12月11日ロイヤリング議事録

講師:小林徹也

文責:塚上公裕

実務から見る労働法」

1はじめに

今日は、自分が扱った事件を素材にして、労働法についてお話ししたいと思っております。

私は大学では労働法を勉強しておらず、事務所に入ってから、労働事件を扱いたかったため、勉強し、身につけてきました。その分、大学の先生には、学問としての労働法という意味では敵いませんが、実際に生の事件を扱ってきたという点では,大学の先生より経験は豊富と自負しております。

ここ数ヶ月は、労働事件はまた増えてきましたが、それまでは減少傾向にありました。それは何故かと言いますと、労働組合の組織率が20パーセントをきるまでに減ってきた為です。長期間争う、本格的な事件の多くは労働組合からの依頼が多かったため、労働組合の組織率が減少するにつれて事件の数も減っていたのですが、最近は違法派遣の問題など、また事件が増えてきています。

少し自己紹介をさせていただきますと、私は平成2年にこの大阪大学を卒業し、平成6年に弁護士になって、今年で15年目になります。普段どのような事件を扱っているかといいますと、離婚や相続、その他一般民事を主にやっており、刑事事件も常に一件ぐらいはもっています。弁護士15年目、45歳で、破産事件も含めて、だいたい6、70件の事件を扱っています。これぐらいの数をこなしますと、経費とかもまかなって、十分に食べていくことが出来ます。忙しい弁護士になると100件も扱っていたりしますが、そうすると動かなくなってしまう事件も出てきます。最近は弁護士に対する世間の目も厳しく、破産事件などをほったらかしにしておくと、懲戒請求を受けたりすることも多くなってきています。刑事事件も比較的多く扱ってきて、今までに3件、無罪判決を勝ち取ったことがあります。新しく導入された、公判前整理手続きも経験しましたし、裁判員裁判にも登録しております。裁判員による裁判には、これに登録しないと事件はまわってこないのですが(もちろん私選では受任できますが)、私は裁判員制度のための模擬裁判を担当したことから、その経験をいかそうと考え、登録しております。個人的には裁判員制度には問題も多くあるとは思っておりますが、しかし、始まってしまった以上は、問題があるからとほっておくわけにはいかないと考え、積極的に参加しようと思っております。

扱った主な事件には、住友電工男女賃金格差事件があります。これは大阪高裁で和解をし、比較的多額の賠償を得ました。他には倉敷紡績事件も扱ったのですが、これは共産党員であることを理由に、優秀な社員が差別をうけ、草むしりなどの労働に従事させられていた事件でした。これも勝利的和解で終わりました。 また堺市の給食調理員が、長年の業務でゆび曲がり症になったことから、公務災害を申請したところ、却下された事件について、行政訴訟を担当しました。また、保育園で、職員がぎっくり腰になった事件も扱いました。保育園関係では他に、民営化された問題についても扱いました。この事件では民営化自体は認められましたが、損害賠償を得ることができました。政務調査費の問題も扱いました。しかしこれは重要な事件であると考えていたにもかかわらず新聞には掲載されませんでした。

 これらの他に、ここ数年,最も時間を割いた事件が、中国残留孤児の国家賠償請求事件でした。中国東北部に,かつて満州と呼ばれた、日本の傀儡国家がありそこに多くの日本人が移民させられたのですが、終戦の際,そこに置き去りにされた日本人の子どもたちの一部は、帰国できず,中国人に育てられ、1972年の日中国交回復後,日本に帰国したのです。この孤児たちが、国を相手に損害賠償を請求した事件です。

普通に考えれば,認められるわけがない請求だったのですが、提訴した13地裁のうち、神戸地裁では勝訴し、何億もの賠償が認められました。

また、統一教会の信者による献金勧誘行為を違法だと争った事件や、医療過誤事件、マンションの建築確認に関する事件、最近では大阪空襲訴訟もあつかっております。また、B型肝炎について、札幌で得た判決をテコに、全国でいっせいに訴訟をおこしており、それの大阪での訴訟も担当しております。

 

2弁護士として扱う「労働事件」

労働事件とはどのようなものかといいますと、労働者としての人権が侵害された事件と言っていいのではと思います。地位確認、賃金請求、解雇などの問題が多く、最近では特に解雇が問題となっており、私のところにも一週間前ぐらいから一度に解雇された8人ほどの労働者が相談に訪れています。他にも,12月に入って,「社長が給料をもって逃げ

