20091126日ロイヤリング講義

講師: 許 功 先生

文責:角穴 雄祐

医療事故と交通事故

 

3年生ということで、そろそろ就活や進学を考える時期ですね。

今日お話しする医療過誤は、法分野の中でも特殊なものです。自分の専門性、仮に弁護士になっても、あるいは検察官、裁判官になっても専門性というのが大事な時代です。単に資格を取っただけでは自分の特殊性を発揮できない。そういう意味では、医療事故というのは非常に特殊ではるけれど、こういったことも自分の目指すエキスパートの中のひとつの選択肢、あるいはそういう考えもあるんだとして活かしていけるような、そんな講義にしたいと思っています。

世の中、世界的不況やそれに対する救済チーム、あるいは予算削減のチームを作ってバタバタしていますが、われわれの考える法解釈において、普遍的なものですね。常に我々が立ち返っていくものが、特殊領域でも、基本的な発想やものの考え方に帰って行くんだよというのを感じ取ってもらえたらなというのも一つのテーマです。

契約法、不法行為法の中核には、故意、過失、損害というのがあって、その間に因果関係がある。それしかないわけですから、そういったものをどういう風に処理していくのか。政治家じゃないんだから、あくまで分析です。弁護士は訴訟とかになったら、相対的な、戦略的な訴訟遂行とかありますけど、事実そのものを分析するところに行き着くんです。あくまで事後的な能力です。

それがあって初めて、訴訟の中での勝ち負け(中間的な和解もありますが)をどういう風にやっていくかが決まると。

今日はレジュメを配っています。P.1p.3は基本的なことです。冒頭に引用しましたのは、p.3のNの被害者救済制度で、医療過誤については現行法上は存在しないんです。あくまでも任意保険なんです。お母さんが病院に入院して、脳に障害が出てきた場合、先天的でない場合は2000万円まで払いますというのは保険です。実質は過失を要求しませんので、無過失保険制度と呼ばれます。

今日は医療過誤というのは何なのか、そのイメージを皆さんにつかんでいただきたい。過失とは?因果関係とは?では実際に事例を見ながら考えていきたいと思います。今から黒板に図を書くので、事例1のところを読んでおいてください。

まず、大腸ファイバー検査というのは、直径が2cmぐらいのファイバーを肛門から入れて、基本的には盲腸まで入れて、抜きながら大腸全体を見るんです。大腸は比較的粘膜自体は分厚いです。厚いといってもミリ単位ですが。3層構造になっていて、これを破ってはいけないと。一番難しい所があって、S状結腸と下行結腸のつなぎ目の部分が彎曲しているんです。そのためには、モニターがあります。画面上は粘膜のピンクが見えるんですね。モニターの先端が粘膜についちゃうんでぼやけます。更に進めると、本に書いてあるんですが、白くなるらしいです。そして次は黄色くなるんです。焼肉屋にいったら見てください。ホルモン焼なんかには油が付いてますね。あれを生で見ると黄色いんです。したがって、ピンク→赤→白→黄色となって、この色に注意しましょうということです。ピンク、赤は大丈夫で、白になるとダメです。黄色だともう手遅れです。

ここまで大丈夫ですか?意味不明なことをいくら聞いても理解できません。ちゃんと一つ一つ自分で理解していって下さい。

福知山線の事故がありましたね。まずは事故の分析をします。スピードを出しすぎたのか、ブレーキ操作を誤ったのか・・・。医療事故でも同じで、患者側の要因はあるのか、医療機器は、医者は?患者側の要因としては、粘膜が癒着していたり、腫瘍があるということがあげられます。その場合は、過失がないということになります。医療機器は、前後左右に曲げることができます。通過していく時に曲げるはずが、曲がらなかった。これは機械側の要因です。これもめったにありません。ほとんどはDrの要因です。こういうのをどういうかというと、過失の推認といいます。ほかの要因がない場合、Drの過失があったと推認するんです。しかし、推認だけではだめで、認定しなければならない。ビデオが残っていればわかりますが、そう残っていることはありません。白になれば止めればいいんですが、実際は一瞬です。ピンク→赤→白→黄色というように順番に見えることはなく、ピンクから一気に白になってします。何となく順調に進んでいるようだけど、手元に抵抗感があった。必ずあるはずなんです。医者が「抵抗感はなかった」と言っても

