611日ロイヤリング議事録

講師:大前治先生

テーマ:「刑事弁護に取り組む思い―無罪判決と死刑判決を経験して―」

文責:横江紗也香

 

0.自己紹介

平成2年に大阪大学法学部に入学し、平成6年に卒業しました。会社員を勤めてから弁護士になったので、今年で弁護士になって7年目です。

弁護士になって、6年半の間に、無罪判決を3つ取りました。また、それとは正反対の、死刑判決も1つ経験しました。それらを今日話そうと思います。

 

1.痴漢冤罪事件

電車内で、一人の男が痴漢犯人と間違われて被害女性に手をつかまれ、駅長室に引っ張って来られました。私は、彼の担当弁護士になり、さっそく留置場で接見をしました。

彼は、「左手は手すりを持っていて、右手には傘を持っていた。女性を触ることはできなかった。」と言っています。

裁判がまだ始まっていないこの段階で、弁護士は方針を決めなければなりません。自白して慰謝料を払い、罪が軽くなるようにするか、または、無実を徹底的に争うのか、を決めるのです。

逮捕・拘留中には、「接見禁止」というものがあり、被疑者は弁護士以外とは会うことができません。逆に言えば、真犯人であっても、無実の人であっても、弁護士にだけは会えるのです。したがって、弁護士は余ほどでない限り、自白しろとは言いません。

帰り道で先輩弁護士と、彼が真犯人か無実かを相談しました。先輩は「わからん。」と言いました。それには2つの理由があります。1つ目は、若い男性の中には、「この人は絶対に痴漢をしない」と言い切れる人はいないことです。2つ目は、1回や2回会っただけでは客観的にその人の言っていることが正しいかはどうか分からないことです。弁護人は、その人が実際にどんな人柄であるかではなく、言っていることのつじつまが合っているか否かかを見ます。

当初、被疑者は自分がどういう行為をして逮捕されたのか分かっていませんでした。つまり、自分の「被疑事実」を知らされていなかったのです。彼によると、両手ともふさがっていたことを警察官に言うと、警察官は顔色を変えて、女性から再び事情聴取をしたそうです。

犯罪となる行為が特定されていないと、逮捕状や勾留状は出せないはずです(刑事訴訟法199条、200条)。しかし、本件の場合は一般人による現行犯逮捕(212条・213条)なので、逮捕状を示される機会もなく、したがって、逮捕状に書かれているはずの被疑事実も示されませんでした。

彼は、20日間にわたって勾留され、起訴されました。ここからが刑事裁判の始まりです。検察官は起訴状を朗読し(291条)、そこで初めて、被害者の主張を聞くことができます。検察官は証拠調べを請求できます(298299条)。検察官は、被害女性の供述調書を証拠として請求したが、弁護人はそれを認めませんでした。そこに書かれているであろうことはうそだと思ったからです。そこで被害者本人を証人として法廷に呼びました。なぜなら被告人には、証人の供述調書への同意(刑事訴訟法326条)をせず、証人に対して直接質問ををする権利(憲法372項)があるからです。

これを反対尋問といいますが、被害者に対してどういう質問をするとその主張の信ぴょう性がないと裁判官に思ってもらえるでしょうか。よく、刑事ドラマでは、「あなたは嘘をついている」「すみません、嘘でした」などというやり取りがあるが、実際の法定ではありえません。このようなことをすると、相手に反論の機会を与えてしまうことになるからです。もちろん、被害女性をやっつける気はありません。被害者に調書の内容や、現場の状況などを確認していくことが大切です。裁判官に「なんかしっくり来ないなぁ」と思わせなければなりません。弁護人からの質問はあくまで問題提起です。

次に、弁護人から証拠を出します。私たちが出した証拠は大きく2つです。まず、同じ時間帯の同じ車両の様子をビデオ撮影したテープです。何度も何度も電車に乗って、網棚に隠しカメラを設置して、様子を分析しました。すると、被害者が「途中駅の停車中も痴漢行為を受けたままでした」と主張した駅では、人の乗り降りが激しく、痴漢行為を続けられる状態ではありませんでした。2つ目は、手すりや人形などの模型を用いた、犯行再現のビデオです。被害者と被告人の身長差から、痴漢は不可能であることが分かりました。その他、警察官に対する尋問もしました。

しかし結果は、裁判に12か月もかかったのに、1審は懲役4か月執行猶予5年の有罪となりました。そして、8ヶ月後、控訴審で無罪が確定しました。「供述者の主体的属性を考慮していない点、供述内容の客観的信用性を吟味していない点で不当である」として、1審を真っ向から否定しました。この女性は、過去に何度も痴漢被害にあったことがあって、本件以外の状況を言っている可能性があります。また、被害者の供述には、確かに迫真性はあるが。嘘でもリアルに言えることはある。迫真性があることと客観的に信用できることとは別の話です。

1審で無罪判決を取れなかったことは残念でしたが、2審ではやっと無罪になってほっとしました。本件の被告人は、大手メーカーに勤めていて、また、同僚が会社を説得してくれたので解雇されずに済みましたが、ふつう何ヶ月も勾留されていたら解雇されてもおかしくはありません。この事件を通して、被疑事実が分からなくても逮捕されてしまうという現行犯逮捕の恐ろしさを感じました。また、被疑者の反論を聞いてから、被害者と警察官との間で主張の練り直しがあったのでしょう。その間に被疑者は拘留されて自白しろと圧迫されていました。警察官には、「現行犯だし、ちょっとお金積んでおけばすぐ釈放する」とも言われたそうです。もしかしたらお金欲しさにはめられたのかもしれませんね。

 