たので、何とかして欲しい」、といった相談もあります。

他には、男女差別や、思想による差別、労災に関する事件、労働組合に関する事件などがあります。今扱っている労働組合に関する事件としては、オーケストラの労働組合に入り、積極的に組合活動を行っていた首席奏者が、降格させられたことについて,労働委員会に不当労働行為救済申立を行った事件があります。

 

3労働法の存在意義

 私にとっての労働法とは、学者ではないので、極めるためにあるのではなく、あくまで労働者を助ける手段として使うものであり、道具であります。条文を、どのように解釈するのか、と見るのではなく、役に立つかどうか、としてみています。また実際に事件を扱っていることから、教科書では簡単に触れてある程度のこと、例えば労使の対立構造、といったことに対しても、脳裏に事案が浮かび、実感をもって学べるということがあります。

 この中の多くの方が法曹界に入られるとは思いますが、そうではなく企業に入られる方も一生労働法とは無縁ではいられないと思いますので、今日は労働法の捉え方、考え方の前提を、事件で得た知識をもとにお話したいと思います。

 

4民法の原則からする雇用契約とその矛盾、それに伴う歴史的変容

私が最初に着目したことは、なぜ、労働法という特別の分野があるのか、ということでした。民法には雇用契約のほかに売買などといった契約類型がありますが、その全てに特別法があるわけではないからです。

では、労働法がなければ雇用関係はどうなるのか考えてみたいと思います。つまり、民法の原則通り考えますと、雇用契約とは、労働サービスを提供して対価を受け取る、というものであり、契約自由の原則から、その内容は自由でありますから、例えば1日15時間働きます、土日も休みません、といった内容や、時給300円で働きます、といった内容、男性は力があるから特別に1000円にします、といったものも、当事者の合意さえあれば有効であり、嫌なら契約しなければよいですし、もしくは途中で辞めればいい、といったものであり、また、給料が安すぎるとストライキをすれば、それは債務不履行となり、損害賠償が請求される、これが民法の原則でした。

しかし今の世の中ではこのようなことはありません。労働条件に対する規制が、なぜ民法の原則から変容をうけているのかを実感していただきたいと思っております。

すこし話はずれるのですが、かつて、労働者は自由に会社を辞められるのだから、会社だって自由に労働者を解雇していいはずだ、と当時30歳ぐらいの女性裁判官が、和解室の中で私だけにそう言ったことがありました。私は大変おどろき、びっくりしました。それがどうしてかということをお話したいと思います。

そもそも契約自由の原則というものは、民法ができた当時には意味がありました。少し前まで江戸時代であり、封建的な社会から、近代化するのが国家の目的である時代において、徒弟制度といった、奴隷のように親方のいうこときく、といった制度がまかり通っていた時代であり、人と人とが対等で、そして契約を結ぶ、という考えが無かった為、この契約自由の原則は、身分的な支配はおかしいのだ、契約によってのみ拘束されるのだ、人は皆形式的に平等だ、そして対等であり、その対等な当事者が契約を結んだときにのみ拘束力を生じるのだ、ということを宣言したものとして、意味がありました。

しかし、現実には対等な当事者とはなりませんでした。儲かる使用者、貧しい労働者という格差が生じ、貧しい労働者にとっては、どんなに安い賃金であっても契約を結ぶしかない状況でした。賃金の引き上げを求め、ストライキをおこせば、契約を破ることとなり、 もし工場を一日とめたならば、それによって生じた莫大な損害を債務不履行責任として請求され、交渉を求めて建物等を占拠した場合には、威力業務妨害として、逮捕されました。

このような状況下のもとで、ますます格差が広がっていき、そのはけ口として、例えば,中国に戦争をしかけ、先ほどの中国残留孤児の話にも関係があるのですが、満州から中国人を無理やり追い出し、日本人には満州には土地がありますよ、と呼びかけ、貧しい労働者をどんどん満州に送り込んでいきました。 このように不満を、対外的には戦争によって他の国にはけ口を求め、対内的には、より弱い立場のものにはけ口を求めることは、戦前の日本に限らずよくあることです。例えばナチス等もそうであり、今のロシアも、あくまで私見ですが、対外的にも強硬な姿勢を見せて、国内の不満をはけ口にしようとしているように思います。

