2011年1月27日ロイヤリング講義

講師:弁護士 加藤 昌利先生

文責 渕山 剛行

 

医療過誤事件(患者側代理人の立場から)

それでは始めていきたいと思います。私は患者側の弁護をやっていまして、医療側の弁護をどういう形でやっているのかはわかりませんので、患者側代理人の立場からということで医療事件についてお話をさせていただきます。

 私が何者なのかということについてですが、私は平成12年にこの大学に入学し、その後弁護士登録いたしまして、期でいうと58期になります。最初は大阪でイソ弁をしておりましたが、去年の4月に神戸の方で独立開業しました。

 

それでは、「はじめに」ということで、これまで私がどういう形で医療事件に関わってきたのかについてお話しさせていただきます。もともとは大阪で弁護士をしていたのですが、その時の事務所の経営者の先生が患者側の医療事件をやっていまして、著名な最高裁の判例をとったこともある先生でした。医療事件と言うのは1人でやるのは大変でして、私がその先生の下請けのような形で関わりました。また、患者側代理人で医療事件を扱う人たちの集まりで、医療問題研究会という組織的な研究会にも所属して勉強していました。そこには相談窓口のようなものがありまして、相談が来たら弁護士に振り分けるのですが、その関係で私も何件か医療事件を扱いました。同じ58期の中では比較的医療事件の経験は多いかなと思います。それで今日はこのテーマを設定させてもらいました。

 

 どうして医療事件は難しいとされるのかということについてですが、3つの壁があるというように言われております。専門性、封建制、密室性です。専門性とは皆さんもお分かりの通り医療というのはとても専門的な知識を扱うものなので、民法の知識とは違った医学的な知識が必要になってきます。そういう意味で難しさがあります。封建制と書きましたが、医者というのはミスについてかばい合う傾向があったり、ある医者の責任を追及しようとして他の医者に協力を求めようとしても学会の関係で知り合いだから協力してくれないこともあります。そういったことを指して封建制としました。密室性についてですが、例えば手術なんかは密室で行われますので、実際に何があったかがわからない、そういう意味です。

 

 では、患者側の人たちはどういった願いで訴えを起こすのでしょうか。だいたい5つくらいにまとめられます。1つは原状回復です。それはそうですよね。元の健康な体に戻してくれと、それが一番の願いです。次に真相の究明です。いったい何が起こったのかということを明らかにしてほしいと。医療機関がミスなどについての説明を全然してくれないこともありますので、真相を明らかにしたいということです。次は反省・謝罪です。ミスをしたんだからきちんとそれを認めて反省して謝ってもらいたいと思うわけです。さらには再発防止です。自分が被害にあったのは動かし難い事実ですが、こんなことは自分で最後にしてほしいということです。最後は損害賠償です。亡くなってしまったり、後遺症で働けなくなってしまったときはこれが必要になってきます。民法には金銭賠償の原則というのがあり、もちろんお金を請求するわけですが、患者さんというのはお金が欲しくて弁護士のところへ来ているわけではないので、その辺をきっちり理解してもらって臨むことが大切です。

抽象的な話をしてもわかりづらいので、具体的にみていきます。この事例というのは私が現在やっている医療事件をやや抽象化したものです。

 

具体例

Xは、糖尿病・アルコール性肝硬変等にて、A病院に通院していたところ、A病院が廃院となったので、平成16年1月に、Y病院に転院することになった。

その際の、A病院からの紹介状には、「アルコール性肝硬変寛解、主として糖尿病のフォロー実施」との記載があった。それを受けて、Y病院のカルテにも、アルコール性肝硬変、断酒にて寛解との記載がある。ただし、Y病院では、寛解を判断するための検査などは実施していない。Y病院のカルテ上の診断名には、糖尿病とともにアルコール性肝硬変の記載がある。

 その後、Xは、Y病院に、月1〜2回のペースで通院をしていた。

 この間、主として糖尿病の経過観察(血圧や血糖値の測定等)に重点が置かれ、平成16年11月に腹部超音波検査を行った以外は、肝臓に対する画像検査は行われず、AFPあるいはPIVKAUなどの腫瘍マーカー(注1)の測定に至っては、全く行われていない。

