20091029日ロイヤリング講義

講師:井上 元 先生

文責:納田拓也

住民監査請求・住民訴訟

 

第1 住民訴訟・住民監査とは何か

今日のテーマは、住民監査請求・住民訴訟である。行政法を学習している人は知っているかもしれないが、簡単にどういう制度かを説明していく。

住民監査請求・住民訴訟は地方自治法242条・242条の2に規定されている。特色として、自分の権利侵害とは関係ない地方公共団体の客観的適法性を担保することを目的とした点がある。具体的に言うと、自分の権利侵害についてではなく、地方公共団体の違法な財務会計について取り上げる制度である。客観訴訟であり、客観訴訟の例としては選挙無効訴訟や当選無効訴訟がある。客観訴訟は、訴訟の中ではきわめて例外であり、一般的には自分の権利を実現するために行われる主観訴訟がほとんどである。そして、住民監査請求・住民訴訟の対象は、地方自治体の財務会計上の行為である。

 

第2 住民監査請求・住民訴訟の手続き

それでは、住民監査請求・住民訴訟が具体的にどのように行われているのか、その手続きについてみていく。

まず住民監査請求は地方自治法242条に、⑴地方公共団体の⑵違法または不当な⑶@公金の支出A財産の取得、管理、処分B契約の締結、履行C債務その他の義務の負担を負うことD公金の賦課、徴収を怠る事実E財産の管理を怠る事実、に対して監査請求をすることができると規定されている。

監査請求は、一人ですることができ、無料である。ただし、監査請求前置主義というものがあり、住民訴訟を提起する場合には事前に監査請求をする必要がある。また監査請求には一年の期間制限がある(但し、正当な理由がある場合はこの限りではない)。監査委員については地方自治法195条〜202条で定められており、具体的には行政のOBや議員が大半を占めている。最近では公認会計士や弁護士が監査委員となることもあるが、それはごく一部である。

次に、住民訴訟について具体的にみていく。監査請求が棄却された場合、住民は裁判所に住民訴訟を提起することができる。どういう訴えを提起するかというと、242条の2の各号で規定されている。1号の差止請求では、支出をするな、契約を結ぶな、といった請求をすることができる。2号の取消請求では、行政行為である場合にその処分の取消請求、無効確認請求を求めることができる。3号の怠る事実の違法確認請求では、例えば道路が不法占拠されている場合などに、道路の明け渡しなどの権利行使を怠っていることが違法であることの確認を求めることができる。4号の履行請求では、損害を与えた職員に対して返還請求を求めることができる。

住民訴訟は監査結果から30日以内に提訴しなければならず、訴額は160万円として扱われる。この訴額については裁判で争われたことがある。通常、訴訟においては請求する額に応じて訴額が決まる。とすればごみ焼却場設立に関する談合について、数十億円の損害賠償を求める住民訴訟の場合、請求する額に応じて訴額を決めるのであれば、莫大な訴額となり住民はこれを用意することはできない。そこで裁判所は住民訴訟における訴額を算定不能とし、160万円として扱うようになった。

また、住民訴訟を提起するためには対象行為の特定が必要であるが、これが大変である。私が初めて住民訴訟を担当したのは、大阪市の職員が公金を使って飲み歩いたり、議員を接待したりしたという事案であった。大阪市の中ではまったくチェックされておらず、何千万単位のお金がでていた。我々のグループは監査請求を求めたが、監査請求は通らなかった。なぜかというと、監査委員である行政のOBに、敵だとみなされていたからである。そこで、住民訴訟を提起するわけだが、いつどこで誰にいくら払ったのかという資料を入手することができなかった。今は情報公開条例があるので情報を公開してもらいやすいが、当時はそのような制度もなく情報を公開してもらうことが非常に困難であった。そして対象を特定することができないため監査請求が通らなかった。その後我々のグループは店の経営者と親しくなり、預金通帳の入金記録を見せてもらい対象を特定した上で監査請求をした。すると監査委員は1年間の期間制限を理由に監査請求を棄却した。最初は対象が特定されていないことを理由に、その次は期間制限を理由に監査請求を拒まれたのである。

