ウィットフォーゲル劇作、文芸理論の受容史を取り上げる。二十年代前半、ドイツ共産党機関誌『赤旗』の文芸欄編集担当を務めていたウィットフォーゲルは一連の演劇作品を発表し、マルクス主義的美学をめぐる論争にも積極的に関わっていて、ワイマール期における社会主義文学運動の中で重要な担い手となっている。大正十五年、ウィットフォーゲルの風刺劇「誰が一番馬鹿か?」が東京築地小劇場で上演されたのは、彼の名が初めて日本で脚光を浴びた時である。二十年代半ばから三十年代初頭にかけて、辻恒彦、川口浩などドイツ文学者をはじめとする左翼文筆家や文芸理論家の翻訳・紹介によって、ウィットフォーゲルの劇本作品4点、文学・美学理論作10点が日本で公にされたことからみて、日本の初期プロレタリア文学運動の中で、彼の作品と理論が与えた反響は無視できない存在だったと思われる。本報告において、ウィットフォーゲルの文学作品・文学理論が日本で紹介された経緯について、歴史的に考証する。そして、それらテキストを再文脈化された過程において、新たな言語・社会的コンテクストの変化の中で果たす新たな機能を検証する。このように、日本の左翼文芸運動における国際的要因に光を当てることによって、左翼文学に関する叙述は如何に「一国史」の限界を越えるかについて、新たな可能性を提示していきたい。
安田誠(工学研究科)「一般的な社会における化学の役割と,ややそれにからめて自身の研究」
化学とは、元素を中心に世の中を捉え、考える学問である。また、元素の性質を活用し、あたらしいモノを創り出すことができるのも、化学の力である。地球環境を元素の視点から眺めると、地殻はケイ素、生物は炭素で構築されていることに気づく。ケイ素と炭素は周期表において上下関係に位置し、その性状には類似点が見出されるが、生物はケイ素では決して構成されない。ケイ素に比して圧倒的に少ない炭素を生物はなぜ選び、用い、自らのカラダを構成したのか。それを元素の観点から明確に考察することができる。炭素を中心とした有機化学の多様性をそこから感じ取ることもできる。また元素はその酸化数の変化に伴いエネルギー状態を大きく変える。これらの変化を巧みに利用し、人類および生物は生きている。一方でこのような元素観に立脚しない誤った視点で世の中を語る無知が散見されるが、正しい元素観をもつことでそれを正し、正確かつ冷静に舵取りをすることが重要である。その役割を科学者は担っているとの自覚と責任を持つべきである。

第13回(理学研究科J棟三階セミナー室,2018年4月27日)

許衛東(経済学研究科)「LED照明産業の集積過程からみた華南経済圏の課題」
今回は生産連鎖(国際経営の別称はサプライ―チェーン)の視点に基づいて中国で進行中の産業高度化と低炭素化対策の背景と新産業の国際分業へのインパクトを検証するための事例研究の一部である。その対象として成長分野の代表であるLED照明産業を取り上げ、①「LED照明産業をめぐる世界の動向と分業構造」;②「LED照明の導入の世界的潮流」;③「LED照明産業の分布と生産連鎖」;④「LED照明産業の主導権をめぐるグローバル競争」;⑤「中国LED照明産業の拡大過程と特許分類による集積形態の検証」の順で、調査と分析結果のまとめを試みた。注目点は台湾系企業による中国大陸投資戦略の質的変化に伴う中国LED照明産業集積のハブ化が可能かどうかである。
豊田岐聡(理学研究科)「文理融合について思うこと」
本報告では,研究室の紹介と,演者が文理融合研究について思うことを中心に話題提供を行った.豊田研究室は,質量分析装置の開発と,開発した装置を用いた応用研究を行なっており,現在は,豊田らが開発した小型でありながら高分解能が得られるマルチターン飛行時間型質量分析計を,様々な分野に応用展開する研究を主に行なっている.その中の一つが文理融合で取り組んで行くべき課題でもある中国のPM2.5の発生原因の解明である.詳細は,「生産と技術」のVol. 70, No.2の54ページからの記事 「これまで見ることができなかったモノを観る:独創的な質量分析装置開発とそれらを用いた応用研究」を参照いただきたい.また,文理融合研究については,「OUFCブックレットvol.8 中国の食・健康・環境の現状から導く東アジアの未来―地域研究における文理融合モデルの探求」に「文理融合研究の実現に向けて思うこと」 として記載したことを中心に話題提供を行なった.この中では特に「うつくしい」という感性についての議論で盛り上がった.筆者らが開発する装置も見た目が「うつくしい」ものは性能が良かったりする.日本人は幼少の頃から「うつくしいもの」に触れる機会が少ないように思う.そういう機会を増やし,「うつくしい」という感性を磨くということも研究活動には重要ではないかと思う.