 平成20年4月になって、GOT・GPT(注2)の値の異常に気づいた主治医が、画像検査を行い、その結果、肝右葉に15センチ大の巨大な肝臓癌が発見された。

 その後、入院となり、肝動脈塞栓術(注3)が行われたが、すでに手遅れの状態であり、平成20年7月●日に突如心停止となり、死去した。

 

※注1 悪性腫瘍から高い特異性をもって産生されるが、正常細胞や良質疾患ではほとんどみられない物質。

※注2 GOT及びGPTは、組織障害が生じた際に血液中に流出する逸脱酵素であり、数値が高いほど、組織障害が示唆される。

※注3 腫瘍をゼラチンスポンジ細片等を用いて阻血し、病巣を融解壊死させる治療法

 

最初に依頼者の方が相談に来られる前に、相手はどこか、診療科、診療経過、被害内容についてだいたい聞いておきます。できるならば事実経過のメモも手に入れられればスムーズに相談に入ることができます。後はある程度の医学的知見について調査をしておいた方がいいです。今はインターネットがありますので、それなりの情報を手に入れることができます。それは患者さんも同じですので、弁護士がこのようなことを怠ると、患者さんの方がよっぽど詳しくて信頼を失ってしまうこともあります。基本的なことは事前に勉強しておくべきでしょう。肝硬変なら、調べればすぐに肝臓がんになる可能性が高いものということはわかりますので、それを知らないということは避けなければなりません。

 

 相談当日についてですが、やはり医療事件は専門的であったり、事実経過が複雑であることが多いので相談には1時間以上はかかります。被害者には先ほどのように5つの願いがあるということでしたが、民事訴訟と言うことであれはやはり金銭賠償ということになるのでそのへんは理解していただきます。病院に謝罪させてくれという方もいますが、もちろん謝罪の強制はできません。和解した場合に謝罪の言葉を文書に入れてもらうことができるかもしれないくらいです。後は、あまり甘い見通しを話さないようにしています。素人目に見て、これはいかにも医療ミスじゃないかと思っても、実際に調査をしてみるとなかなか難しかったりします。これは勝てますよ、などと甘いことを言ってしまうと「話が違うやないか」と自分の方へ跳ね返ってきますので甘い見通しは話さないようにしています。いきなり訴訟を受任しない、調査の重要性ということですが、これは後でお話しします。

 

次に実際の取り組みについてですが、まずはカルテを入手しなければなりません。医療過誤事件というのは、カルテがなければどんな診療が行われてきたのかわかりません。これなしに事件を進めていくことは不可能です。ではどのようにカルテを入手するのでしょうか。1つはカルテ開示の手続きがあります。もう1つは証拠保全の手続きです。カルテ開示とは、患者さんが自分で医療機関にカルテの開示を求めるというものです。メリットは患者さんが自分でできますので、費用が安く済むことです。ただデメリットもあり、カルテの改ざん、拒否、一部しか開示されないこともあります。患者さんはどれとどれで全部だということはわかりませんので、一部だけ開示してくるということもあるのです。証拠保全については、民訴の234条に規定があり、具体的には病院まで言ってカルテのコピーを確保するということをやるのですが、医療過誤事件では証拠保全はカルテの改ざんを防ぐ意味は当然として、事実上の効果として訴訟前に相手方の証拠を見ることができるという、証拠開示機能が重要です。メリットですが、いきなり病院に行くわけですから、改ざんするいとまがなく改ざんの可能性は低いです。また裁判所を通す手続きですので、拒否されることも少ないです。デメリットですが、費用が高額になってしまいます。また弁護士が申し立てる必要があります。もちろん法律上弁護士が申し立てる必要は全くありませんが、手続きが専門的ですので事実上患者さんは弁護士に頼まざるを得ないということです。

 