ということで、住民訴訟の場合一般の事件とは異なり、請求する側に資料が何もないところから始まる。

また、職員の特定もなかなか大変である。すべてを首長が決定するのではなく、実際には委任や専決によって下部職員に実質的な決定を任している場合が多い。委任は行政庁が権限の一部を他の行政機関に法律上委任することであり、これに対して専決とは、あくまで内部的に権限が委任されるだけで、外部的には行政庁の決定として示されるのである。専決の場合、内部での権限を誰が持っているかが問題となり、職員の特定が困難になるのである。

このように、住民訴訟において対象行為の特定や職員の特定は、すべて住民の肩にかかってくるという仕組みになっている。また弁護士費用という点についても問題がある。

 

第3 具体例

では、具体的にどのような事件で住民訴訟が利用されているかをみていく。

【食料費】

私が担当したものでは大阪市の食料費事件がある。事件にも流行り廃りがあり1520年前は全国的に食料費事件が問題となり、一斉に住民訴訟が提起された。

 

【裏金】(資料1参照)

これは実際には用いられていないコピー費を預け金とした裏金事件である。全国的に同じようなことが行われている。私自身が経験した事件にも、大阪府と大阪国際ホテルの裏金問題がある。大阪府は大阪国際ホテルにお金を預け、契約書や領収書がなければ決済はおりないが、そのような資料は役人がすべて偽造したのである。この事件で様々な資料を見ていたが、その中に、店は違うのに筆跡も書式もまったく同じである領収書がいくつもあった。このような偽造行為は、内部監査ではチェックされなかったのである。大阪府は、そもそものプール金は不適切かもしれないが、その使用目的は正当であったという弁解をした。しかしそうであるならば、ちゃんとした手続きをとるべきである。

 

【知事交際費】(資料2参照)

これは石原都知事の交際費支出が問題となった事件である。知事交際費が問題となることは多い。尚、この事件では、高裁で東京都が敗訴している。

 

【議員報酬】(資料3参照)

議員報酬は地方自治法で決まっているが、それとは別に自治体が公費から日当を払っていたことが問題となった事件である。住民はこのような議員報酬を違法として監査請求をした。議員報酬ついては他にも多く争われているが、住民側の主張はほとんど認められておらず、この点は疑問である。

 

【海外視察】(資料46参照)

海外視察は頻繁に問題となっている。パターンは決まっており議員が海外視察をする際に観光地を巡り、その費用数百万が公金から支出されているというものである。大阪では、堺市と住民が裁判で争い、堺市が敗訴している。堺市では、敗訴後一時期は、議員の海外視察に住民を同行させて報告書を提出させていたが、今ではそのような措置はとられていない。昔から問題になっているのだが、改善はされていない。

 

【政務調査費】(資料78参照)

議員の活動に必要な費用が政務調査費として支出されるのだが、従来この政務調査費の使い道は公開されていなかった。そこで住民の目に留まり問題となったのである。最近では、返還を求める裁判例が全国的に増えた。

 

【給与条例主義】(資料9参照)

資料9は、条例に基づかない給与であり違法な支出とされた給与の返還が認められた事案である。職員は福利厚生を目的とする職員共済組合に加盟するが、問題はこの共済組合に自治体から支払われている補助金が、本当に福利厚生のために用いられているかということである。補助金が福利厚生のために用いられていればよいが、実際には給与のようなかたちで支払われていたため問題となったのである。この事案では、ある程度まとまったお金が支払われているのであれば、これは給与条例主義との関係でも違法であるとされた。

私も似たようなケースを扱ったことがあり、それは死亡保険の保険金を自治体が半額負担していたという事件である。この事件でも、死亡保険金は死亡退職金と同じものであり、その掛け金を支払うというのは給与条例主義に反し違法であるとされた。全国で同じような事件が問題となり、56年前に、このような給与条例主義に反する公金の支出は一斉に廃止された。

