西村成雄・田中仁編『現代中国地域研究の新たな視圏』

2007年3月,世界思想社,306p

本書は,2005年度大阪外国語大学特別研究Ⅱプロジェクト「現代“中国”の社会変容と東アジアの新環境」(代表:田中仁)の研究成果のひとつとしてとりまとめたものである。また本書の刊行にあたり,2006年度大阪外国語大学特別研究Ⅰの出版助成(代表:西村成雄)を受けた。

構成

序―中国地域社会と正統性問題(西村成雄)

第Ⅰ部 グローバル化する世界と中国地域研究

第Ⅱ部 中国地域社会空間の変容とトランスナショナル空間

結―中国地域研究と21世紀の日本(田中仁)

各章の内容

グローバル化時代の地域研究:特権性の喪失(平野健一郎)
(1)1970年代から,いわゆる「ヒト・モノ・カネ・情報の国際化(国際移動)」が著しくなり,地理的な境界(国境)は穴あき状態となった(porous borders);(2) 国境だけでなく,地理的単位・社会的単位の間の境界も明確なものではなくなりつつある;(3) 地理的な境界だけでなく,学問分野間の境界などさまざまな境界がぼやけつつある;(4) 全体と部分の関係という見方をする必要に境界の変質という基本条件の変化が加わると,地域研究の対象状況はさらに複雑になってきているとした上で,今日,a.全体性,b.重層性,c.越境性の3点に留意しながらわが国における地域研究を再構築することを提唱する。
“中国”の自画像:その時間と空間を規程するもの(堤一昭)
司馬遷『史記』は,原初から皇帝ないしはそれに相当する唯一の君主のもとの「中国」が存在し,この構造は不変で現在もあり,そして将来も不変で続いていくという「中国」像を提示し,それが以降の中国人が構想する自画像の基本的構図となった。空間的には,モンゴル帝国の「大元」に至って,それまでの「中国」(南)と,北アジア・内陸アジア(北)との双方を併せた姿が自画像として描かれるようになり,明朝を経て「大清」乾隆帝の時代にそれは現実のものになった。現在の中華人民共和国は,空間的に見ると乾隆帝の時代の領域を継承しているが,「南北」を併せた自画像は司馬遷『史記』以来の自画像との違いはかならずしもはっきりと意識されていないとする。
漂白する“私”:多様化するチャイニーズ・アイデンティティ(宮原暁・解説)
東南アジア出身の中国系留学生や若い世代の中国帰国者をインフォーマントとして,グローバリゼーションのもとでの文化システムの交錯とそのもとで顕在化しつつあるマージナルなチャイニーズの主観性とその文化的混血性(ハイブディティー)を確認することによって,「中国」像にかかわる新たな視点を探る。
21世紀東アジアの国際秩序と“中国”(山田康博)
冷戦後15年間におこった東アジア地域の構造的変化を,(1)一極構造化,(2)日米安全保障関係の変質,(3)安全保障問題を協議する多国間枠組の重層的発展と捉え,中国が行った政策変更がこうした構造変動を促進するとともにその「固定化」を志向するものであったとする。
“中国”経済空間のダイナミズムと日中経済関係(許衛東)
「台頭する経済“大国”としての中国は世界の脅威か,それとも成長エンジンか」と問い,グローバル化する世界のなかでの中国と周辺地域の変容を,(1)中国経済の到達点とその特質,(2)中国経済空間の国際的・国内的再編,(3)日中経済の相互依存性の構造分析という三つの視角から考察する。
中華ナショナリズムの経済史的文脈:1936年中国「埠際交易」の政治的含意(西村成雄)
国民国家ナショナリズムとともに20世紀中国ナショナリズムの支柱と位置づけうる中華ナショナリズムの経済史的文脈を黒田明伸・杉原薫・呉承明の業績をふまえて整理したうえで日中全面戦争前夜における「埠際交易」の到達点を確認し,そのことと国民国家ナショナリズムを媒介する鉄道網形成との関連から「中華民族」の凝集力(侵略への抵抗力)の特質を明らかする。
華北における近代交通システムの初歩的形成と都市化の進展(江沛)
1880年代以降の鉄道敷設を中心とする近代交通システムの導入によって中国・華北社会がどのような質的変容を遂げたかを考察する。
“終戦”“抗戦勝利”記念日と東アジア(田中仁)
1945年8月15日,9月3日の歴史的意味を日本・中華人民共和国・台湾の新聞社説にあらわれた言説を系統的に分析し,日本においても中台間においても1995年が転換点となり,それらの明らかな相互関連性を見出すことができるとする。
中国の台頭と日中関係(紀宝坤・宮原暁)
文化システムとしての中国および日本を再定義するなかで,現代日中関係の緊張の所在を現実的課題として直視しつつ,文化システムと政治システムを区別し,とくに日中双方の文化的「ハイブリディティ」のもつ可能性を展望する。
20世紀におけるアメリカの“中国体験”:歴史の記憶と挫折のなかの模索(馬暁華)
アメリカ人の中国体験を宣教師やメディア王ルースの眼から再構成し,とくに「タイム」誌に掲載された図像解析を通して蒋介石・宋美齢・毛沢東などがどのようにイメージされたのか,その中国認識の特徴を復元する。

書評


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