第12回(理学研究科J棟三階セミナー室,2018年4月5日)

片山剛(名誉教授)「アヒル飼育と水田稲作の共存から旧中国社会を再考する:土地領有の多層構造と村の領域」
たとえば足立啓二氏は、近世・近代中国農村の村について、日中戦争中に行われた〈華北農村慣行調査〉の事例から、「中国の村落には、村落という集団自身の固有の領域がない」、「村民が村外の人と比べて享受できるような村内優先権も少ない」と断言している。  近世日本農村と近世・近代中国農村とは、はたして足立氏がいうほどに社会の性格が異なるのか。かかる疑問をいだきながら、広東省高要市の旧金東囲に赴き、古老への聞き取りと古老同行の実地踏査を、2009年から計4回行った。調査でのキイワードは、「涌源」、「lang埠」(langは〈朗+土〉の漢字一字)、「寄庄穀」等である。その結果、①「涌源」はクリークを指す。②「lang埠」は、“一筆耕地”よりも一つ上位の土地区画を指し、日本の“小字(こあざ)”に相当する。ただしサイズは小字よりも小さいので、ミニ小字とイメージするのが適当である。③一個の「lang埠」に一条の「涌源」が付属しており、これで1セットになっている。④個々のセットは特定の村に固定的に帰属している。⑤村の領域は、この〈lang埠+涌源〉というセットの数十個分の集合として存在している。⑥「寄庄穀」は、村外の人が稲の収穫時に負担するパトロール代を指し、その負担は村内の人に比べて重い。この点から、村内優先権の存在も確認できる、等を明らかにした。以上から、足立氏の理解が少なくとも旧金東囲には妥当しないこと、農村や農民の日常的世界は文字史料に登場してこないことが多いという点を自覚し、フィールド調査も活用して近世・近代中国における農村・農民の世界を研究する必要があること等を提言した。
中山典子(理学研究科)「海洋の生物生産を支えるナノ粒子態の微量金属」
海水中にピコ-サブナノモルの極低濃度で存在する鉄や銅,亜鉛などの微量金属元素が,海洋表層での生物生産において重要な役割を持つことは周知のとおりである.しかし,これらの微量金属元素が,どのような化学種で,どのような形態であるか-例えば,溶存態あるいは粒子態であるか-は,地球化学的な物質循環や生物利用の過程をコントロールする重要なファクターであるものの,未解明な点が多い.本報告では,金属硫化物に注目し,それらが「酸化的環境にある海水中でも安定に存在するか」の問いに端を発した報告者の研究を紹介した.水中のピコモルの極低濃度の金属硫化物やH2Sが定量可能な,酸分解と組み合わせたガスクロマトグラフィ-炎光光度検出器(GC-FPD法)について説明し、浅海熱水域であり,かつ酸素を十分に含んだ水塊構造をもつ鬼海カルデラ海域において,同測定法を用いて初めて明らかにされた,海水中の遊離硫化物(H2S + HS- + S2-)および金属硫化物濃度の鉛直分布を紹介した.海底熱水活動海域における観測結果は,熱水起源と推定される金属硫化物が,粒径200 nm以下の硫化物として存在しており,それらが海洋表層まで輸送されていることを示していた.

第11回(理学研究科J棟三階セミナー室,2018年1月25日)

河村倫哉(国際公共政策研究科)「ブレグジットおよびトランプ政権以後の正統性の課題」
近年、イギリスのEU離脱決定やトランプ政権誕生のように、移民を排除しようとするポピュリズムの動きが強まっている。それは一方で反人権的で政権の正統性を損ねているように見えるが、他方では国民の多くが感じている不満を代弁しているようにも見える。すると、現在では人々の不満を汲み取りながら、道徳的価値を傷つけない新しい正統性のあり方が必要とされていると言える。今日の多くの人々の不安の根底にあるのは、自分たちの労働がますます他の安価で定型的な労働に置き換えられてしまうかもしれないという感覚である。これは移民を排除しても克服されることはない。それを克服し、自分の労働に社会的意味を取り戻すためにはむしろ、自分たちの慣れ親しんだ生活様式と、新しく入ってきた考え方とのギャップを架橋する中から、利益を見出していくことが必要である。そのような新しい仕事の萌芽は、米ピッツバーグのような衰退した重工業地域の復興や、BOPビジネスなどの中に認めることができる。移民もまた、外から違った生活様式や考え方を持ち込む存在であり、そこには新たなビジネスが生まれるチャンスがある。すると、自分たちの職を奪う存在として移民を排除するのではなく、むしろ積極的に受け入れ、彼らと自国民を媒介する中で新たなビジネスが生まれるようにすることが、新しい国家の正統性のあり方ではないだろうか。
伊藤謙(総合学術博物館)「Multidisciplinary Scienceのススメ:現代の本草学者をめざして」
演者は、京都大学薬学研究科博士前期課程においてアルツハイマーや緑内障に代表される神経変性疾患の研究を行い、博士後期課程からは生薬学分野に研究の場を移し、漢方薬・民間薬・芳香療法(アロマテラピー)などの伝統医療の効果についての研究を行ってきました。その後、大阪大学総合学術博物館および京都薬科大学生薬分野で生薬関係の研究を続けてきました。近年、大阪大学総合学術博物館において、本草学や文化財科学へと研究領域を広げています。昨今、アカデミックな分野における専門性への行き過ぎた集中が、分野間の分断を招いたとの反省から、「Multidisciplinary(学際的)」な研究を進めることが求められるようになってきました。それを進めるお手本として、演者は江戸時代に我が国そしてアジア圏で花開いた「本草学」に着目しています。なぜなら本草学を研鑽していた“本草学者”たちの研究成果や生きざまをみると今求められているMultidisciplinaryな性質を多分に体現しているからです。また本草学は通常herbalism(植物学に近い)と訳されてきましたが、演者は“Multidisciplinary Science”と訳するに相応しい学問であると考えています。それは、江戸時代の本草学者である平賀源内、木村蒹葭堂、植村政勝、明治時代の本草学者といえる南方熊楠、白井光太郎を見れば明らかです。本講演では、演者の行ってきた石見銀山における研究成果をはじめとする本草学研究への事例を紹介し、そしてイタリア・ペルージャ大学との共同研究を主とする文化財科学研究へと広がる“現代の本草学者”としての研究活動についてお話をいたします。

