2010年6月17日ロイヤリング講義

講師:大川 伸郎 先生

文責:納田拓也

 

いわゆる非常勤裁判官「民事調停官」について

 

 

はじめまして、私は大川伸郎と言います。大阪大学には昭和62年に入学し、平成5年の司法試験に通り、平成8年に弁護士登録しました。現在、弁護士になって丸14年目です。今日はいわゆる非常勤裁判官「民事調停官」についてのお話をします。私は平成17年から2期、丸4年間民事調停官をしました。

 

まず以下の文章を読んで、5人の登場人物(若い女性・水夫・老人・フィアンセ・親友)を嫌いな順番に並べて下さい。

 

嵐で客船が沈没しました。運よく5人が何とか2隻の救命ボートに乗ることができました。1隻には水夫と若い女性、老人(計3人)、もう1隻には若い女性のフィアンセとその親友(計2人)が乗り合わせました。2隻は別れ別れになりました。

若い女性の乗っていたボートは、無人島に流れ着きました。彼女はフィアンセのことばかり考えていました。

3日後、彼女は海のかなた遠くに1つの小さい島を発見しました。彼女は水夫に頼みました。

「ボートを修理して、あの島に連れて行ってくれませんか?もしかすると、フィアンセがいるかもしれません。」

水夫は「彼女と一夜を共にすること」を条件として提示しました。

困った彼女は老人を訪ねましたが、老人は巻き込まれることを嫌い、相手になってくれません。彼女は悩みましたが、結局、水夫の条件を呑みました。

翌朝、水夫はボートを修理して、彼女を乗せて連れて行ってやりました。フィアンセの姿を遠くから見つけた彼女は、ボートから飛び出して駆け上がり、フィアンセの胸に飛び込んでいきました。フィアンセの暖かい腕の中で、彼女は昨夜のことを話そうか迷った挙句、思い切って打ち明けました。

話を聞いたフィアンセは怒り、軽蔑し、彼女を捨ててどこかへ行ってしまいました。

悲しみに打ちひしがれて落胆した彼女は、フィアンセの親友のところに行き、泣き言を並べ立てました。親友は彼女に同情し、フィアンセを探し出して荒々しく殴りつけました。

フィアンセが去った後、2人は夕日の美しい海岸で、大声で笑いました。

 

続いて、二人一組のペアを作って下さい。そして、二人一組のペア同士で4人のチームを作って下さい。但し、必ず男女混合のチームになるようにして下さい。席を移動しても構いません。それでは、チームの中で登場人物5人の嫌いな順番についての統一見解を作って下さい。但し、「平等に発言し」「互いを尊重し」「人に任せない」ように気をつけて下さい。5分差し上げますのでチーム内で議論して下さい。

 

〜話し合い〜

 

統一見解ができたチームは、前の黒板に順位を書いて下さい。

 

(板書)

     若い女性 水夫 老人 フィアンセ 親友

Aチーム  4   2  3    1    5

Bチーム  2   1  5    3    4

Cチーム  3   1  5    4    2

Dチーム  2   1  5    3    4

Eチーム  3   1  5    4    2

Fチーム  4   1  3    2    5

Gチーム  5   1  3    2    4

Hチーム  3   1  4    2    5

Iチーム  2   1  5    3    4

Jチーム  1   2  5    3    4

Kチーム  4   1  5    3    2

 

全チーム結論がでたようですね。ここで皆さんお一人お一人の胸に問いかけて欲しいのですが、チームで出した結論に本当に納得していますか。このゲームの目的は、本来は、集団における意思決定の難しさを実感してもらうためのものです。

しかし、みなさんは法律を勉強していますから、違う面から見てみましょう。

皆さんの出した結論を見てみると、ものの見事に水夫が嫌われていますね。皆さんは法律を勉強しています。そういう方々はもっと違う視点から見なければなりません。法律を勉強している方々がこのように、チームの結論に納得してしまうのは少し残念です。水夫がどれほどの危険を冒して、ボートを修理して島へ行ったか皆さん想像しましたか。瀬戸内海出身の方がいたら、今度漁師さんに聞いてみてください。島が目の前にあるからといって、簡単に行けると思ったら大間違いです。島が近くにあっても潮流が厳しい場合もあります。水夫が命がけで船を出していたとしたら本当にこのような結論で良いのでしょうか。