 

【土地購入】(資料1214参照)

地方公共団体が、不要な不動産を購入したり、不当に高い値段で不動産を購入したりしたことが問題となった事件である。行政機関が特定の土地を必要とする場合には、多少高くても仕方がないとされるため、裁判で争うには難しい問題でもある。

私も、泉佐野コスモポリスに関して同じ問題を扱ったことがある。ではこの事件について詳しく説明する。大阪府が主導して、泉佐野に企業団地を設けて、企業を誘致しようとした。大阪府と銀行団が出資をして株式会社を設立し、その株式会社に土地買収をさせて企業団地を作ろうとした。しかしバブル経済により土地価格が上昇し、赤字が膨らんでいった。そしてバブルが崩壊すると計画は頓挫し、銀行にお金を返すことが出来なくなり、大阪府も損害を被ってしまった。そこで会社を清算して、大阪府が会社から土地を買い取りその代金約200億円を銀行団に返すことにした。しかし、その200億という額がおかしいということで住民訴訟が提起された。そうこうしているうちに、大阪府・銀行団・株式会社の三社は調停で話をつけてしまい、大阪府が130億円で買い取ることになってしまった。住民は、130億円でも高いということ主張して訴訟で争った。その訴訟の中で大阪府は「不動産鑑定士の鑑定を受けたので、130億という額は適切である」と主張した。しかし、我々も不動産鑑定士に依頼しており、当該土地は開発できず取引をする人もいないため130億という価格が高すぎるということを知っていたため、大阪府の主張をおかしく感じた。また、大阪府は2人の不動産鑑定士に依頼しており、鑑定結果がすべてのポイントでほとんど一致していた。だが、実際にはこのようなことは起こるはずがなく、最初から大阪府と2人の不動産鑑定士の間で決められていたのだと思われる。

大阪府の主張を覆すことは難しく、裁判所は、大阪府は違法でないという判決を下した。

結果として、住民訴訟を提起することにより、当初の200億が130億まで下がった点にこの事件の真相を察することができると思う。

 

 

【談合】(資料1820参照)

ここ5年くらい、談合に対する住民訴訟の報道が多い。だが、談合はなかなか無くならい。談合とは土木工事・建築工事・ごみ処理場の工事を民間業者に発注する際に起こる問題である。個別に発注をすることは、馴れ合いの危険性があるため禁止されており、地方自治法では競争入札が原則とされている。競争入札には、指名競争入札と一般競争入札の2種類がある。指名競争入札とは、工事のランクに応じて名簿から業者を選び、選ばれた業者のみが競争入札参加する仕組みである。これに対して、一般入競争札とは、業者を限定することなく自由に業者が競争入札に参加する仕組みである。2種類の入札のうち、指名競争入札において、問題が起こることが多い。例えば、A社〜F社を指名して入札する場合に、指名された会社全社が仲間内であり、事前に根回しをして入札額を示し合わせることで、どの会社が落札するかを予め決めてしまうのである。このような談合はかなり前から恒常化しており改善されていない。時として刑事事件になったり公正取引委員会が摘発したりすることがあり、その場合には住民監査請求や住民訴訟といった手段で争われる。

入札においては、高い順に、設計価格(積算価格)・予定価格(最高制限価格)・最低制限価格という三つの価格がある。設計価格とは自治体の中の技術家が、材料費や人件費をすべて合計した価格である。予定価格とは設計価格よりも5%ほど低く設定された価格であり、自治体はこの予定価格より高いお金は支払わない。そして最低制限価格とは、あまりに安いと手抜き工事が行われ品質が確保されないと困るので、そのような工事を防ぐために設定された価格である。この最低制限価格を下回る額で入札した場合、入札しなおしとなる。談合を防ぐために、一般的に予定価格は公表されないことになっている。

資料19をみてみると「62件のうち33件は予定価格と同額」と書かれており、このことから、明らかに談合が行われていたことがわかる。私が知っている事件で、賄賂を渡して予定価格を聞き出したというケースもあり、談合は贈収賄事件との関係もある。