 証拠保全手続きの実際ということで、資料をお付けしたと思うのですが、申し立ての趣旨として「1 相手方の開設するY病院(大阪府・・・市・・・丁目・番・号)に臨み、相手方保管にかかる別紙検証物目録記載の物件について検証する。」「2 相手方は、上記各検証物を本件証拠調べ期日において提示せよ。」といったことを申し立てます。ただし、2の提示命令については裁判所がいきなり病院に行って提示命令をするのではなく、一応1を出して、病院がそれに従ってくれれば2の提示命令の必要はなくなります。実際には提示命令というのは、病院が任意に証拠を提示しない場合に、裁判所としてはこんなこともできるんですよ、という説得材料に使うことが多いです。ですので、拒否されるということはあまりききません。このモデルケースの場合も証拠保全をしましたが、拒否されることもなくすべて開示してくれました。

 

 で、申し立てをするにはその理由が必要です。まずは事実経過を書きます。これは当事者から話を聞き取り、それをまとめた陳述書として提出します。過失や因果関係についても一応書くことにはなっているのですが、そこまで高度な疎明は求められません。1番重要なのは保全の必要性についてです。証拠保全の必要性がなければ裁判所としても動けませんので、この要件が1番重要になってきます。どういったことを書くのかというと、医療過誤事件の場合は、「改ざんのおそれがある」と書くのが典型的です。ただ、抽象的な場合は裁判所としても認めにくくなってきますので、なるべく具体的に記載します。どういったことかというと、例えば、「責任回避的な言動である」だとか「事実を隠ぺいするような態度がある」というようなことです。病院に行っても話をしてくれないだとか、弁護士に相談に来る方は多かれ少なかれ医療側の態度に不信感を持っているわけですから、依頼者から聞き出して具体的に根拠づける事実として記載します。

 

 検証物目録ということですけども、要するに何を検証するのかというものです。これも資料をお付けしたと思いますが、1から9までありますが、診療において作成される書類を網羅的に記載します。事案に応じてこれは変わっていきます。産婦人科のなら分娩監視記録というのが必要になってきます。事件特有の物も必要となってきます。今回の事例なら、相手方の病院に行く前に紹介状があったため、そこにアルコール性肝硬変と書いてあったというのが今後の訴訟をするうえで重要になってきます。

 

 裁判官面談というところですけども、証拠保全の申し立てをしますと、その後裁判官との面談が必ず入ります。申立書に不備などがあれば、補正させられたりします。それで発令してくれるということになれば、当日どうしましょうか、というような段取りについてもその場で話し合います。

 

 では、保全の当日に何をするのかということですが、証拠保全の決定を当然相手方に送達しなければなりません。時間は執行の1時間前くらいです。なぜなら、1週間も前に決定の送達をしてしまいますと、改ざんのおそれがあり、証拠保全をした意味が失われてしまうからです。執行官の方に送達してもらうのですが、さすがに1時間では改ざんするのはなかなか難しいと思いますので改ざんの危険性を減少させるためにそのようにしています。

 

 保全の方法ですが、見るだけではだめで記録して残さなければなりませんので、ビデオカメラや等で検証結果を記録化します。申立人も一緒に現場に臨みますので、その時に注意する点は、検証物目録のものがちゃんと全部提出されているかはしっかり見なくてはいけません。場合によっては検証調書にこんな問題がありますということで記録に残しておかなければなりません。例えば、修正液で変な修正がしてあるのを見つけた場合にそれを記録に残したりということです。また、ある書類がない場合にはそれも記録します。もしも裁判になって出てきた場合に、ないと言っていたのに出てきたということは嘘をついていたということにできるからです。先ほど記録化するのにビデオ等を使うと言いましたが、基本的にカメラマンなどは申立人側が準備して連れて行きます。証拠保全にお金がかかるのはこのためでもあります。

 

 ではカルテを入手したらどうするのかというと、先ほど調査の重要性ということを言いましたが、医療過誤事件ではカルテを入手したからと言ってすぐに提訴はしません。必ず調査手続きをする必要があり、これが重要です。この調査手続きの重要性が医療過誤事件の特色です。貸金請求事件と比べますと、事実や証拠などは依頼者が多くの場合持っており、すぐに提訴ができます。それに対して医療過誤はそもそも何が起こったのかよくわかりません。また事実がわかったとしても貸金事件の場合はすぐにそれをどう理解すればいいのかがわかりますが、医療事件は医学的な知識がなければ理解もできませんね。医者の処置が法律上の過失といえるのか、過失といえても結果との間に因果関係があるのかについては弁護士が見てもわかるとは限りません。そういったことも踏まえて、調査の結果責任追及できると判断すれば、初めて訴訟について受任するというようにしています。調査を経ずに訴訟をすると、医者の方から反論が出てきて、こちらが医学的には的外れな主張をしていたことが明らかになったりして、裁判所から訴えを取り下げたらどうかと言われてしまうこともあると聞きます。そういったことにならないようにしなければなりません。