2.小切手詐欺事件

ある男が、損害の担保のために必要であると騙して、会社に架空の小切手を振り出させたとして、大阪地検特捜部により逮捕されました。男は、会社の専務に小切手を持参させて、小切手と引き換えに契約書に捺印したものを渡した、ということでした。

接見で男は、「確かに小切手は受け取ったが、借りたものである。また、契約書など作っていない」と言っていました。検察側は契約書を証拠として提出していました。この事件も、先ほど同様、1審では有罪となったものの、控訴審で無罪となりました。理由付けも、同じく「主体的属性の考慮を怠っていること」、「客観的信用性についての吟味が不十分であること」の2点です。

本件での主体的属性は、自称被害者が会社の役員であり、自己の横領または背任を隠すため虚偽供述をする動機を有しています。また、客観的信用性としては、自称被害者によると、「2通の契約書を作って、連名で判子を押した。」と言ったと主張したが、自称被害者が判子を持参していなかったので、その場で契約書2通を作るなんてありえません。しかも従業員らに発覚しないように後日郵送でやりとりをするのも不可能です。また、社長が会社の判子を押した記録は、普通、経理部や総務部に残っているはずなのに、残っていませんでした。こうした点で、自称被害者の供述内容が客観的に信用できないと判断されたのです。

この事件の真相解明は、弁護士が法律を知っているだけでは足りませんでした。実際にどういう仕組みで取引・小切手決済・社内手続が行われているかを知る必要があります。

 

3.強姦事件

14歳の少女が強姦されたと告訴し、24歳の男性が逮捕されました。私は、当番弁護士として接見に行きました。普通にデートしていたなら、少女が被害届を出すはずがありません。被告人によると、デートを終えて別れた後、被害者の友人から「友達を拉致して強姦しただろう」などと電話がかかってきて、その後ろで、自称被害者の笑い声も聞こえたそうです。被告人ははめられたのです。

裁判で、自称被害者は、門限を超えて外出していたのを親にしかられるのを恐れて、「強姦された」と嘘をついたことが明らかになりました。私は、家に帰って少女はひどく怒られるだろうし、少女の名誉も傷つくだろうと思うと思いました。そのような方針をとるべきか、判断のしどころです。しかし、日本中の人々を敵に回しても、被告人の味方になるのが弁護人です。被害供述の不合理性を明らかにしなければなりません。

ある意味で、弁護人が社会から批判されることがあるのは、当然だと思います。弁護士への健全な批判、素朴な感情から自然に出てくる批判というのは、当然にあり得ると思います。社会全体が加害者(被告人)の味方をして、被害者が孤立無援で戦っているよりは、いいと思います。

 

4.リンチ殺人事件

この事件は、大学生ら2名がリンチされ、生き埋めにされた事件です。私は、グループ対立を発端に、リンチ殺人をけしかけた、主犯格とされた、Kという男性の弁護をしました。

遺体は一部腐敗しており、肺の中に土や砂が入っていた。埋められたあとも息をしていて、苦しみながら亡くなったのでしょう。検察官はそのような残酷なことをしたのだから、死刑は当然であると主張しました。弁護人は殺人については主要な事実関係をほとんど争いませんでした(共犯者との役割分担や詳しい言動などについては、いろいろ反論しました)。死刑判決が予想される事件で、何をどのように弁護するべきか。私は、基本に立ち返って、弁護人にしかできないことをしようと思いました。

K被告の生い立ちを話すことにしました。遺族にとっては、自分の愛する家族が、どんな人物に殺されたのか、聞かされるのは辛いだろうと思いましたが、裁判所で伝えるべきだと思いました。被告人の人格や責任能力にも影響しますし、情状酌量にとって重要な事実だからです。ただし、それだけの理由ではありません。そもそも被告人が何を言っても、遺族が納得をすることはありませんが、せめてすべきことは、犠牲者の最期をみた証人として事実を語り、自分がどんな人間であるかを言うことだと思いました。

Kの友人である共犯者らは、被害者から脅迫を受けていて、警察に相談していたのですが、警察が動いてくれなかったそうです。普通なら、友達が脅迫されているからといって報復して殺すことにはなりません。なぜ本件のようなことになったのでしょうか。

この被告人は、生まれてからこの方、父親の暴力を受けて育ってきました。両親とも家を出て行ったこともありました。周りの人間から馬鹿にされる少年期を過ごしていました。友達に認めてもらいたいという思いが強くなり、暴力を振るったり、万引きに手を出したりするようにもなりました。友人らは、「乱暴者のKなら、なんとかしてくれるだろう」と思い、脅迫されたことをK被告に相談した。彼は、その生い立ちから、人に捨てられることに対する恐怖心が人一倍強く、コミュニケーションをとることが苦手です。彼としては、報復という方法で、友人の期待に応えないと、捨てられるのではという恐怖心があったのだと思います。

そして、裁判では「被告人は若く、更生の可能性はある」とまで裁判官に言わしめました。そうではあるものの、行為の残虐性から、死刑は免れることはできない、という異例中の異例の判決が出ました。

 

4.最後に

最初に痴漢事件で無罪判決を得たときに、あらためて思ったのは、民間人による現行犯逮捕の恐ろしさです。被害者が犯人を現行犯逮捕する際には、非常に勇気がいります。その場で、客観的な確信や証拠を要求するのは酷かも知れません。しかし、だからと言って冤罪があってもいいというということには全くなりません。やはり弁護士や裁判官だけでなく、ある人を犯人だと特定して被害届を出す人も、それなりの責任をもってもらいたいです。それなりの根拠・証拠がなければならないということです。

被告人は無実であると確信をもって立ち向かうのが弁護士の仕事です。弁護士を67年やって、やっとできるようになってきたかなあと思います。

以上