2009108日ロイヤリング講義

講師:松尾直嗣 先生

文責:納田拓也

「人間らしく働くために」

 

弁護士の松尾です。労働事件をよく扱う弁護士事務所に所属しています。大企業、検事、裁判官、行政などを相手に戦います。最近ならサラ金や過労死、薬害の問題、昔なら公害問題のように、社会的問題に弁護士は関わり易いです弱い人を守るために戦い、本当に困っている人を助けることができるところに弁護士のやりがいはあると思います。

 

第1 最近の働く現場はどうなっているのか

近年、格差社会と言われているが、それよりも寧ろ貧困化が深刻な問題となっている。

また、日本は年間自殺者3万人社会となっている。自分に直接の関係がない人が死んでもなかなかピンとこないかもしれないが、そこを想像し、意識できるようになって欲しい。

私自身の体験として、新幹線に乗っていて小田原駅で自殺者が出たときに、最初は鮮明に覚えていたが徐々に薄れていった。全ての人の死を身近に考えるのは難しいが、年間3万人もの人々が自ら命を絶っているという現状を意識してもらいたい。

この20年間で働く現場は大きく変わった。というのも、従来の日本型雇用が崩壊し、企業が社員の面倒をすべてみるというのが難しくなり、行政がセーフティーネットを整備する必要性が高くなってきた。

正社員は大変である。今までは企業の中にいればそれなりの生活ができていたが、今はそうとも限らない。放りだされると何もできなくなってしまう。今起こっている事実は事実としてしっかり認識し、問題意識をもってもらいたい。働く社会がどうなっていくのかという関心も持ってもらいたい。

非正規労働者が増加している。現在約5千万の労働者がいるが、そのうち正社員が役三分の二を占め、残り三分の一を非正規社員が占めている。非正規社員には、パート・アルバイト・契約社員・派遣社員・嘱託社員が含まれる。20年前と比べ非正規社員は三倍に増えている。非正規社員のうち女性が三分の二を占めている。非正規社員には、賃金が低いという問題がある。正規社員と比べ、やっている仕事がさほど変わらないにもかかわらず、立場上の違いから、賃金が低いという現状がある。もう一つの問題として、非正規社員は有期契約であるため、雇用が不安定である。毎年契約を結ぶというのは立場的にも意見を言いにくく、言われるがまま働くしかなくなってしまう。

派遣は労働者・派遣元・派遣先という三面契約に基づいており、そこから様々な問題が生じる。一つは、給料が中間搾取されることにより、本来企業から払われるべき額よりも少なくなってしまうという問題がある。また、派遣の打ち切りなど雇用が不安定であるという問題もある。さらに、派遣先の責任を追及しにくいという問題があり、事故などが起きた場合も十分な保障を得ることが難しい。このように派遣社員は、三面契約から生じる問題に悩まされている。

続いて、正社員の現状について述べる。ここでも大きく二つの問題がある。まず一つは長時間労働である。サービス残業のように働いてもそれに見合う給料がもらえず、また年休もとりにくい。景気が良かろうと悪かろうと、結局個人としては働く時間に違いはほとんどない。長時間労働から派生して過労死の問題もある。しかし、実際は政府がなかなか過労死として認定しないため、妥当な補償を得ることも難しい。最近では精神疾患も多い。日本では精神疾患をひた隠しにする傾向があり、うつ病などを抱えたまま働く人も少なくない。また激しい競争も問題となっている。近年では年俸制に対する反省がなされ、一時よりはましになったものの、企業側からすると年俸制を支持する考えも残っている。

何故、サービス残業をするのであろうか。例として、銀行業務があげられる。銀行では支店ごとにボーナスを配分するが、その際サービス残業も考慮されるため、否応なしに行員にサービス残業を強いる仕組みが作り上げられてしまっているのである。

また正社員も雇用不安にさらされている。というのも、本来正当な理由なしに解雇はできないのだが、この10年ぐらいで、企業再編型リストラが頻繁に行われるようになったからである。この点については法律も変わってきた。昔は独禁法で純粋持株会社は禁止されていたが、97年の改正で認められるようになった。また金融再生法、民事再生法など再生法が多数でき、企業再編がしやすくなってきた。そのため、日本でも近年、合併が行われることが多くなってきた。企業法制も変わり、会社の自由度が高まった一方で、働く側が低賃金や雇用不安という問題に悩まされ、しわよせがくるかたちとなった。

女性についてもかなり状況はよくなったものの、賃金が低かったり、産後の復帰が難しかったりと、まだまだ本当に平等であるとは言い難い状況である。

 

第2 働く者を守るものは何か

まず、労使が対等でないということが前提となっており、いかにして弱い立場である働く人を守るかに重点を置き、憲法などの法律は制定されている。

労働基準法は最低労働条件を規定しており、これは強行規定である。これに違反すると罰則が科せられることになる。監督署がこのような法律違反がないかを確認している。

労働基本権と労働法制の二つで歯止めをかけることが想定されている。

 

第3 働くものを守るシステムは機能しているか

しかし、組合が弱体化し、労働法制が規制緩和の方向に向かうなど、システムは存在しているものの本当に機能しているかは疑問である。大企業の組合は機能せず、官公労が潰され、大きな組合が存在しないなど組合が形骸化し、今一度組合の在り方について考える必要がある。