しかし日本や他の国が証明してみせた通り、この歴史的大実験は大失敗であったのであり、これを受けて、日本国憲法ができ、そして25条には最低限度の文化的生活を保障する社会権が規定され、これによって戦前の民法秩序は変容を受けることとなりました。他にも勤労の権利が規定され、労働条件は法律で定める、と書いてあります。これはとても凄いことだと私は思います。当事者で決めればそれでいい、とはしませんと憲法は決めたのです。契約の形式的な側面ばかりを強調する戦前のやり方を変えた、つまり自己責任を否定したということなのだと、私は考えています。使用者に対する従属性から、放っておいたならば、労働者が絶対に弱い立場になることが歴史から分かったため、そうするしかなかった状態の選択について、その法的効果を否定することを憲法は認めたのです。

他方使用者の権利について憲法は規定していません。労働者と使用者では、憲法は中立ではなく、労働者に肩入れしているのです。そもそも法律が中立というのはおかしな話であり、むしろ法律は価値観の宣言であるといえます。例えば殺人罪という規定は、人を殺してはいけない、という価値の宣言であり、価値観を実現するために、どのように体系的に作ればいいのか、というのが法律であります。また判決も絶対に中立ではありません。 中国残留孤児の裁判では、13の地裁に同じものを提出しましたが、神戸地裁では数億もの大勝、東京では大負け、高知では違法だが時効消滅している、といったように、裁判官によって判決はばらばらでした。つまり最初に結論ありきなのであり、法律はそれをどう説得的に説明するかの手段でしかありません。例えば有名な話で、企業の政治献金の可否が争われた事件において、ある最高裁判事が,事件のずっと後になって,「それを否定したならば、ほとんどの企業が違法となってしまうため、大きな影響がでてしまうから肯定した」、と発言したこともありました。これは極めて政治的な問題です。確かに理屈だけで解決できるものもありますが、勝たせようと考えて、そしてそれを説明する為の論理を考えている、といったものもあります。憲法はけっして使用者を無視しているわけではなく、国家が個人の尊厳を保障するためには、国家が労働者に積極的に肩入れする必要があるということを憲法は考えているのです。

憲法における労働者の権利保障については、決して単なる理念ではなく、実際にストライキしても民事免責、占拠しても刑事免責と言った法的効果があります。企業は物の値段についての談合は禁止されていますが、労働者は団体を組み、賃金交渉をする権利があります。佐野南海タクシー事件では、九州の会社が、神戸の会社を買収し、その労働組合を解散させようと、組合員だけ、朝の朝礼を2時間行わせ、他の社員には、仕事にいかせる、という差別が行われていました。タクシーの仕事は、走ってなんぼでありますので、この時間帯に働くことが出来ないということはとても不利なことでした。このような不当な状況を是正するため,多くの法的措置をとり,すべての裁判において勝訴しましたが、そのために仮処分等、様々なことをいくつもする必要がありました。それだけやらないと憲法の理念達成できなかったのです。皆さんに考えて欲しいことは、人は、働いて給料を貰って生きていくしかないのであり、人を雇うということは、人生を支配するということなのだ、ということです。そういう実感をもてば、簡単に解雇を認めていいわけなど無いということは明らかであり、そのような考えを持てばどうなるかということは、歴史が示しているのです。労働者がすきに辞めることができるのだから、会社も好きに解雇できる、なんてことを考えている裁判官は、勉強はしたかもしれないが、形式的なものしか学んでおらず、憲法を理解していないのです。

 

5大企業でも発生する労働者の人権侵害―扱った事件から

このような労働事件は、大企業ではあまりないと思っておられるかもしれませんが、実際には多くあります。例えばJR西日本では、吹田工場に踏み切りがあるのですが、工場長がその踏切の渡り方がよくないと、従業員に文句をいい、その罰として、真夏の炎天下のなか、一日中、踏み切りにて、視差確認をしているのかをチェックするように命令をした、といった事件がありました。その従業員は業務命令だからと、しかたなく行っていたが、それが数日繰り返され、脱水症状にもなりました。このことは労働組合に報告され、中止されましたが、裁判でも、地裁で勝訴し,さらに高裁でもJRをより強く非難をする判決が出され、確定しました。