何が言いたいかと言いますと、この問題からこのように結論が出るはずがありません。無理やり結論を出してもらいましたが、結論が出たら本当はおかしいのです。法律家に必要なのは法律を知っているということだけではありません。法律を知っていることは当たり前で、それを前提にどう使うかが重要なのです。コミュニケーション能力が非常に大事です。

今回の問題であれば、事実関係が抽象的です。明らかになっていない情報がたくさんあります。例えば、何故大笑いしたのか。また、親友や老人は男性なのかそれとも女性なのか。責めるつもりはありませんが、皆さんは勝手に決め付けていたのではないでしょうか。法律家はきちんと質問して確かめなければなければなりません。質問をしなければ、検事は取り調べができませんし、弁護士はヒアリングをして法律的な構成を立てることができませんし、裁判官は争点の整理ができません。法学部を出たからといって必ずしも法律家になるわけではありませんが、法律家がどのように物事を考えているのか知って頂けたらなと思います。

事実の聞き方に関してお話をしましたが、もう1点気をつけることがあります。それは自分のよって立つ立場によって、人の見方や考え方、行動や感情が変わってくるということです。例えば男性と女性、年齢によっても変わってきます。これを頭に入れて仕事をしないと、法律家として大変な失敗をしてしまうことになります。

レジュメのはじめに、「立場や役割の違い〜法律家に必要なもの」と書いたのはそういう意味です。人間というのは立場や役割によって、行動、感情、思考などが全く違います。この違いを分かっているかどうか。そして偏見を持たずに事実関係を正確に聞くことができるかどうか。これらは法律家にとって非常に重要です。

 

皆さんは、民事調停官という言葉を聞いたことがありますか。調停委員会という言葉を聞いたことがありますか。法学部の先生の中にも、調停委員をやっていらっしゃる方がきっといるのではないでしょうか。

調停委員会は、調停主任と2名の調停委員の計3名によって構成されます。そして調停主任は裁判官が務めます。この調停主任を弁護士に任せようという考えのもとにできたのが、いわゆる非常勤裁判官と言われる「民事調停官」という制度です。平成15年の民事調停法、家事調停法等の一部改正によってできた制度です。地裁、簡裁にそれぞれ民事調停官がいて、家裁には家事調停官がいます。どれも弁護士が非常勤でやっています。勤務は週1回で残業はほとんどありません。

 

弁護士として仕事をしていると、興奮している方や、読み書きに難のある方を相手にすることもあります。そういった方と向き合って話を聞いて結論を出さなければなりません。しかも説得が必要な場合もあります。弁護士にはそういった大変さもあります。

私は平成17年に第3期生として応募しました。そして近畿弁護士連合会任官適格者選考委員会での面接を経て採用されました。私は大阪地方裁判所第10民事部(建築調停部)に配属されました。この民事調停官がどのような制度なのか少し説明します。日本弁護士連合会が平成14823日に出した文章によりますと「弁護士が非常勤の形態で調停主任または家事審判官と同じ立場で調停手続きを主催する制度を創設することによって、弁護士から常勤裁判官への任官を促進するための環境を整備するとともに、調停手続きをいっそう充実・活性化させることを目的とする。」これを理念として作られた制度です。皆さんは、裁判官がどうやってうまれるかご存じですね。司法試験に合格し、司法修習を終えるとすぐに判事補として採用されて、ずっと裁判官として人生を歩みます。アメリカやイギリスは日本と違い、弁護士から裁判官になる人も多くいます。そこで日本でも、弁護士から裁判官になる人をもっともっと増やそうということで、この民事調停官の制度ができました。