 

 調査とは何をするのかというと、まずカルテをきちんと読むことから始まります。とりあえず読まないことには始まりません。最初はカルテを目の前にしてもどうしていいかわかりませんが何回もやっていくうちにアレルギーはなくなっていきます。何件もやっていくうちに自分なりにカルテが読めて、何が問題になっているかがなんとなくわかる時もあります。まぁ正しい読み方をしているのかはわかりませんが、自分なりに読めるようにはなります。実際にカルテを読んでみると、英語や略語があったり、そもそも字が汚なくて読めなかったりで大変です。ドイツ語はあまり見たことはありません。英語であればインターネットで調べれば結構わかります。略語についても本屋に略語辞典があったり、インターネットでも調べることができます。XPならレントゲン、CSなら帝王切開などです。このように、時間はかかりますが一応カルテを読んでいくことができます。その後は時系列表を作ってみるといいのではないかと思います。また検査結果を一覧表にしたりもします。

 

 医学的知見の入手ですが、教科書レベルでは大きな書店に行けばすぐに入手できます。大学の図書館、インターネットでも情報収集が可能です。患者側代理人の団体の会員であれば文献検索サービスを利用することもできます。医薬品が絡む事件では医薬品の添付文書をチェックする必要がありますが、これもインターネットで入手可能です。なぜ添付文書が大事かというと、平成8年1月23日の最高裁の判例で、添付文書に従わずに医療事故が起きた場合は、従わなかったことに合理的な理由がなければ過失が推定されるという判例があるからです。

 

 次に協力医の存在とあります。協力医とは何かといいますと、医療過誤事件において、患者側弁護士に対して指導援助してくれる医師のことを「協力医」と一般に呼んでいます。

弁護士も医学文献を調べるなどの努力をしなければならないのですが、それでもどうしても限界があります。医療の専門家ではありませんから。なので協力医の存在が重要となるのですが、なかなか探すのが大変だったりします。どう探すのかというと、1つは個人的な伝手です。そうもいかない場合は、患者側代理人で作っている団体を通じて紹介してもらうということもできます。今回の事例も患者側代理人の団体によって協力医を紹介してもらいました。確か静岡の方まで会いに行ったように記憶しています。いきなり型とはどういうことかというと、問題となっている分野についての本や論文を書いている先生にいきなり手紙を出す方法です。私はやったことがありません。そんないきなり手紙を出しても無視されるんじゃないかと思われますが、聞くところによると、案外効果があって返事くらいは来るという話です。いつかやってみてもいいかなと思っています。

 

 実際にお会いできるようになった場合は、事前にカルテは当然として、作成した時系列表や質問事項を送付します。また事前に予習しておくことは当然です。いきなりカルテを送りつけて「問題はありませんか」という丸投げは医者に失礼ですのでしてはいけません。そもそも丸投げをすると、せっかく説明をしてくれてもこっちは勉強していませんから話が全くわかりません。そして、「問題がありますね。」と言われても、よくよく理由をきいていくと、決定的とは言えないけれど、後から見るとこういうようにしといた方がよかったという意味で言っていることもありますので、協力医の意見の理由、根拠をしっかり確認しなければなりません。

 

 交渉及び訴訟についてですが、調査の結果、これはどうも責任追及できそうだということになれば、交渉を始め、それが決裂すれば訴訟を提起します。訴訟の中でどういったことを立証しなければならないかというと、過失や結果との因果関係の立証等をします。損害額については、損害賠償の基準について載っている赤い本に従って組み立てていきます。一番重要なのは過失と因果関係です。過失についてですが、誰がどの時点で何を行うべきだったか、あるいは何を行うべきではなかったかを具体的に特定して立証していかなければなりません。どういったことかというと、当時の医学的知見を文献で調べ、診療当時の医療水準での過失であったかを判断します。そこに医者側が認識し得た患者の状態を当てはめて行為義務を特定し、義務違反を主張するという順番でやっていきます。この当てはめのときに協力医の先生に意見書を書いていただいて用いるということをします。意見書を書いてくださる先生もなかなか見つからないんですけどね。