第10回(理学研究科J棟三階セミナー室,2017年12月15日)

地神亮佑(法学研究科)「勤労の権利・職業選択の自由と社会保険」
労働の意思があるにもかかわらず失業や傷病により働くことができない労働者に対して、国は雇用保険制度や労災保険制度を用意し、生活費の保障を行っている。しかし、そうした労働者が「働くことができる」と判断される場合には、給付は終了することとなる。その際、労働者の復帰先の希望はどの程度尊重されるべきであろうか。労働者の勤労の権利や職業選択の自由の自由の観点、あるいはアメリカにおける議論(労働力の最大限活用)を踏まえると、労働者の「適職」=本人の職業経験・職業訓練に適合する仕事に復帰したいという意思を重視すべきと考える。 当日は様々な観点から議論が行われたが、とりわけ文化や法制度が大きく異なるアメリカ法と日本法との比較をいかに行うか、あるいはアメリカの議論は導入可能なのか、という点が注目されたように思う。今後の課題としていきたい。
藤田宏志(アジア大気汚染研究センター)「大気汚染対策に係る国際協力について」
アジア地域では大気汚染問題が共通課題となっており、各国が清浄な大気を共有できるよう、地域的な協力が重要である。平成 9 年に設立された東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)はその代表的な例であり、13カ国が参加して、酸性沈着や関連化学物質のモニタリング等を連携して行うことにより、大気汚染対策の科学的な基盤となるデータを収集している。アジア大気汚染研究センター(ACAP)は、EANETのネットワークセンターとして、各国のモニタリングデータの精度保証・精度管理(QA/QC)、技術支援、研修、調査研究、普及啓発等を通じた協力を実施している。

第9回(理学研究科J棟三階セミナー室,2017年11月17日)

田中仁(法学研究科)「文理の対話と共同研究:未来研究イニシアティブからまちかねCAFÉへ」
(1)旧大阪外国語大学にあったアジア研究会は,語学科の壁を越えて歴史・政治・経済のスタッフによる共同研究を行っていた。1997年,区分制博士課程「言語社会研究科」は地域研究と語学研究の総合をめざして創設された。地域研究の一環をなす中国文化フォーラムの2003年以降の活動は,ホームページ(http://www.law.osaka-u.ac.jp/~c-forum/)の「活動の記録」に納めている。(2)2007年10月の大阪大学・大阪外国語大学統合を契機に,中国地域研究を基盤とする新たな可能性を追求すべく中国文化フォーラムを再編した。第一に,日中台の大学間交流として国際セミナー「現代中国と東アジアの新環境」を2007年から毎年開催し,「地域研究の学際性と歴史研究の総合性の対話」を企図した。第二に,大学院高度副プログラム「現代中国研究」を幹事部局・グローバルコミュニケーションセンターとして法学研究科で開講,研究科を跨ぐ編成と受講者を受け入れた(2010~2015年度)。そこでは「中国を知ること」を共通課題とし,「それぞれの専門を現代中国に適用すること」を試みた(同科目のテキストとして,OUFCブックレット『現代中国に関する13の問い:中国地域研究講義』を発行)。(3)学内の公募企画「未来研究イニシアティブ・グループ支援事業」(2013-2015)に中国文化フォーラム「21世紀課題群と中国」が採択され,「a.歴史学を機軸とする現代中国研究,b.東アジア言語空間,c.21世紀課題群」に関わる提案を行った。さらに,この支援事業において「MULTUMで切り拓くオンサイトマススペクトメトリー」グループとの協働が実現し,21世紀課題群にかかわる研究セミナーを開催した。この企画をもとに科学研究費「21世紀課題群と中国:地域研究における文理融合モデルの探求」(2016年度,挑戦的萌芽研究)を申請した。申請は不採択となったものの,文理融合モデルの構築に関わる有意なブレーンストーミングを行うことができた。(4)2016年9月,産学連携・社学連携・国際連携を展望する文理の対話を試みるまちかねCAFÉを始めた。そこでは話題を「中国」に限定せず,文系・理系の研究者が自らの研究領域と課題を聞き手に分かる「ことば」で話すことを試みるとともに,将来の研究プロジェクトに資する緩やかなネットワークの形成をめざしている。
兼松泰男(産学連携本部)「文理融合型共創の可能性:VBL/e-square/CLIC/EDGEの取り組みを通して,その1」
1990年代中期に制定された科学技術基本計画に沿って、大学院重点化がなされ、さまざまな施策が打ち出されてきた。ドイツ型の大学システムに、アメリカ型の大学院を接ぎ木し、定員枠と年次進行型編成という外形制限をかけた日本流のやり方をしたために、総予算は増大したが、病理とも言うべき歪が発生している。2000年以降、大学院定員未充足が進展し、滞留するポスドク層の増大している。また、資金獲得競争や政府の短期施策への対応を背景とした雑務の増大によって、本来の研究・教育へ時間が大幅に削られ、教員のアイデンティティクライシスが生じている。本報告では、大学院施策の本流が、21世紀COEから卓越大学院の流れであるとするのなら、傍流であるベンチャー・ビジネスラ・ボラトリー、博士人材インターンシップ、グローバルアントレプレナー育成といった大学院教育に関連した、題名の施策について触れた。私たちは、歪の拡大へとミスリードしがちな政府施策を換骨奪胎して、創造性と俯瞰性を備えた未来の担い手が育つ、「場」と「機会」の提供を行って来た。知の循環、すなわち、社会の課題を大学の研究へつなげ、研究の成果を社会へと還元すること、を柱として、いかに現実に触れ格闘する機会を創り、成長の源泉とするのかという問題意識の下で、自然と分野を超えた活動の広がりが出てきており、異分野融合への扉を開きつつある。さまざまな分野の現場の報告を交え語り合う、異分野融合カフェの取り組みを、一例として報告した。