過失が認定されます。実際の裁判は非常にあいまいです。Drも嘘をついてるとは限らない。したがって、様々な要因を考慮して事実を認定していかなければならない。

じゃあ次の例にいくので読んでおいてください。

この例で、わかりにくい所あると思うんやけど、誰か質問できる人?いい?まあ、俗に言う蓄膿症です。両頬骨のちょうど裏側に、ちょうど眼球から眉間にかけて蜂の巣みたいのがあるんやね。それを治療するには、歯茎の骨を破って、そこの病的粘膜を取っていくんですね。脳との境が1mmもなく、鋭匙という道具で、噛んでいくわけです。で、噛みすぎた。脳は髄液で浮いていて、その水が流れ込んできた。髄液はアルカリ性なので、リトマス紙で調べて青色に変わったので、髄液だと判断した。接着剤を付けるわけですが、何を付けてもいいというわけではなく、自分の体でないといけない。で、足の膜を取りました。本人は脚を切られると思い、術後も頭を動かしてはいけないと言われていた。髄膜炎になってはいけないので、絶対に頭を動かしてはいけないと言われ、コルセットをしていた、本人は脚がないと思っていたが、1週間たって見たら脚があった。そして歩行訓練をして、歩けるようになった。しかし、その後も髄膜炎になるのではないかという不安から歩行障害になって歩けなくなってしまった。この病気は治るのかというと、一回は治ったんです。検査をしてもどこも悪くない。麻酔をして歩くように言うと歩けた。これは心因だと判断した。歩行訓練をしたけれど、自宅に帰ると歩けない。詐病ではなく、心因なんです。因果関係の問題です。刑法で因果関係については習ったよね。条件関係はあるから認めてもよい。認めないというのもおかしい。医学的にも認められる。うつ病になって自殺するということは考えられる。一般通常人で、医学的知識を教えてもらえば、判断できる。こういう場合には因果関係を遮断するということはしません。学説の中には否定するものもありますが。民法の722条の類推適用をするんです。

これが治るとする。例えば3年で治るとすると、その3年で因果関係を切るという方法もある。それをもたらしたのは、医師の行為ですから、何割というのを判断する。これには答えはありませんが、事例ごとに判断しています。データを見ても医学的に妥当です。

次のNo.3ですが、p.5の平滑筋肉腫の肉を取っておいてください。肉がつくと悪性になってしまいます。では読んでおいてください。

平滑筋肉腫、癌の講義ではないので詳しくは言いませんけど、悪性腫瘍には2つある。1つは癌。もう1つは肉腫です。肉腫というのは非常に性質の悪いもので、抗がん剤などほとんどの治療法がきかない。だから家族は知らせなかったんです。数年後の検査で転移が見つかりました。再発したら終わりなので、とりあえず1ヶ月待って増えるようなら化学療法、そのままなら手術で取ってしまおうと思った。1ヶ月後見たら増えていて、手術ではどうしようもない状況だった。患者さんは最初から教えてくれていればもっと違う人生を送っていたと言って、治療の途中で死んでしまった。医師としては間違っていないとしていた。調査したところ、癌の告知を本人が知りたいというのが90%、家族は知らせたくないというのが60%でした。予後が良好な場合には言いますが、それら全てをひっくるめて60%です。色々な考えの人がいると思うが、家族の人はなるべく本人には知らせないでほしいという人が多い。これは不思議なんですね。日本の文化的な背景があるのかもしれない。癌に対するものか、本人に対するものか。その当時は知らせないことも多くあったが、今はだいたい言っています。まず家族に説明して、言わないでほしいと言われれば言いませんが、中には言ったほうがいいとして言う医者もいます。ただ、そういった場合は何の知らせもなく言うと、本人はともかく家族に非難されることもあります。みなさんはどうですか?迷うでしょうね。この例ではたまたま、元気に働いていたんですね。これは別に答えはない。だけども、法律としては、自分の人生設計をしていける権利とか、個人の意思の尊重、自分の救命具を外すかどうかに関わってくる。

