2010年107日ロイヤリング講義

講師:弁護士 松尾 直嗣先生

文責 亀之園 直幸

 

人間らしく働くために

 

0 はじめに〜弁護士という仕事について

 弁護士という仕事は、自分が関心を持った世界(例えば公害訴訟や薬害訴訟など)に関わっていくことができる仕事である。したがって、社会に広く関わっていくことができるし、そこがやりがいのある点である。このように様々な世界に関わっていく上では、全く自分が知らなかったことに触れる機会も多く、その都度勉強が必要となるので大変な面もある(例えば、化粧品公害訴訟に携わったときには「黒皮症」という病気についての医学的知識を一から学ぶ必要があった)。ただ、裏を返せば、それだけ自分を成長させる機会に恵まれているということにもなり、これもまた、弁護士という仕事のやりがいの一つであるといえる。

第1 最近の働く現場はどうなっているか

 1 増大する非正規労働者

(1)低賃金、不安定性

   最近の労働問題としては、@かつて「中間層」と呼ばれた者たちが「ワーキングプア」になり下がっていること、A自殺者3万人(生きにくい社会)となっていることなどが挙げられる。

  (ここでは特に@について言及)

     国税局の調査によれば、1100万人(働く者の約1/4)が「ワーキングプア」であるとされている。これには、非正規労働者(低賃金、雇用不安定という問題をかかえる労働者で、今や日本の労働人口の1/3を占めている)の増加という背景がある。これに伴い、日本は「企業が面倒をみる」社会から、「国が面倒をみる」社会に変わってきているといえる。

     有期労働という非正規労働形態の問題点について。有期労働とは1カ月ないし半年というように期限をつけた労働契約であるが、これは「解雇権付き労働契約」であると批判を浴びることも多い。なぜなら、これは@法的問題(契約終了後、再度契約を締結することは契約の更新にはあたらないが、これを利用して、例えば、給与額の引き下げなど、事実上の不利益変更が横行するという事態が生じている)、A事実上の問題(前述のような法的問題のために、労働者は立場が弱くなり、言いたいことが言えないという状態に陥っている)という2つの問題を含む契約方法だからである。この「有期労働契約」は派遣契約として「違法」認定がなされるような契約の潜脱手段として用いられることもある。

     派遣労働という労働形態にも、@給料のピンはね(∵労働者と雇用企業の間に派遣会社を仲介させるため、仲介料分の給料が減額される)A使用者責任を問いにくい(∵労働者の使用者は派遣会社であるため、実際の使用者である会社は使用者責任を問われない)という問題点がある。

 2 正社員は大丈夫か

 (1)長時間労働、サービス労働、激しい競争

   長時間労働についていえば、以前から「週40時間、年1800時間の労働時間」という目標が掲げられているにも関わらず、総仕事量が減ってもコスト削減のため労働人数を減らすという事態が生じやすく、実情としては結局一人ひとりの働く時間は変わっていないという問題がある。

   このような長時間労働の問題に伴い、「過労死」・「うつ病」という問題も生じうる。

   「過労死」には、過重労働の立証の難しさという問題があり、1万件の請求があっても数百件しか認定されないというのが実情である。

   「うつ病」に関しては、アメリカではカウンセラーの利用は当然という風潮があるのに比して、日本では「病」とされることで出世に響くという考え方が強く、うつ病を隠す(表面化しにくくなる)結果、手遅れになるケースが多いという問題がある。

   「能力主義(結果主義)」とは、給与体制を個人の能力に応じた年俸制にすることなどであるが、この個人の能力は本来比較が難しいものであるという点、正社員に激しい競争を強いるという点で問題があるといえる。

 (2)雇用不安(解雇、企業再編成型リストラ、倒産など)

   企業再編成型リストラとは、企業の合併などに際し、各社で同一の事業を扱う部門を一部門に集約した結果生じる人員超過状態に乗じて、何千人単位でクビを切るも、被解雇者からは文句が言いにくいという形態の解雇方法である。