第8回研究会(理学研究科J棟三階セミナー室,2017年10月27日)

姉崎正治(産業技術短期大学)「日本鉄鋼業の粗鋼一億トンを支える教育システム:鉄鋼産業の現場主義と現場力の向上を目指す巨大な構想」
本報告は、日本鉄鋼業が高度成長期以降粗鋼1億トン以上の生産量を長期に維持してきた理由の一つとして、製鉄技術と技能を伝承し現場力の持続的向上に寄与してきた鉄鋼業界の教育システムに着目し、その歴史的経緯と現在の課題を紐解くことによって、今後の教育の在り方を検討することを目指し、特に鉄鋼業界で創設した(学校法人鉄鋼学園)産業技術短期大学と人材開発センターの今後の活用策について論究するための歴史的考察である。日本の近代的製鉄法の誕生は、大島高任が創設した釜石製鉄所第1号高炉の初出銑、 1858年1月15日(旧暦12月1日)をもって始まった。この時が日本の近代的な”鉄の時代”の幕開けといえる。この技術的源流は松下村塾の蘭学者集団によって翻訳されたU.Hugueninの「ロイク王立鉄製大砲鋳造所の鋳造法」にあり、江戸時代末期に各藩における反射炉の建設と錬鉄製造に寄与した。大島高任はこの源典を工夫して独自の洋式高炉を釜石製鉄所に建設したことから、高炉製銑法による鉄鉱石からの銑鉄製造技術が発展した。一方鋼の精錬は、 1882年から1892年にかけて海軍/陸軍工廠が坩堝精錬や酸性平炉による精錬法を導入し、“鋼の時代”を先行した。その後1916年エル―電気炉が、1938年に日本式トーマス転炉が稼働し、質・量ともに”鋼の時代“に入った。この間1901年に官営八幡製鉄所が日本初の銑鋼一貫製鉄所として誕生した。この流れは戦後1953年以降高度成長期に、鉄鋼各社が築き上げた臨海型銑鋼一貫製鉄所に結実した。このようにして日本の粗鋼1億トン体制が完成した。本報告は、この技術的発展と技術・技能の伝承を可能にした、職業教育の源流を江戸時代の“寺子屋教育”に求めた。またその流れが持続的に展開してきた理由と、企業独自の教育施策の中に「自前の熟練工」を輩出して製造現場力を高めようとしてきた事例を取り上げ、戦前の鉄鋼生産を支えた教育の底流が、戦後の1950年前後に生まれた養成工制度や、1962年に創設された鉄鋼短期大学、1974年設立された人材開発センターに継承されていると捉えた。この観点から、今後鉄鋼業の現場主義と現場力を強化するためには、過去の経営陣が払ってきた教育姿勢をどう受け継いでいくかが現在問われていると考えている。特に鉄鋼学園の活用に関しては、今後の技術・技能の伝承を含めて、産業界への寄与の在り方を検討していく必要があり、研究調査活動を展開していく予定である。
宮永之寛(生命機能研究科)「細胞による環境認識の仕組み:社会性アメーバが見る世界」
本報告では土壌で生きる原生生物である細胞性粘菌の生態を紹介するとともに,免疫細胞のモデル生物として細胞性粘菌をもちいた研究の成果について報告した。細胞性粘菌は土壌に生息しバクテリアなどの微生物を食べて増えるアメーバ細胞である。栄養豊富なときは単細胞で分裂を繰り返して増殖するが,ひとたび飢餓状態になると集合してナメクジのような多細胞体になって移動し,最終的に胞子を内包した子実体を作る。このとき細胞集団の約20%は,胞子を地上から持ち上げるための頑丈な構造をもった細胞に分化して死んでしまう。このように,自己犠牲をともなった役割分担をすることで種の存続をはかることから,細胞性粘菌は社会性アメーバとも呼ばれる。細胞性粘菌の集合は,自身の周りの化学物質の濃度勾配を検出し,その濃度の高い方向に移動する性質,走化性によって成り立つ。人間の体内で活躍する免疫細胞である好中球も走化性によってバクテリアが感染した箇所に集まる。両者の走化性の仕組みが共通することから,細胞性粘菌は免疫細胞のモデル生物として研究されている。様々な平均濃度の化学物質濃度勾配に正確に応答することは生体機能において重要な要素で,細胞性粘菌は10万倍もの広い濃度範囲で走化性を示すが,その仕組みは不明であった。一般的に広い範囲で応答する生体システムでは,センサーとなるタンパク質の感度を濃度に応じて調整する仕組みが取られる。しかしながら細胞性粘菌ではセンサーの感度調整と異なる仕組みが使われていた。その仕組みは化学物質の濃度に応じて,センサーとセンサーからの情報を受け取るタンパク質の相互作用の仕方を切り替えるものであった。この仕組みの一端を担う調整因子として新たなタンパク質を同定したが,このタンパク質は細胞性粘菌だけでなくヒトも持つものであった。細胞性粘菌で発見された新たな仕組みはヒトを含めた生命で広く保存された仕組みかもしれない。