もしも談合が行われなければ、入札価格の分布は、設定価格(や予定価格)と最低制限価格のほぼ真ん中付近に集中するはずである。しかし、談合が行われると入札価格の分布は予定価格に集中する。資料19のケースでは、入札価格の分布が予定価格に集中しており、明らかに談合が行われたとしか考えられない。

私が疑問に思うのは、ここまで資料が揃っているにもかかわらず、なぜ監査請求が通らないかということである。刑事事件などで業者が談合を認めていてその資料を添えても監査請求が棄却されたことがあった。全国的に、刑事事件になったり公正取引委員会が立件したりして資料が残っているのに、監査請求が棄却されることは多い。

 

【弁護士報酬】(資料2830参照)

弁護士報酬については、地方自治法242条の212項で、勝訴した場合は報酬額の範囲内で相当と認められる額の支払いを請求することができる、と規定されている。つまり、住民訴訟で勝訴した場合、住民は弁護士報酬を自治体に請求することができるのである。しかし実際には、自治体はなかなか払ってくれない。

資料28の事件において京都市は「住民訴訟の場合、経済的利益が発生していないので、経済的利益は算定できない」と主張した。経済的利益を算定することができない場合にどうするかというと、現在の弁護士会の報酬規定より、報酬は800万円となる。

そして資料29の事件では、京都市は、住民訴訟において経済的利益は算定できないので800万円とすると、弁護士報酬として相当な額は190万円であると主張した。

なぜ自治体は弁護士報酬に対してこのような対応をするかというと、自治体は住民訴訟を起こされたくないので、住民訴訟を骨抜きにしようと考えているからである。私自身の経験としては、地裁では請求が認められるものの、高裁では算定不能とされ大幅に減額され、最高裁に上告すると無事請求が認められるということがあった。

 

【議会の議決による請求放棄】(資料31参照)

では、自治体が他にどのような策をとるかについてみていく。

例えば、地裁で勝訴し高裁に控訴され、控訴審で争っている間に裁判外でお金が返還されるということがある。この場合、自治体の損害はなくなったとされ請求が棄却される。このようなことも自治体は一時期行っていた。

この次に自治体がとるようになった策は、裁判で負けた後に議会で議決をとり請求権を放棄するというものである。一審で、損害賠償請求が確定した場合に地方自治法96条に基づいて請求権を放棄するのである。個人で莫大な賠償額を負担することは難しいので、議会の議決によって免除してもらうのである。果たしてこのような手段はいいのだろうか。この点について大阪高裁では、議決だけでは請求放棄の効果は発生していないと判示している。というのも、議会というのはあくまで方針を決議するのであって、執行するのは議会ではなく、執行の権限者であるからだ。

 

【環境問題】

ひとつタイムリーな事件として資料21をみていく。これは、沖縄の干潟リゾートに関する事件であり、住民訴訟で争われた。一審の那覇地裁では自治体に対して予算執行の差止が命じられた。その理由は、かけたお金を回収できる見込みがなく経済的な合理性がないというものであった。福岡高裁でも差止が認められるという画期的な判決が下された。

因みに、一審の判決が出てから高裁判決が出るまでの約二年間の間、業者は工事を続けていた。そして沖縄市長は、上告はせずに経済的合理性が認められるように事業計画を練り直して、工事を続けると言っている。

 

今日紹介した事例が住民訴訟のすべてではない。例えば有名な津市地鎮祭事件も住民訴訟で争われた事件である。特に憲法問題には、住民訴訟で争われているものが多い。

今日はここ一年間で新聞に取り上げられたものを扱ったが、新聞記事にとりあげられているもの以外にも住民訴訟の数は多い。

私は、住民側としての考えを述べた。皆さんの中には地方公共団体に勤める方もいると思う。世の中は変わってきており、自治体に対する世間の目は昔よりも厳しくなっている。そのような状況を理解した上で、よりよい地方自治を実現するために力を注いでいただきたい。

 

以上