   「合併」はかつての日本ではあまり見られない現象であったが、独禁法改正(97’)・民事再生法制定(99’)・会社分割法制定(00’)などにより、現在では合併は増え、又、「○○ホールディングス(親会社)」という形態の会社が多くつくられるようになっている。

   これは不況のもとで、企業の経営の合理化(企業にやりたいことを自由にやらせる)という観点からなされた法改正・制度改正であったが、一方で、労働関係という点についていえば、労働者層の人々にとってはしわ寄せともいえるものであった。

第2 働くものを守るのは何か

 1 労働基本権

   労働基本権は、労使対等とは何かを考える上で、「使用者>労働者」という実態があることを前提として認識し、労働者はまとまって使用者に対抗すべきだという考えのもと導き出された概念である。

 2 労働法制

            労働基準法は、「罰則」「無効」という効果を定めており、かなり強力な規制法である

と考えることができる。しかし問題は、この強力な法律を実行化せしめるための、労働

基準監視の行政システムが十分機能していないというところにある。

第3 働くものを守るシステムは機能しているか

 1 労働組合の力量の低下

   現在では「労働組合」ベースの争議よりも「個人」ベースの争議の方が一般的となってきている。その背景としては「日本の発展のため、企業を自由にさせるべき」という考えがあったということがあげられる。

 2 規制緩和路線をひた走る労働法制

 (1)労働時間制の緩和

   1987年に、「1日8時間」労働制から「週40時間」労働制への変更があったが、これは「裁量労働制(例えば、9時間働いても仕事の内容が8時間分だとみなされたりする)」・「変形時間労働制」を導入し、サービス残業をさせやすい環境を整えるための法制であるといえる。

   そして1998年には、「ホワイトカラー労働者」に裁量労働制が導入された。

 (2)有期労働契約期間の緩和

  1998年には有期労働の期間は原則「1年」と定められていたが、2004年には「3年」に延長された。これは、何度も有期労働契約を繰り返すとそれだけ契約更新をしない場合に「解雇」とみなされやすくなってしまうという、企業側の不都合を回避するための法制であった。

 (3)労働者派遣法の緩和

  1985年に「派遣法」が制定され、従来禁止されてきた派遣労働が解禁となった。これは禁止されても請負などという形で多くの派遣労働が認められてきたという実情に合わせて、派遣労働を認容する法律であった。

  さらに、1999年には「派遣労働は原則自由」となり、原則と例外が逆転するという現象が起こった。

  そして、2004年には「製造業」にまで派遣労働が認められることとなり(これについては批判が強かった)、政府目標「2007年規制緩和完成」に向けて着実に緩和が進められていくかに思えた。

  しかし、マスコミが2005年に「格差社会」・2006年に「ワーキングプア」の問題をとりあげたことで、世論が派遣労働のあり方を疑問視する方向に傾き始めた。

 (4)最近の労働者派遣法をめぐる動き

  2007年、上述世論の影響をうけ政府は前面に「派遣改正」を打ち出すことができなくなった。こうした中で、保守自民党は「3カ年計画(@派遣の事前面接制度・A3年働いた派遣社員が正社員になるための派遣申し入れ契約制度の撤廃)」を強行しようとしていた。しかし、2009年、自・民逆転に伴い、国会も「規制強化」の方向に傾いていった。

 3 労働法が守られていない現実

 (1)サービス残業、偽装請負、名ばかりの管理職など

第4 経営者の考え方

 1 人件費の削減

  経営者が望むのは、事業の実情に応じて人員の出し入れをすること、つまり「自由な解雇」の制度である。したがって、経営者はこの「労働力の流動化」をはかるため、手間ひま、労力をかけずに最初から動かしやすい労働者(=派遣社員)を求めるようになるのである。

  1995年には、日経連も「将来の働く者の形態」について、@長期蓄積能力活用型(核社員)・A高度専門能力活用型・B雇用柔軟型、という3類型を示し、労働力の弾力化を図るよう提言している。

  これと同時に、「終身雇用」の制度も見直されるようになった。

第5 人間らしく働くために

 (社会の変化)