第7回研究会(理学研究科J棟三階セミナー室,2017年7月27日)

坂口愛沙(理学研究科)「死なない細胞の特別な仕組み:生き物が死ぬのはなぜか?」
生物は、個体としては死ぬが、生物を構成する細胞のうち生殖細胞は不死性をもち、次世代へと受け継がれる。つまり、私たちの体は、数十億年前と考えられている生命誕生時から一度も死んでいない細胞でできていると考えられる。本研究では、主に遺伝学を用い、生殖細胞の不死性の制御メカニズムを解析した。モデル生物として用いた線虫C. elegansは、雌雄同体を基本とし、同一遺伝子を維持したまま世代をこえて飼育できるため、本研究に適している。まず、生殖細胞の不死性に欠陥をもつ遺伝子変異体を得るため、数世代飼育すると不妊になる変異体を単離した。原因遺伝子は、遺伝子発現を阻害するRNA干渉に関与することがわかった。さらに、これらの変異体では、数世代飼育するとトランスポゾンなどの繰り返し配列の発現が増加していた。DNAに潜む繰り返し配列には、生命に悪影響を及ぼすものが知られており、RNA干渉のシステムは、これら有害となりうる繰り返し配列が発現しないように制御することで、生殖細胞の不死性に寄与していると考えられる。このように、生物は生殖細胞という特殊な細胞を用いて遺伝子を次世代に伝え、個体としては死ぬことで、何十億年という長い間、遺伝子を生き続けさせているのではないか。
鈴木慎吾(言語文化研究科)「中国古代漢字音の研究方法」
国語表記に漢字を用いる我々日本人にとって、漢字音というものはごく身近な存在である。我々が日々触れている漢字音の由来を知るには、もとの中国語音の歴史を知らねばならない。これは一般に漢語音韻学と呼ばれる学問領域であり、これまで長い時間をかけて研究が積み重ねられてきた。今回は導入編として、最初に漢語音韻学における時代区分、資料、反切、系聯法、中国語の音節構造、現代諸方言、音類と音価といった重要項目について概説し、その後中古音の声類について具体的な分類と音価推定の手順を紹介した。また近世音および上古音の推定にも触れて、歴史的な音韻変化の具体例をいくつか挙げることで中国音韻史の概略を述べつつ、議論が紛糾しがちな点にも簡単に触れた。ところで、漢語音韻学は情報学や統計学とも親和性が高く、最後に今後期待される研究方法について述べるとともに、科研課題として目下構築中のデータベース、また私的な研究計画についても紹介した。

第6回研究会(理学研究科J棟三階セミナー室,2017年6月1日)

水島郁子(高等司法研究科)「雇用社会の変化と社会保障法制の役割」
日本の雇用社会の伝統的特徴に、終身雇用、年功賃金、企業別組合がある。もっともこの特徴に該当する者の多くが新規学卒男性正社員であり、日本の雇用社会の基礎にはいわゆる「男性正社員中心主義」があった。経済情勢、産業情勢、そして人口構造の変化を受け、現在の雇用社会では、非正規雇用が拡大し、女性、高齢者、障害者等を活用する傾向がある。非正規労働者法制の方向性は、正規化を含む雇用確保の要請と、労働条件の保障(不合理な労働条件の禁止)にあるが、これは非正規雇用を補助的就労から脱却させ、旧来の「男性正社員」とは異なる新たな正社員像を提示する。もう1つの傾向は、男女雇用機会均等法を含む雇用対策法制として展開する。法制度上は、女性労働者の機会均等、高年齢労働者の雇用確保、障害者の差別的取扱いの禁止等が確立し、労働市場も雇用確保の要請に応えている。以上の雇用社会の変化を踏まえ、社会保障法制の課題や役割として3点を指摘した。第1に、社会保障法制は雇用社会の変化に対応すべきである。社会保険のうち被用者保険は、世帯の扶養者である被用者を核とするが、これは「男性正社員中心主義」と密接に関連するものであり、時代に適合しない内容は見直すべきである。第2に、労働法制と社会保障法制の守備範囲は異なり、社会的ニーズには社会保障法が対応すべきである。第3に、社会保障は社会的リスクやニーズに対して保障を行うもので普遍的にならざるを得ないが、支援が必要な者が漏れていないか等の新たな課題を発見し、必要であればそれに対応することが求められる。
紀本岳志(紀本電子工業㈱)「Ecological Sociography の発想」
古来、学問の方法は、人文学(Humane Philosophy)、社会学(Social Philosophy)、自然学(Natural Philosophy)の3つの分野において、ほぼ同様であった。つまりは、一般的・普遍的な前提から、より個別的・特殊的な結論を得る演繹法に基づいて、観察結果を説明するという方法である。いわゆる「星の動きは神を中心として導く」ことが前提であった。それに対し、17世紀の「科学的方法の発明」の結果、自然学は測定した数値から法則(数式)を導くという帰納法へと変貌し、自然学は自然科学(Natural Science)となった。「私は仮説を作らない(ニュートン)」、「はかれないものは(知識の始まりであるが)科学ではない(ケルビン郷)」と言う思考が、現代自然科学の根底にある。もちろん、はかれないものの学問は重要であり、それが人文・社会学の大きなテーマであることは言うまでもないが、文理の対話を考える際に、双方が互いの方法を学び違いを理解した上で、共通のテーマに興味を抱く(Philo)ことが肝要ではないか。今回の報告では、自然科学の分野で、もっともはかりにくい対象のひとつである生態学(Ecology)の手法を紹介するとともに、その手法を用いて社会を誌す(社会生態誌:Ecological Sociography)ことの可能性について考察した。その一例として、社会学における「イノベーション」の概念について、社会生態誌的にどのように誌され、今後どのようなアプローチが必要かについて検討した結果を報告した。