最初に申し上げましたように、人は役割や立場によって考え方や行動、思考は変わってきます。人生も当然変わってきます。だとすれば、われわれ法律家や、将来法律家になったり社会に出で活躍されたりする皆さん方は、色々な立場や考え方を理解する人間にならなければなりません。やはり、視野が狭くなってしまうと、分かっているつもりだけれど分かっていないことがでてきます。少し考えてみて下さい。例えば芸術に興味がない人もいますが、有名な絵画を見て涙を流す人もいます。音楽を聞いて感激のあまり涙を流す人もいますが、雑音にしか聞こえない人もいます。このような違いがもし人間関係であったり、仕事上のコミュニケーションであったりしたらどうしますか。実は素晴らしいものが目の前にあるのに自分の視野が狭かったり、考え方が足りなかったり、立場の理解が少なかったりしたがために気がつかなかったら非常にもったいない。したがって皆さんは勉強だけすれば良いというのではなく、色んな経験をぜひ積んで欲しいです。少し説教くさくなりましたが、これは裁判官、検察官、弁護士にとっても同じです。色んな経験を積んだ法律家の方が色んなことが分かります。色んな人のことが分かる法律家の方が国民から信頼されやすいと思いませんか。

例えば依頼者から話を一通り聞いて「この問題は〜だから〜しなさい」と一方的に押し付けるようなのは良くない弁護士です。依頼者の不満も受け止め楽にしてあげて、納得・理解をさせてあげなければ良い弁護士とは言えません。検事も同じです。黙秘している被疑者がいたらどうしますか。「お前しゃべれ」と言っても絶対にしゃべりません。遠いところから語りかけたりコンタクトを取ったりして信頼関係を築き、ようやく自白を引っ張ってくるのです。

 

調停手続きと聞いて、何となくイメージがわく方は何人くらいいますか。また、訴訟と聞いてイメージがわく方はどれぐらいいますか。訴訟は、双方が主張をなして、それに対して裁判官が争点を整理して証拠を調べて事実を認定して判決を下すという手続きです。調停は訴訟と違います。調停は、当事者双方に裁判所にお越しいただき、話を聞いて、双方に握手をしてもらうための制度です。調停には強制力がありません。私も4年間調停主任として調停をやりましたが、「これはこうなるから言うことを聞け」と言えたことはありません。低姿勢でまずは話を聞いて信頼関係を作って、何か打開策がないか探して解決案を提示します。それでも感情的になっておられる方の場合、上手くまとまりません。また、話を聞こうにも裁判所に来てくれない方もいます。強制力がないということは、当事者の話をじっくり聞いて、どれだけ当事者のことを理解して、納得してもらえるような案を出せるかの勝負です。そうだとすると、判決よりも当事者のことを考えた解決案を出すことができます。

私自身、一番調子の良かった頃は約8割近くの調停を成立させていました。それでも10件に2件は成立せず、本当に厳しい仕事でした。それでも非常に楽しく、やりがいを感じた仕事でした。

調停の登場人物が誰か分かりますか。調停委員と当事者双方(申立人と相手方)がいます。調停ではこの3者間でのコミュニケーションが行われます。またこの3者だけでなく、当事者に弁護士が代理人としてつくことがあります。先ほど皆さんに4人でやってもらったものよりずっと複雑なコミュニケーションが行われます。しかし、複雑であるがゆえに調停が成立すると非常にやりがいを感じます。

 

和解という言葉を聞いたことがある方は何人くらいいますか。和解には訴訟上の和解と訴訟内の和解があります。場合によりますが、裁判上の和解は比較的単純なことが多いです。何故かと言うと、裁判官が判決を書く権限、を持っているからです。調停はそう簡単にはいきません。調停の場合、調停委員会には何の権限もありません。あるとすれば、調停に代わる決定(民事調停法17条)くらいです。調停が成立しない場合に、調停主任として決定だけ下すことができます。しかしこの決定を下したとしても、当事者から異議申し立てを出されるとすぐに効力はなくなります。

 

調停委員が裁判官室にやってきて、「当事者双方が全く逆の主張をしていて話がまとまりません」と言うことがあります。そんなとき皆さんならどうしますか。そこであるゲームをしてみたいと思います。

ある姉妹が1個のオレンジを巡って喧嘩をしています。あなたならどう対応しますか。先ほどのチームで話し合ってみてください。

 

〜話し合い〜

 