  1970年〜1980年は、女性の社会進出、男女平等キャンペーンの時期だった。1990年(不況期)になると、「終身雇用制」が崩壊し男性たちにも「会社の言うことを聞いているだけではだめだ」というような意識の変化があった(自分のライフスタイルの見直し)。そして、2000年〜これからについては、「社会のしくみ」を変えていく時代であるといえる。具体的には個人(労働者)へのシワ寄せを回避できる社会を実現していく時代なのである。

1 なぜ働くのか〜働き方を考えるのは大事なこと

  大前提として、「自分の生活」と「仕事」との線引き(=労働時間の設定)をどうするのかという問題を考える必要がある。そして、「お金を儲ける」・「能力の開発」・「社会(人)のため」という目的を考えていくのである。

 (先生の体験談:差別事件)

  50歳の女性と30歳の男性の賃金が同じ、さらに女性(原告)は単純作業しかさせてもらえず(働く機会を与えてもらえず)、自分の能力を伸ばす機会が阻害されたとして会社と戦った事案。

  このように、これから働く上では「企業は面倒を見てくれない」ということを頭に置き、「自分の生活」との両立を大切にするよう努めるべきである。

 2 社会的には〜今は社会の仕組みを変える時代

 (1)行政に法律を守らせる運動

  これは、守るための仕組み(法制)はあるが、実際に守らせるシステム(行政システム)が十分機能していないという問題である。行政の指導に一定の効果があることは、2004年の「残業代是正指導」の結果(約1400の企業が合計で226億円/年の残業代を支払うに至った)をみれば一目瞭然である。我々(労働者)はこの行政システムをしっかりと機能させる努力をしていかなければならない。

 (2)裁判による権利救済(社会へのアピール)

  裁判に訴え、事件が公となる中で、裁判所による「良い判断」がなされれば社会に影響を与えていくことができる。

  例えば本日(10月7日)の新聞にも「日産自動車」に関する労働事件が掲載されていた。この会社(被告)では、一般事務(3年の派遣労働を経ると「申し入れ契約」が可能となる)、専門職(「申し入れ契約」はできない)という区分があったが、ある「お茶くみ」女性社員(原告)は、その職務内容が「専門職」に該当するとして申し入れ契約の受諾を拒否されたのである。この事件では結局、是正勧告の結果、当該行為が「違法派遣」にあたるとされている(さらに問題点として、日産は4ヶ月間の「有期契約」として「違法派遣」の問題を回避したという点も挙げられる)。

 (3)働く者の立場に立った法律による規制

 (4)働くものの連帯

  現場の人間(従業員)が一番問題点を知っている、そうであるならば、企業の顔色をうかがうだけでなく、企業内部にある問題は時によっては告発することも考えるべきである。つまり、これからの労働者は、上から言われたことをただただこなすだけではなく「社会」にも目を向けた行動をとっていくべきなのである。

 (5)過剰消費社会の見直し

  現在は「消費者天国」(企業の宣伝にのって不必要なものまで買ってしまう消費者がはびこる社会)である。我々は、このことが労働者へのシワ寄せにつながり、不要な労働を生んでいるということを自覚するべきである。例えば、朝の温かい弁当は深夜に作っている人がいるわけだし、Amazonへの本の注文は派遣社員の肉体労働の上に成り立っているのである。ここでは、「消費者」としての自分が「労働者」としての自分のクビを絞めるという構造も見受けられる。

 3 個人的には

 (1)気持ちよく働くには、ルールに基づいて働くことが大事

    会社も労働者もルールに従うことで、変な気を使う必要がなくなる。ただし、この前提としては「明確な」ルールの設定が不可欠ではある。

 (2)労働のあり方を考える〜企業も変わり始めた

  ここで述べることは2点ある。一つは、たとえ実情は違っても、労使対等の話し合いによる決定という大前提を意識するべきであるということ。そしてもう一つは、企業も「社会的責任」を考えるようになってきた今日において、労働者も「社会への影響」を考えた行動をとるべきだということである。

 (3)生活者としての自分も大切にする

   「会社」ではなく「働く人」が主人公、仕事ばかりのあり方からの軌道修正を図っていくべきである。