第5回研究会(理学研究科J棟三階セミナー室,2017年3月25日)

河井洋輔(理学研究科)「隕石から探る太陽系の起源と進化」
太陽系の起源と進化過程を明らかにする上で、天体望遠鏡を使った観測的なアプローチに加え、隕石など地球外物質を調べる物質科学的な手法は必要不可欠である。本報告は、そもそも隕石とは何かという話題から始め、現在の太陽系がどのように形成されたのか、その形成モデルが隕石の分析によってどのように「制約」されているのか説明を行った。隕石は、惑星やその前段階である小天体(微惑星、原始惑星)の「かけら」である。物質科学的な手法では、隕石に含まれる元素存在度や同位体比に着目する。例えば、放射性同位体の半減期が一定であることを利用し、隕石に含まれる親核種と娘核種の存在量を調べれば、その母天体がいつ形成されたのかを知ることができる。このような手法を使うことで、太陽系が45億6700万年前に形成されたこと、そこから2千万年以内には惑星が形成されていたことなどが明らかにされている。また元素存在度などから、月や火星からも隕石が飛来してきていることが分かっており、それらの進化過程を明らかにする上で重要な試料となっている。
鄒燦(法学研究科)「盧溝橋事件記念日から日中の戦争認識を考える」
グローバル化に伴う国家・地域間の頻繁な交流、メディア技術の発展に伴って、複数の政治主体に関わる歴史事件をめぐる記憶や認識の相違が新たに意識されるようになり、そのことが歴史認識問題の顕在化につながっている。日中間の歴史認識問題はその典型の一例であり、その中の多くの争点は日中戦争をめぐる日本と中国の認識の差異に由来するものである。それが両国間の相互認知に対立の感情を引き起こす可能性をはらむと考えられる。従って、両国の戦争認識に介在する差異の確認は、現実性のある課題である。本報告では、盧溝橋事件記念日に焦点を絞って、事件勃発日から終戦に至るまでの間の日中双方の戦争認識の形成過程を対照的に考察した。1937年7月7日に勃発した盧溝橋事件は、日中全面戦争の発端と位置付けられているが、当該事件をめぐって、事件勃発当時から論争が続いており、日中のどちらが最初の一発を撃ったのかは現在まで謎のままである。戦時日本と中国は、この謎に包まれた事件を共に重要な出来事としてその勃発日を記念し、それぞれの必要に応じて銃後動員に活用しながら、国民に記憶させて共有させようとした。また、当該記念日は、日本政府、対日協力政権、重慶国民政府、中国共産党政権といった四つの政治主体によって、それぞれの立場による戦争解釈と国民意識育成の目標を組み込まれた。このように、日本と中国において、四者それぞれの日中戦争像が形作られ、戦時を通じて対抗しつつも並存していた。本報告では、こうした複数の戦争像の比較検討を通じて、日中の戦争認識における差異を確認したうえで、それが戦後の日本と中国の新たな政治空間のなかでの状況の展開を踏まえた調整を加えつつ、現代まで継続していると論じた。

第4回研究会(理学研究科H413号室,2017年1月9日)