 

 今回の事案に即して見てみると、日本医師会が発行している肝疾患診療マニュアルによれば、肝疾患をいくつかに分類しています。肝硬変については超高危険ということで一番リスクが高いということです。具体的には、肝癌の腫瘍マーカーであるAFP検査を月に1回、腹部超音波検査を23ヶ月に1回、腹部CT検査を6ヶ月に1回、高危険群患者に対しては、AFP検査を23ヶ月に1回、腹部超音波検査を46ヶ月に1回、腹部CT検査を6ヶ月〜1年に1回、危険群患者に対しては、AFP検査を6ヶ月に1回、腹部超音波検査を1年に1回、腹部CT検査を1年に1回行うべきとなっています。さらに問題があれば詳しく検査をしなければならないとなっています。日本医師会が出しているものなので相応の根拠となるものですから、これを医学的知見として用いて立証していきます。ここからわかることは、定期的な検査を肝硬変の患者にはしなければならないということです。なので、定期的な検査の行為義務があるということです。しかしながら、今回の件では、全然そのようなことはやっていなかったので、義務を怠ったといえるわけです。

 

 因果関係についてですが、過失となる行為から結果及び損害が発生した機序(メカニズム)を明らかにするということです。医療事件では機序という言葉をよく使います。医療事件における因果関係の立証というのは非常に難しいものがあります。過失は立証できても、因果関係の立証がうまくいかないということで負けてしまうケースもあります。これは私の印象ですが、患者側の弁護士はみんなそのように思っているんじゃないかと思います。どうして難しいかというと、専門的であるというのもそうですし、人の体の中で起こったことなので体質等もありますし、医学的にすべての病気がどんなメカニズムで起きているのか、というようなことについてすべてが解明されているわけではありません。私が以前もった事件でも、非常に死亡率が高いものがあったのですが、なぜその病気になってしまったのかということはよくわかっていないということでした。また、実験をするわけにはいかないですよね。動物とは違うわけですから。そういった意味で立証していくのは非常に難しいです。

 

 因果関係について有名な判例が2つほどありますので紹介させていただきたいのですが、1つはルンバール事件というものです。これでは、因果関係について「一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」といっています。証明というと数学や物理などでよく使う言葉で、ここでは一点の疑義も許さないということですが、あくまで訴訟ですので自然科学の証明のような一点の曇りのないようなものは要りません。ただ高度の蓋然性が必要とされます。まぁ高度の蓋然性といってもどの程度なのかは裁判所もはっきりとは言ってないので難しいのですが、いずれにせよ、非常に抽象的であくまで可能性に過ぎないことを医者が主張してきたりしても、常識的に考えてこちらの理由でこうこうなったんでしょということになれば、そちらの結論になります。社会通念的な経験則で判断していくということです。

 