高裁では告知しなかったことは違法ではないと判決を出しました。それが正しいとは言わないけれど。最高裁では、家族に本人に告知をするかどうかを勧めていれば、医者は本人に対する告知義務は果たしたと言っていますね。これもまたちょっと変なんですね。癌の告知といっても、家族との関係があるんで非常に難しいです。どういう風に法解釈するか。これは皆さんで考えてくれればいいです。

次の4に行きます。少し難しいんでわからなかったら質問してください。5はあまり重要ではないのでやめますが、4はやります。読んでください。

まずは、生体腎移植というのは、誰でも出来るわけではない。腎臓には白血球という個人を識別する物質があって、だいたい1親等間でしかできません。白血病の骨髄移植ではほとんど完全に一致しなければならないけれど、そこまでではない。けれども、普通は親とかしかできない。

腎臓というのはすぐに動きません、おしっこが出るまでに時間がかかる。肺に水がたまって死んでしまったんです。これはミスです。問題は2つで、所有権と契約です。所有権の侵害がありますか?腎臓の移植契約があれば請求できます。所有権について請求できると思う人?常識的に考えて、できません。所有権は息子に移ってしまっているのでお父さんにはありません。次に契約ですが、移植は成功しているので不履行もありません。

弁護士になると当たり前すぎて条文を見ないんですよね。忘れたら見ればいい。覚える必要ないんですね。試験では違いますが、試験でも六法を貸し出してくれる。立法趣旨さえ覚えていればいい。忘れてもいいけれど、道筋を覚えておく。一度は答えを見なければならない。そのあとに自分でやってみる。

さて、戻りますが、子供にはそれだけの付加的な価値がなかったのか。第三者、これは子供のもので一身専属権とう固有の権利があります。臓器を失った、それが親から来ているものだから権利侵害だというのは認められません。実際に高裁でも認められませんでした。そういう考えがあってもいいと思いますが、理論が構築できない。法解釈としては認めてもいいが、法律というのは理論ですからね。どうやって認めるか。認める根拠がないですね。

何か質問のある人?じゃああなた。自分はこう考えるという意見が何かある?どれについてでもいい。「この講義とは直接関係ないんですが・・・」いいよ。「判例で、輸血を拒否した事件があった。宗教上の信念というのを尊重するという考え方は、現場の方とかに浸透しているんですか?」

あれは非常にショッキングな判決でしたね。命を守るのが仕事なのに、命を守らずに、死んで行く人を傍観すると。そういうことにならざるを得ない。けれど、あの例というのはそうではなかった。手術しているからね。あの論理を現場で実践するなら悲惨なことになる。死んでいたでしょう。現場ではなかなか受け入れがたいけど、ああいう判決が出たんで、患者さんの言うとおりに、「死んでも構いません」と言われたらそうしなければならない。受け入れる病院がないと思います。今手術しないと1週間以内に死ぬという人は80%90%以上受け入れない。大動脈破裂していて、絶対輸血しないと手術できない。けれど本人・家族が拒否していて手術できない。

本人よりも家族が強く拒否している。裁判というのはあまり結果が悪くならない例をやっているのでああいう判決になったと思うけれど、現場のこれから結果が変わっていくという状況で、そういった法理を全うするのは難しい。非常に困難です。

極端に言えば自分の家に帰ってもらえばいい。輸血せずに手術してくれという人もいるが、それはできない。輸血せずに手術する方法はあるが、術中死する可能性が高い。そういう手術はしてはいけないことになっている。医学的に適応がないからね。適応のない手術、これが医療ミスですね。だから、輸血せずに手術したら、死ぬ確率は90%。そのまま放置すれば死ぬ確率は90%。どれをやってもダメ。死んでもいいということで手術してくれという人もいるがそれはできないということです。

非常に難しかったと思うし、2割でも3割でも理解できるところがあったらいいなと思います。では終わります。