思沁夫(グローバルイニシアティブ・センター)「“文理融合”は必要か:実践と経験に基づく報告」
日本では研究分野を超えて連携すること、あるいは研究と社会的実践とのつながることを学際的あるいは文理融合型の研究と言うことが多い。 学際的研究は、異なる分野を専門とする研究者が協力し合い、環境、災害、健康、食、農、教育など、大規模かつ複雑な課題に取り組む方法として長年重要視されてきており、近年はその方法論も発展している(詳しくは田中仁・思沁夫・豊田岐聡編『OUFCブックレット第8巻 中国の食・健康・環境の現状から導く東アジアの未来―地域研究における文理融合モデルの探求―』2016年を参照)。しかし、日本では文理融合という表現もしばしば用いられる。文理融合とは方法論なのか、あるいは目的論を示すのか、その言葉の意味は曖昧である。さらに、なぜそもそも文理融合しなければならないのか。文理融合はある意味で非常に日本的な表現であり、戦後日本が科学技術立国としての精神と一体性を掲げる中で指向されてきたという背景がある。しかし、グローバル化の時代において、文理融合は再検討する必要がある。結論から述べたい。そもそも、文理融合は不可能であり、その必要もないであろう。分野を横断した研究は、むしろ学際的研究と言いたい。社会的実践あるいは地域連携で様々な課題に取り組む場合、社学連携あるいは社会実践として表現したい。ただし、ここで注意したいのは、文理融合という表現は誤解を招きやすいことであるが、学際的あるいは実践的方向性に異論はない。例えば、私たちは環境問題、農業問題、災害、人口問題、専門性や地域を超越した多くの課題を抱えている。これら諸課題は長期的な視点から捉える際、より複合的に、より持続可能性を意識して理解する必要があるほか、分野を超えて社会と連携しつつ、取り組まなければならない。われわれが生きている現代社会は高度に専門分化している。言い換えると、われわれは科学の視点から物事を思考しなければならない。あらゆる事象をリスクとして捉えることが多い。ゆえにより合理的な判断を迫られる。ある組織や分野を超えた、社会とリンクした研究成果が求められている。ここで改めて学際的研究、社学連携の意義については問わない。われわれは確かにその必要性を理解しているとしても、方法、実践でつまずいてしまうことが多い。ここで私は大きく2つのことが重要だと考える。まず、研究者らの組織自体が学際的研究、社会連携をどのように位置づけ、推進するのかということである。加えて、社学連携に取り組む人々の個人的な経験と考え、価値観の意味することが大きい。社学連携、あるいは社会実践とはより良い社会、地域間関係を創生するための最も有効な方法論のひとつだからである。本報告では大阪大学における文理融合型の研究を簡単に整理し、大阪大学の組織としての特徴をふまえた上で、モンゴルや中国雲南省の環境保護活動、兵庫県宍粟市鷹巣などの地域における実践型教育などの事例を報告し、社学連携の具体的な方法論や様々な課題について考えたい。
北村亘(法学研究科)「ポピュリズムと合理的選択制度論:大阪都構想をめぐる政治 2010-15年」
本報告は、実証的な政治分析において世界的に注目されている「ポピュリズム(Populism)」といわれる政治現象を既存の政治学の研究手法で説明できるかどうかの可能性を、2010年から2015年までの大阪都構想をめぐる政治過程の分析から検討する。近年、民主主義の定着と情報技術の進展の中で「ポピュリズム」が実証的な政治分析の中で再び脚光を浴びている。しかし、具体的にポピュリストと通常の民主主義的指導者との違いは何であるのか、また、ポピュリストに着目することでこれまでの政治分析と違ってどのような新しい側面が説明できているのかは謎のままである。実証的な政治分析に適用しづらいポピュリズムに依拠しなくても、政治的プレイヤーの合理性を前提として、政治的プレイヤー間のゲームから政治的帰結を説明するという合理的選択制度論で十分に近年の政治現象も捉えることができるというのが本報告の理論的な主張である。そこで、最も典型的なポピュリストのひとりと言われている橋下徹と彼が率いる大阪維新の会の推進した大阪都構想をめぐる政治過程に着目する。橋下は、「有効な脅し(credible threats)」を活用して不可能と思われた大阪都構想実現のための大都市地域特別区設置法を2012年に民主党内閣の下で実現させるだけでなく、2014年末には公明党を動かして2015年の住民投票に持ち込むことに成功する。住民投票では僅差で否決されるが、その後、橋下率いる維新の会は自民党を封じ込めて同年の大阪府知事、大阪市長のダブル選挙で再び大勝したのである。本報告は、特定の政治家のポピュリスト的才能や個性を強調するポピュリズムに依拠しなくとも、合理的な政治的プレイヤーの相互作用で政治過程を説明する合理的選択制度論、特にアナリティック・ナラティヴズ(Analytic Narratives)で複雑な政治過程を理論的に説明することができると論じる。

第3回研究会(理学研究科H413号室,2016年11月7日)

秋田茂(文学研究科)「アジアから見たグローバルヒストリーの構築と文理融合の課題」
未来戦略機構第9部門では、昨年より3年計画で、6大学(Oxford, Leiden,Konstanz, Princeton, Kolkata, 大阪)のグローバルヒストリー国際共同研究を進めている。2016年3月に大阪で、3日間、報告者33名の第二回ワークショップ“Globalization from East Asian Perspectives”を開催した。第9部門は現在、複数の研究科からの16名で構成されるが、理系研究者の協力体制は未構築で、課題として残っている。「世界適塾大学院」(構想案だけで消滅)を考える過程で、David Christian等が提唱するBig History(宇宙の誕生から現代までの146億年の中に人類史を位置づける試み)を採用して、理系との協力・共同研究を模索したが、いまだ、十分な成案や構想を持つに至っていない。理学研究科を中心に、同様な新学術領域研究の提案が既になされており、今後は、研究課題の明確化と、果たして協力が可能なのかどうか、さらに検討を進めていきたい。
瀧口剛(法学研究科)「大阪帝国大学の設立と戦間期政党内閣」
本報告では、大阪帝国大学創設(昭和6年)の政治過程を当時の浜口雄幸・民政党内閣と大阪財界の密接な関係に焦点を当てて明らかにした。昭和初期、経済発展著しい大阪にも官立の総合大学を設置しようという機運が盛り上がったが、客観的状況は厳しく大阪帝国大学の設置過程は波乱に満ちたものであった。関西圏における新たな帝国大学設立には井上準之助蔵相のもとでの厳しい緊縮財政、高等教育関係者の新設帝国大学不要論が立ちはだかっていた。これを乗り越えたのが、大阪財界を軸とした政府特に井上蔵相自身への働きかけであった。この運動の成功の重要な要因となったのが、井上財政を支持する大阪財界と民政党内閣との密接な関係であった。井上蔵相は大阪側のコンタクトパーソンと連絡をとりながら意図的に追加予算まで待って創設費用を滑り込ませたのであった。本報告では、綿工業や自由通商運動など当時の大阪財界の動向を背景にこの政治過程に光を当てた。

第2回研究会(理学研究科H413号室,2016年10月10日)