では各チームどのような結論が出たか発表して下さい。

「喧嘩両成敗でお母さんが食べる。」

「お母さんを説得してオレンジをもう1個買ってもらう。」

「妹にオレンジをあげ、姉はお金などを対価としてもらう。」

「姉妹の年齢によって対応を変える。」

「何故オレンジが欲しいのか理由を聞く。」

「我慢した方にはあとでご褒美をあげる。」

「オレンジのどこが欲しいかを聞く」

「オレンジの種を取りだして植える。」

「オレンジジュースにして分配する。」

皆さん正解ですね。この問題のネタは、実は姉はマーマレードが作りたいので皮の部分が必要で、妹は中身の部分を食べたいので、話をよく聞くことで1個のオレンジを問題なく分けることができるというものです。しかし「実はこうだった」というだけだと知恵は働いていません。大切なのは「この問題に対して皆さんがどう考えたか」ということです。皆さん色んな考え方をしてくれました。これは法律家にとってだけでなく、普段の社会生活においても生きてくるはずです。

 

「喧嘩両成敗。」確かにその通りです。場合によってはそのように解決すべきものもあります。

「オレンジをもう1個お母さんに買ってもらう。」これも賢い答えです。紛争というのは1対1とは限りません。その背後に色んな人間関係があります。思わぬところから新たな条件を引っ張ってきて紛争が解決することもあります。

「対価としてお金を払う。」このように何か取引に条件を付けることも大切です。条件を付けることで「それならばこっちの方がいい」というように解決につながることもあります。

「姉妹の年齢によって対応を変える。」事実関係をしっかり把握し、事前にしっかり調べて前もって解決案を用意する。これも重要です。但し、事前にあまり決めつけすぎると思わぬミスを犯すことがあるので注意が必要です。

「オレンジの種を植える。」これも気が長すぎますが、条件の付け方によっては思わぬ解決につながるかもしれません。5年後、10年後というように長期的な視点から考えることも大切です。

「何が欲しいか聞く。」偏見なくまずは話を聞くことが重要です。

「我慢した方にご褒美をあげる。」ご褒美の出所を確保する必要がありますがこれも良いアイデアです。

「オレンジジュースにして分配する。」これもあり得ます。例えば、不動産などを一度売却してお金を分ける場合などです。

このように皆さん正解だと思います。但し、その事案や人に応じて千差万別です。

 

皆さんがどんな道に進むにしろ、色んな経験を積んでいただきたいと思います。法律家になる方にとっても、企業に就職する方にとっても、そういった経験は役立ちます。人生を豊かにし、成功に近づくはずです。

 

大抵の場合、調停員というのは法律家ともう一人他の人との組み合わせです。一般人の場合もありますし、建築士や土地家屋調査士、会計士といった専門家の場合もあります。専門家と一緒に仕事ができるというのも貴重な経験です。また、調停委員をやっている弁護士の方にはキャリアが長い方が多く、そういった先生方とお付き合いすることも非常に勉強になりました。

少し覚えてもらっておきたいのですが、法律家というのはほとんどが一匹狼です。組織の中に入ってもやはり一匹狼であることが多いです。裁判所や検察で組織の人間として働いている人もいますが、大抵の場合は一匹狼だと思います。大きな事務所で働く弁護士でも、ほとんどが一匹狼です。会社勤めをしておられる方から見れば、一般的にコミュニケーションは上手ではありません。だからこそコミュニケーションの能力を皆さんが高めれば、差がつき、活躍の場が広がると思います。

 

調停官のやりがいとして、書記官・事務官との関係、調停委員会でチームとして働けたことがあります。また仕事を通じて、裁判官が朝から晩までどのような仕事をしているのか知ることもでき、良い経験を積むことが出来ました。

 

もし皆さんが弁護士になられたら、民事調停官にぜひ挑戦して頂きたいなと思います。

 

難しいことを勉強して難しく語るというのは、学者や法律家にありがちなパターンです。そうではなく、難しいことを勉強してそれをいかに優しく分かり易く伝えるかが大切なスキルです。営業に行く場合や、上司や部下を説得する場合、リーダーシップを発揮する場合に必ず役立つスキルです。ですので、難しいことを分かり易く伝えるスキルはぜひとも身につけてもらいたいと思います。

 

このような皆さんの前でお話しする機会を頂いて良かったと思います。法学部生の前でお話しをするのは初めてで、良い経験となりました。

皆さんにも色んな経験を積んでいただき、素晴らしい学生生活を送り、社会に出てからも活躍されることを祈っております。

 

以上