2010415日ロイヤリング講義

講師:高原知明 先生

文責:古川真理

裁判官の仕事と生活

 

1 プロフィール

裁判官の仕事というのは、学生のみなさんからするとあまりなじみがないものではないかと思います。私自身も学部生時代にこの「ロイヤリング」の講義を受講したとき、そのように感じていました。中堅クラスの現役裁判官がこの場でお話しすることはおそらく初めてではないかと思いますが、こうした点も踏まえ、裁判官の一般的な仕事振りについても、12年目を迎えた裁判官なりの経験を踏まえてお話しできたらと思います。

まずは、私の自己紹介を兼ねて略歴を紹介させて頂きます。

私は平成8年に司法試験合格後、当時は2年間の司法修習を経て、平成11年に大阪地方裁判所判事補に任官し、民事部の左陪席裁判官として約二年間仕事をしていました。

その後、平成13年に、法務省民事局付検事に転官し、霞が関で3年余法務行政に従事しました。具体的には、政府提出法律案の原案を作成するという仕事です。裁判官ではなく「検事」なのは、三権分立の関係で、裁判官のままでは行政機関である法務省で仕事をすることはできないので、一旦裁判官を辞めて、改めて検事として任官したことによるものです。皆さんに馴染みのある法律で、私が関わったものとしては、民事訴訟法の文書提出命令に関する平成13年改正であり、立案そのものには関与しておりませんが、法律案の国会審議に関わる国会議員対応等の仕事をしました。そして、平成15年、平成16年の民事訴訟法改正にも携わると同時に、人事訴訟法(人事訴訟の家庭裁判所への移管)の立案には最初から最後まで携わりました。また、現在は労働契約法に規定されていますが、いわゆる解雇権濫用についての最高裁判所の判例法理を労働基準法上明文化する改正作業にも携わりました。その他、諸事情で改正には至っておりませんが、夫婦別姓に関する民法改正法案作成に取り組んだこともありました。

その後、再び裁判官となり、平成16年の夏に九州の宮崎地方・家庭裁判所に赴任しました。今でこそ、東国原知事の就任等で知名度が上がりつつある宮崎ですが、当時は名実ともに「陸の孤島」ともいうべきところでした。仕事としては、当時は主として刑事第一審訴訟事件を担当していました。このころから、いわゆる特例判事補として一人で裁判を担当するようになり、宮崎地方裁判所本庁で起こる刑事訴訟事件の相当部分を私が担当していました。

平成19年からは、司法研修所付になりました。皆さんもご存じの通り、司法試験合格後に司法修習生の修習を終えることが、法曹(弁護士、検察官、裁判官)になるための原則的要件とされています。司法研修所には民事裁判、刑事裁判、検察、民事弁護及び刑事弁護の基本五科目にそれぞれ教官がいるのですが、私は実際に授業を担当する教官ではなく、司法研修所全体の運営について、司法研修所長や同事務局長をサポートする役割を担っていました。

平成21年の春からは、東京地裁に異動し、主として民事第一審通常事件を担当していました。

そして今年の4月に大阪地裁に二度目の赴任をし、縁あって、大阪大学大学院高等司法研究科(ロースクール)の実務家教員として仕事をすることとなりました。

 

2 裁判所の組織、構成

(1)裁判所の種類

レジュメに記載したとおりですが、私が勉強したころから大きく変わっている点としては、知的財産高等裁判所(いわゆる知財高裁;組織法上は東京高等裁判所の特設支部という位置付けとなります。)の誕生が挙げられます。

(2)裁判所の機構

私が現在担当しているのは、実際に事件を割り当てられて裁判を行う裁判部門ですが、裁判官やその仕事をバックアップする裁判所書記官等の現場の第一線の仕事をサポートする司法行政部門になります。一般に裁判官の仕事と考えられているのは裁判部門です。

(3)裁判所職員

ア 裁判官

現在の裁判官の総数(平成21年)はレジュメに記載したとおりです。このうち、女性裁判官は約570人います。今後この数は増加すると思われます。その理由の一つとして、裁判所は、官民の他業種と比べてみてもサポートが手厚いということもあり、女性にとって働きやすい職場であることが挙げられると思います。ちなみに、フランスでは司法官(裁判官と検事を含み、弁護士を含みません。)のうち、女性が7割を占めていると承知しています。