 次の肝がん見落とし事件もルンバール訴訟と同じようなものでかなり有名なんですが、ルンバール事件は医者の積極的な作為によるもので、こちらは医者がなにか積極的なことをやったということではなくて、むしろ何もしなかった、不作為のケースです。不作為の場合は因果関係の立証はより難しくなります。なぜかというと、作為というのは目に見えますのでまだわかりやすいといえますが、不作為は、例えばきちんと検査をしていたとして、どんな形で肝臓がんが発見されて、どんな治療ができたのかなど、仮定をしなければならないのです。本来こうあるべきだったという思考実験をしたうえでどうなっていたのかを考えなければいけないので難しいといえるのです。ですので、ルンバール事件の判決が出た後も、不作為の因果関係については高度の蓋然性まではいらないのではないか、もっと低いレベルで立証できれば因果関係が立証できると考えるべきではないかと考えられてもいました。しかし、この判決では「右(ルンバール判決)は、医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係の存否の判断においても異なるところはなく」ということを書いていますので、不作為型の因果関係の場合でも証明の程度としては高度の蓋然性が必要とされています。そして「経験則に照らして統計資料その他の医学的知見に関するものを含む全証拠を総合的に検討し、医師の右不作為が患者の当該時点における死亡を招来したこと、換言すると、医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の右不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解すべきである。」と言っています。この判決で何が重要かというと、高度の蓋然性ということについて、この判決の原審は、きちんとした医療水準を満たした治療が行われたとして、どの程度延命できたかというところまで高度の蓋然性をもって立証しなければならないとしました。ただそんなことの立証というのは非常に難しいですね。統計などがあればいいですが、ないものもたくさんありますので、どれくらい生きることができたかの立証は困難を極めます。これに対して、最高裁は「注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の右不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解すべきである。」としているのです。少なくとも患者さんが亡くなった時を越えて患者さんが生きているだろうことを高度の蓋然性をもって立証できれば、それで過失と結果との因果関係が肯定されるということです。高裁の判決と比べて、当然最高裁の方が立証しやすいですね。ただし、患者さんがあとどのくらい生きたのかということが全く関係しなくなるのかというとそういうわけではないです。これは、その後にもあるように逸失利益の立証に関わってきます。また、因果関係が認められるのと認められないのとではどんな違いが出てくるのかというと、過失があってそれと死亡などの結果とに因果関係があるとなれば、死亡慰謝料をとることができます。これは一般的に何千万という単位になります。それに先ほどでたような逸失利益もプラスされます。ですので、やはり因果関係が認められるか認められないかというのには大分差があります。ちなみにもし、過失は立証できましたが、過失がなかったとしてまだ生きていたという高度の蓋然性が認められなかった場合はどうなるでしょうか。例えば4割くらいしか生存していたといえないなど、高度の蓋然性とまではいえないが全く因果関係がないわけではないときは、平成12年の9月22日の判例があります。これは高度の蓋然性がなくても、相当程度の可能性があるといえれば、損害賠償、具体的には相当程度の可能性を侵害した慰謝料をとれるということをいいました。ただ死亡慰謝料と比べれば当然こちらのほうが低くなってしまいます。数百万円のケースが多いです。ただ絶対にその程度かというとそうでもなく、私が受け持った事案では、高度の蓋然性までは立証できませんでしたが、相当程度の可能性の中でも比較的高い可能性と認定されたので、慰謝料を1500万ほどとることができました。ただ一般的には数百万くらいのケースが多いようで、この場合は逸失利益が認められませんので、やはり因果関係が認められるか認められないかは非常に大きいと思います。

 

 本件では、肝がんですので、レジュメの通り、もし肝臓がんを切除した場合の生存率は比較的高いということですので、しっかり検査をして入れはがんが小さい時に発見できた可能性あるので、実際に亡くなった時を超えて生存していたであろう高度の蓋然性が認められるでしょう、という組み立てをすればいいと思います。また因果関係は過失と違って当時の医療水準に従って考えるのではなく、客観的に判断すればいいので、後々から振り返って考える、これをレトロスペクティブに考えるといいますが、このように考えます。なので、因果関係については最新の医学的知見を用いることができます。

 

 審理手続きについては資料をお付けしたので、フローチャートのような感じで通常の民事訴訟と同じように流れていくのですが、医療訴訟に特徴的なのは診療経過一覧表というものを作成する点です。これは裁判所の雛型ですが見ておいてください。これを判決に添付したりすることもあります。尋問については、医者という専門家に対して質問するわけですから、こちらが半端な準備で行くと返り討ちにあってしまうなど準備が大変です。

 

 最後に鑑定と書きましたが、これは読んでおいてください。昔は裁判所が鑑定丸投げ的なことをやっていたのですが、いろいろ批判を受けまして、都会の裁判所には医療事件を集中して扱う部ができていますので、昔ほどそんなことはなくなってきています。むしろ鑑定が行われることも少なくなってきているとされています。鑑定は患者側にとって不利な結論となることもあるのですが、そうだからといってあきらめるのではなく、そこに書いた注意点のようになにか問題はないかなど注意深く見ればなにか反論できることもあるのではないかと思います。時間もきていますのでこれで終わります。