続いて労働法制の規制緩和についてみていくことにする。

⑴労働時間制の緩和

1987年に、一日単位ではなく週単位で労働時間を規制するようになった。そして、変形労働時間というものが導入され、全ての日の労働時間平均を基準とするようになり、残業代が省かれるようになった。さらにみなし労働という制度(裁量労働制度)も導入された。その後、1993年になると一年制が新設された。1998年になると、専門職だけでなくホワイトカラーにも裁量労働制度を拡大した。2004年に、裁量労働制度の対象が拡大され要件も緩和されていった。

⑵有期労働期間の緩和

本来、労働に期限はないが、1998年に原則1年例外3年とし、2004年には原則3年例外5年というように緩和された。1年が3年に変わった緩和の意味は、更新回数を減らすことにより、解雇法理の適用を逃れることにある。

⑶派遣法の緩和

以前、派遣は全面禁止であった。1985年に、違法派遣が蔓延していたことを背景に、16業務に限り派遣を認めたのである。1996年に規制緩和で26業務まで拡大され、1999年には派遣を原則自由にし、例外的に一部業務に限り派遣を禁止することにした。2004年に製造業の派遣も解禁され、近年その問題が指摘されるようになった。経過をみてみると、規制緩和が相次いで行われ、近年ようやく規制緩和の問題が検討されるようになった。

⑷解雇ルールをめぐる戦い

解雇について定めた法律はもともとなく、全て判例で対処していたが、判例法理を条文化し、解雇に関するルールが明文で定められた。

⑸最近の労働法制をめぐる動き

当面の焦点は派遣法である。今日の朝日新聞にも載っていたが、いち早く派遣法制を設けることが目標とされている。解雇についてもある程度落ち着いたものの、企業側には、一定の金額を支払う代わりに解雇認めてもらう制度を求める声もある。また、ホワイトカラーインゼンプションも議論されるようになり、ライフスタイルを考慮した上での労働時間規制というものが考えられるようになっている。

規制緩和された法が守られていないという事実も存在する。名ばかり管理職やサービス残業、偽装請負などが行われ、経費削減を重視されるあまり脱法行為が行われているのである。

 

第4 経営者の考え方

経費節減のために経営者は、解雇の自由化、労働力の流動化、労働時間の弾力化を考えている。1995年頃の日経連の「新時代の日本的経営」という発表によると、労働者は三種類に分かれる。一つは長期蓄積能力活用型と言われ、いわゆる正社員のことであり、二つ目が高度専門能力活用型と言われ、いわゆる専門職のことであり、三つ目が雇用柔軟型と言われるその他大勢である。

 

 

第5 人間らしく働くために

なぜ働くかということについて、生活のため、お金をもらうためというのももちろんだが、自分の能力を開発する、成長するということも非常に重要である。また社会的貢献、社会とつながる仕事というのも大切である。例えば弁護士ならば、公害事件や薬害、過労死のなどの社会問題に裁判を通して取り組むことができる。私立大学の入学金問題に対する弁護士の取り組みも、社会問題への取り組みの一例といえると思う。そして、企業は一生面倒を見てくれるわけではないので、自分の働く会社がどのような会社であり、どのような方向に向かっているのかということを意識しながら働くことも求められる。企業に依存するのではなく、うまく距離を保ちながら個人として働くことと向き合うことも必要である。

社会的にはどうだろうか。70年代・80年代は女性が社会にどんどん進出して男女平等が叫ばれた時代である。そして90年代になるとそのような流れを受けて男性が変わり始めた。そして21世紀は社会の仕組みを変える時代だと私は思う。仕組みというものは変わるときには変わるもので、週休二日制が良い例である。

⑴行政に法律を守らせる運動

ここ一年くらい行政の頑張りの結果、偽装派遣・偽装請負はだいぶ変わってきた。

⑵裁判による権利救済

昔は労働組合による裁判がほとんどであったが、最近では個人を守るための裁判が多い。一つの裁判に勝つことによって、その影響が社会全体に及び、制度が見直されるということもある。裁判は基本的には個人救済であるが、社会全体につながることもある。

⑶働く者の連帯

例として、プロ野球の選手会とオーナーとの争いがあげられる。連帯して頑張ることによって一定の成果が得られる。社会に対して関心を持つことが重要で、問題意識を持つだけでなく、行動に移すことが大切である。

⑷働く者の立場に立った法律による規制

政府がセーフティーネットを整備し、企業が保障しきれない範囲は、行政が保障すべきである。再出発するために最低限必要な生活を保障する必要がある。

⑸過剰消費社会の見直し

消費者の立場と働く立場があるが、消費者が過剰なサービスを求めることによって、不必要で劣悪な労働が増えている。コンビニの深夜・早朝営業や、本のネットショッピングもその例である。消費者は速さや便利さといった過剰サービスを求めるが、そのサービスを支えているのは、派遣社員やアルバイトの過酷な労働なのである。

個人的には、ルールに基づいて働くということをしっかり意識すべきだと思う。労働者がルールを守り、会社もルールを守ることで、円滑な労使関係が築かれるはずである。労使間でのルールを守ることも重要であるし、社会に対してルールを守ることも重要である。

最後になるが、生活者としての自分を考えなければならない。働く時間とプライベートの線引きをし、仕事を優先することも大切だが、常にそうであるとは限らない。会社ありきの個人ではない。やはり契約、ルールを意識して働くことで働きやすい職場が実現されるのではないだろうか。

以上