イ 一般職

レジュメに記載したとおりですが、特に、裁判所書記官は裁判官の右腕として公証事務やコートマネジメントに携わってくれており、裁判所書記官のバックアップなしにはおよそ裁判は動かないといえます。なお、裁判所速記官は現在養成が中止されていますが、その役割は、録音反訳や音声認識システムが担うことになっています。

ウ 執行官

裁判の内容を実現するために実力行使が必要となる場面で登場するのが典型例ですが、書類の送達の一部を担う場合等もあります。

エ 非常勤職員

民事調停官、家事調停官の担い手は主として弁護士です。いきなり弁護士任官という形で裁判官になると、裁判官の職務に専念すべき義務を負うこととなるため、弁護士の立場で従来からの依頼者からの事件を受けることができなくなってしまいます。そこで、こうしたワンクッションを置いた形で弁護士の協力を促進し、ひいては弁護士任官の活性化につながればと考えられています。レジュメには記載しておりませんが、裁判員も、法律上は裁判に携わっている間は裁判所の非常勤職員ということになります。

 

3 裁判官の仕事

裁判官の仕事はサラリーマンの仕事に例えられることもありますが、必ずしもそうではなく、実際には請負仕事の側面があります。すなわち、割り当てられた事件については、法律にのっとり、自分なりに計画を立てて一定の期限までに仕上げることが求められるということです。

(1)刑事裁判官の一例

宮崎地・家裁時代には月曜日・水曜日に単独事件の法廷を開いていました。単独制は一人の裁判官が審理判断するもので、合議制は三人の裁判官で合議をして審理判断するものをいいます。刑事事件については、一定の重大犯罪に関する事件は合議制で扱うこととされています。これに対し、民事事件については、基本的に第一審は単独事件として扱うことになっています(例外的に合議で審理判断を行う場合もあります。)。

当時仕事をしていた宮崎市内やその周辺は比較的温厚な人が多く、一番多い事例は道路交通法違反でした。というのも、車がないと日常生活ができないという土地柄であったため、飲酒運転、無免許運転等が多くならざるを得ないからです。また、振り込め詐欺の事件も意外に多くありました。なぜ宮崎で振り込め詐欺が多いのか思われるかもしれませんが、振り込め詐欺を行う集団というのはブラックマーケットで入手した名簿に記載されている全国各地の人に電話を片っ端からかけていくという方式で詐欺を行うのですが、宮崎の人間が一人振り込め詐欺の被害にあって捜査が開始されると、被疑者らが宮崎県内で身柄を拘束されている一方、芋づる式に全国から被害者が出てくることとなってしまうため、結果的に、東京で起こした振り込め詐欺グループの一連の犯罪を一つの手続で審理することとなるのでした。

また、火曜日には福岡高等裁判所宮崎支部のてん補(応援)にも行っていました。日本では三審制を採用しているため、宮崎地方裁判所で取り扱う事件を高裁レベルで私が扱うことはなく、鹿児島地方裁判所管轄の事件を主に扱っていました。事件の比率としては、鹿児島が7、宮崎が3という割合で、土地柄もあってか、鹿児島の事件は複雑困難な事件が多かったように思います。この時期は、裁判員制度の広報活動も行っていました。公民館や中学校、企業に出向いていって広報活動を行っていました。また当時は、被疑者国選弁護制度の創設に伴い、その円滑な施行のための準備作業の立ち上げにも携わり、関係する団体である検察庁や警察、拘置所(法務省)等の人と意見交換を行っていました。

木曜日には家庭裁判所の応援にも行っていました。ここでは主として少年事件を担当していたのですが、やはり審判にまで至るのはそれなりの事情がある場合であり、考えさせられることが多くありました。