三好恵真子(人間科学研究科)「リスク社会における環境問題への挑戦―実践志向型地域研究,個人の中での文理融合」
地域研究は、現実世界が抱える諸課題に対する学術研究を通じたアプローチであり、その発展を通じて、それらの解決に寄与することを目指すものである。こうした学際的アプローチによる知の集積を「実践的地平」に生かすことは極めて重要になるものの、具体的な人間の生存のあり方や複雑な社会動向を把握するためには、現地に精通した参与的調査が重要な鍵を握るものと考えられる。さらに緊急性を要する環境問題に挑戦するためには、自然科学的な理解や技術・方法論のみならず、社会や経済・政治の仕組みをどのように変えてゆくかも含めて、長期的な視野から体系的に分析してことが求められる。 当方の研究室は、世界的な共通課題である環境問題を人間の生活の次元でとらえながら、その解決の営みを、様々なレベルのコミュニケーションを通じた環境の価値あるいは価値の損失の発見と、価値の共有のプロセスとして討究を積み重ねてきた。そして本研究室には技術開発をする理工系の学生から海外での現地調査を重ねる学生まで文理を問わず多様な人材が集結する極めてユニークな研究環境を構築しており、知的結合力を有する研究者育成に研鑽している。特に、各人が「個人の中での文理融合」に挑戦し、さらに「研究者間レベルでの学融合」を日常の中で切磋琢磨しながら体得していくことが、他の文理融合研究と一線を画している点として特徴づけられる。 本報告では、当方の研究室から発信される多様な実践志向型の地域研究の一部を紹介しながら、課題解決への学際的アプローチの展望について参加者とともに討議した。
山本千映(経済学研究科)「産業革命期イギリスの識字率」
経済成長の源泉は、一般には機械設備などの資本ストックの増加と主として人口規模に規定される労働力の大きさ、これらの残差としての技術進歩(TFP)によって説明される。イギリスの産業革命も、蒸気機関を備えた大規模工場という典型的なイメージ、換言すれば、資本ストックと技術進歩という側面から理解されてきた。しかし、近年では、労働集約的工業化論や工業化における労働者のスキルの役割の重視といった議論が展開され、労働力の質をどうとらえるかに注目が集まっている。資本集約的で労働節約的な欧米型の工業化だけが一般的な経路だったわけではなく、大量の労働者を利用したり熟練工のスキルを利用することで、資本を節約しながら工業生産を拡大するという道もあったのだ、という主張である。 本報告は、識字率を用いて産業革命期イギリスの労働力の質を測定しようという試みである。従来の識字率推計で用いられてきたのは、結婚証明書に自分の名前を書けるかどうかという基準であった。この方法だと、結果は「書ける/書けない」の二分法になり、サンプルの年齢も20代半ばに偏ってしまう。本報告では、これに代えて、犯罪記録を用いる。これにより、読みと書きの能力を区分して評価することができ、また、「不十分にしか読めない」、「読める」、「良く読める」、といった能力の程度もわかる。また、犯罪者には10歳前後の子どもから60歳を超えた老人まで含まれるため、識字能力の年齢プロファイルも描くことができる。

第1回研究会(理学研究科H413号室,2016年9月12日)

青木順(理学研究科)「質量分析の基本原理とその応用分野」
本報告では、計測技術として様々な分野で用いられている質量分析技術について、その基本原理と応用されている具体例について説明した。質量分析では各種の物理現象を応用し原子・分子レベルで物質の質量を計測している。世の中の物質はそれぞれ固有の質量を持っているため、精密に質量を測定することは物質種の特定につながる。阪大の質量分析グループでは、独自に開発した技術である多重周回飛行時間型質量分析計・MULTUMを用いて研究を進めている。このMULTUMの特徴は小型でありながら大型装置に匹敵する計測性能を有することであり、可搬型にして測定現場で直接的に精密な計測が可能になる。この特徴を活かした具体的な応用として、環境汚染の測定、 火山ガスの分析、 病気の診断などが検討されている。この中でも環境汚染の測定については、社会問題となっているPM2.5への対策に活用することが期待されており、解決を目指すに際しての法整備や社会への働きかけに関して多分野・多領域の協力・協働が重要になることが認識された。
胡毓瑜(人間科学研究科)「課題解決型文理融合研究における交流・協力の取り組みと展望」
本報告では、理学,基礎工学,人間科学と様々な専門性を持つ報告者がこれまで手がけてきた複数の研究課題を紹介しながら、研究における交流・協力の意義と可能性を討議した。その中で特に詳しく説明したのが「カオス解析による心理特徴の分析」という課題である。はじめにカオス現象、脈波の原理と測定方法について簡単に説明した。非線形解析により脈波からアトラクターを描くことができ、最大リアプノフ指数(LLE)と自律神経バランス(ANB)を算出できる。この指標を活用し、人間の心の状態を知ることが可能になる。実験例として、脈波のデータからうつ病患者群と健常者群(学生)に分けて分析を行った結果を紹介した。ここでは患者群のLLEの値は有意に低く、逆にANBは高いことがわかった。また、うつ病患者の脈波と加速度波からのアトラクターの形は健常者と相違が生じることを示した。最後に判別分析により患者と健常者が判断できることを示唆した。このような研究の場合、不可欠になるのは研究上の交流・協力である。特に総合的に検討すべき複雑な課題に対しては、多様な方法の基礎と応用、また多分野・多領域の協力・協働が重要になり、また課題解決を担う将来の一つの発展の方向に位置づけられる。さらに、交流・協力に際し、橋渡し役の研究者の存在が期待され、双方の研究内容の重要性を理解できることが鍵を握ると強調した。

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