金曜日には合議裁判を担当し、裁判長、左陪席裁判官とともに、右陪席裁判官として審理及び裁判に関与していました。

このころには、無罪事件から死刑事件に至るまで、様々な刑事事件を担当しました。

(2)民事裁判官の一例

依頼者の意識の高まりや、法律専門家の増加等に伴い、昨今は事件数が非常に増加しています。東京地裁時代には事件数が大変多かったということもあり、ほとんど単独事件に携わっていました。レジュメに記載したとおり、2つの裁判部を兼務して合計300件を超える多数の事件処理に日々追われていました。

(3)最近考えていること

ア 事案の解明

裁判員制度の導入もあり、事案の解明は法律の専門家である裁判官の仕事だけではなくなってきています。事案の解明は、これまで培ってきた経験則に照らして、「普通の人であればどう考えるのか。」、という想像力を働かせることに尽きるというように私は理解しています。裁判員制度の広報活動の際に市民の方に事実認定についてお話しする際には、日常生活で今まで経験していることの応用をしてもらえれば裁判員は務まりますという趣旨のことを話すようにしていました。大切なことは、「○○をすれば通常〜〜になる」という因果関係の引き出しをたくさん持っておくことだと思います。これは法律家になるか否かにかかわらず、社会人として活躍される皆さんにとって当てはまることだと思います。

イ 事件の適正妥当な解決

では、認定した事実を基礎にして実際の事件の解決をどうするべきか、ということが次の問題になります。法律にのっとった杓子定規な解決方法が果たしてこのケースにおいて適正妥当なものであるのかどうか、例えば、判決の結論が実際に実現可能なものであるかなどを考慮することも往々にして必要になってきます。そういう意味では双方当事者にとってプラスになるような柔軟な解決策を示すことも必要になってきますが、こうした和解等の判決によらない解決に対しての評価は分かれるところです。一歩解決の方向性を間違えると、かえって双方にとって迷惑がかかったり、裁判の公平性を疑われかねない事態に陥る可能性すらあるからです。ただ、十年余裁判官をやってきた経験から、個人的には、特に民事事件に際しては、双方当事者が改めて冷静に話し合う場を改めて設けてあげることはやはり必要なことであり、そうすることで、判決をするよりも当事者双方にとってメリットがある内容での和解による解決ができる場合が多いのではないかと思います。

ウ 「当事者主義」の強調に対して

ここで私が述べたいのは、裁判官は何をすべき職業なのかという根本的な問題です。当事者主義の反対概念は職権主義ですが、社会全体の流れが事前規制から事後規制に傾きつつある中で、司法においても、ある程度当事者主義、すなわち裁判の基礎となる資料の収集提出を当事者にゆだね、裁判官は判断者に徹するべきとする意見も有力にあります。ただ、この点は、裁判官によっても考え方が異なる点であり、私自身もまだ明確な答えが出せずにいますが、当事者の自己責任としてどこまで割り切ることができるのか、特に敗訴する側の当事者がどこまでを自己責任として割り切ることができ、その結論が社会全体にとって受入れ可能なものなのか、という問題が、今後一層顕在化してくるのではないかと考えています。一般的な大きな流れとしては当事者主義の方向に流れが傾きつつあると認識していますが、法曹になられる皆さんにはこうした流れの是非についても考えていただきたいと思います。

(4)裁判官の研さん

ア OJT、自己研さんが基本

10年以上法曹の経験を積んできた今でも、日々勉強です。法律の勉強は現在でももちろん続けていますが、それ以外にも、仕事の中で取り扱う事件を通じてその背景にある社会事象等について日々勉強することがあり、そうした点での理解が深まっているのを感じています。例えば、最近ではたとえば、自分の担当した事件を扱う中で、むちうち症の発生メカニズムについて勉強する機会もありました。こうした医学のような法律を超えた分野についての知識を得ることは裁判官に限らず、検事や弁護士にも必要なことだと思います。

イ 司法研修所における裁判官研修

基本的にはオンザジョブトレーニング(OJT)、すなわち実務を通じて勉強することも多いのですが、司法研修所においても一定の研修はあります。司法研修所は第一部と第二部に分かれており、司法修習を取り扱う第二部のほか、裁判官研修を取り扱う第一部が置かれています。具体的にどのような研修の機会があるかはレジュメに記載したとおりですが、多くの判事補が、一定期間裁判以外の経験を積むことが推奨されています。例えば、宮崎地裁時代の左陪席裁判官はパナソニック株式会社に、東京地裁の左陪席裁判官は株式会社イトーヨーカ堂にそれぞれ1年間派遣され、大いに成果を上げました。

 

4 裁判官の生活

(1)個人的経験談

ア 大阪地裁(新任)時代

裁判官に限ったことではないと思いますが、やはり先輩から経験談を聞かせてもらいながら裁判官としてのノウハウを吸収させてもらうことが多かったです。

イ 法務省時代

私は、行政職の公務員を志望せずに法曹の道を選び、結果的に裁判官になったのですが、思いがけず、3年余行政官僚の(ような)仕事を経験することとなりました。この時代は非常に忙しく、最終電車で帰れるかどうかが帰宅が早いかどうかの一つの目安でした。法律案立案作業が佳境に入ると、何日も夜を徹して仕事をすることもあり、行政官庁の厳しさの一端を知ることができました。

ウ 宮崎地家裁時代

法務省時代の忙しさの反動か、非常に楽しい思い出が多かったです。当時住んでいた官舎のすぐ近くには海(太平洋)もあり、釣り糸を垂れるとすぐにあじが釣れました(もう少し北上してから釣れたあじは、いわゆる「関あじ」になります。)。食べ物も全般的に新鮮でおいしく、お酒も特に焼酎の種類がたくさんあり、地元の方と遅くまで酒を飲み交わしました。

エ 司法研修所、東京地裁時代

修習生の数が非常に多かったため、名前を覚えることが非常に大変でした。当時の方針では、3000人程度に増加することが見込まれていたこともあり、大阪大学にもあるKOANやWebCTのようなシステム開発にもユーザー側の実質責任者(プロジェクトマネージャ;PM)として最後まで携わりました。こうした経験は、その後の実際の裁判においても非常に役立っており、よい勉強をさせてもらったと感じています。また、このシステム開発に携わった経験に照らすと、こうしたシステム開発と家やビルを新築するプロセスは非常に似ているというようにも感じました。

(2)実態

ア 理想像

NHK「ジャッジ」は、フィクションでありますが、かなり事実も含まれているらしいです。ちなみに、このシリーズの三沢裁判官のモデルは私の東京地裁時代の裁判長であると聞いており、阪大OBで皆さんの先輩にも当たる方です。

イ 多忙で余裕がない裁判官像

多忙なのは一定程度事実ではありますが、私自身の乏しい経験の中で、皆さんが想像するほど忙しいといえるのかどうかは分かりません。裁判官の仕事は基本的には請負仕事なので、任地やその時々の社会事情により、楽なときもあれば、大変なときもあるというのが実情ですが、自らの気持ちの持ち方次第ではないかなという風に今は感じています。もっとも、あと10年後にどのように感じ、仮に本日と同じような場で語るとしたら、どのようなことをお話しするのかなとも思います。

(3)裁判官の転任

転勤は、今回の異動で5回目になります。やはり家族の理解が不可欠だというように感じています。

 

5 司法制度改革審議会意見書における裁判官制度改革に関する提言

多様な人材の判事登用と、判事補段階で多様な経験をさせようという二点が挙げられると思います。一点目の判事の給源の多様化については、現行制度でも受け皿はあるのですが、実態がなかなか伴わないという現状があり、一つの解決策として、弁護士任官の推進という手段もありますが、現実的には先ほど申し上げたような種々の困難があり、今後更に知恵を出し合っていく必要があると思います。また、二点目については、若手に様々な経験を積ませようということですが、私自身が経験したような行政機関で働く機会や、先ほど紹介したような民間企業への派遣、海外への派遣等多様な経験を積む機会を今後も引き続き増やしていくことは有益なことであると思います。

 

6 おわりに

新しい法曹養成制度をめぐる情勢はなお不透明な部分があり、皆さんにも進路について不安を感じている方がいるかもしれませんが、社会の中でのもめ事は決してなくならないので、それを支える担い手がこれからも必要になります。やはり志のある人には、裁判官を目指すかどうかは別として、法曹三者の仕事にもぜひ関心を持っていただければと思います。

 

以上