こういった事件や、草むしりをやらされていたなど、侵害が顕著なものはまだ認められやすい傾向にありますが、セクハラなどは判断が分かれることもあります。 

 5,6年前におこった事件なのですが、短大卒の女性が、本当は建築デザインの仕事がしたかったが、就職口が無く、事務系の仕事をしていたところ、小さい会社だが、建築デザインも扱っている会社に入りました。やっとやりたかった仕事が出来ると希望を持って入ったところ、はじめに、歓迎会をしてくれるとのことで、社長と食事にいくことになりました。やりたかった会社にやっと就職できたということで、社長の誘いは断りづらく、また、同性の従業員も一緒に行くとのことでしたので、その誘いに応じることにしました。しかし同性の従業員は途中で帰ってしまい、その後、二次会にバーに連れて行かれました。 そしてそれから、これはセクハラをする使用者は大体皆同じような行動をとるのですが、仕事の話をしながら、しかし少しずつ女性のからだに触るなどの行為をしてくるようになりました。 しかし嫌がる態度をとれば、これからその会社で働くにあったて、気まずくなってしまうと、そのような態度をとれなかったところ、社長は調子にのって、ほっぺたにキスをしてくれと言ってきたのですが、やはり、やっと遣りたい仕事につくことができたところだということで、嫌だといえずに、キスしたところ、今度はさらに図に乗って、唇にしてくれといわれたのですが、これにも本当に悩んだが、その要求にこたえて、キスをしました。しかし、彼女はものすごく後悔をし、絶対に明日からは、社長の要求に答えないでおこうと決心し、それからの社長の誘いは断るようにしました。そうしたところ、最初は機嫌の良かった社長も、次第に機嫌が悪くなり、20日後には、その女性従業員にむかって、まだ本格的な仕事は何も与えていないにもかかわらず、この仕事には向いていないといい、辞めさせました。彼女はセクハラによってトラウマになっており、会社に対して損賠請求しました。しかし、一審では、キスはあくまで自分からしたのであるから、セクハラではないといわれ、認められませんでした。そして控訴し、その控訴審から、私や、他の弁護士も加わりました。しかしその裁判の途中で、担当裁判官が、女性にたいして、断ろうと思えば断れたのではありませんか、といったのですが、私はこのままでは危ない、とおもい、何か言わなくては、と考え、その女性に対して、弁護士や検事、裁判官も皆男性なので、あなたの気持ちは誰も分からないでしょうけど、本当に辛かったでしょう、と尋問しました。そうしたところ、これが効を奏したのか、裁判官の態度がコロっとかわり、裁判官が、社長の行為はセクハラである、という前提で和解勧告をしました。あとで聞いたところによりますと、裁判官が,自分の娘達に聞いてみたところ、それは本当に辛いことだといわれたとのことです。労使関係の支配従属というものは微妙なものであり、裁判官はよくわかっていないです。私も経験上、どのようなものなのかというイメージはありますが、それでも分かっているとはとても言えません。この事件に関しても、心の片隅では、断ればいいと思っている部分もあるかもしれません。そのようなもとで、それを裁判所にどう実感させるのかが難しいのです。 

 

6現在の状況とその流れの根本にある「弱肉強食」の思想

以上、もともとどのような原則があり、そしてどのような変容を遂げてきたかにつていてお話してきましたが、最近ではまた、もとの原則に戻るような動き、歴史上の大失敗を忘れているかのような動きがあるように私は思います。

例えば派遣労働について、皆さんは普通だと考えていらっしゃるかもしれませんが、しかし、派遣法が制定された時には、全くの例外的なものに過ぎませんでした。派遣会社のような労働者供給事業はそもそも法律で禁止されており、犯罪行為だったのです。しかしそれでは使い勝手が悪いということで、改正され、その範囲がどんどん広げられていきました。戦前において、業者による中間搾取等が問題となっていたため、禁止されていたにもかかわらず、現在においてもまた、違法派遣、ワーキングプアの問題が生じています。また同じような大失敗を繰り返しているように思います。

しかし良心的な裁判官もいらっしゃいます。例えば、違法な派遣だったが、しかし働いていた以上は、その会社との間に黙示の労働契約があったということだと、高裁レベルで認めた判決がでるといったこともありました。最初に話したこととも関係があるのですが、論理的に考えれば必然とこうなるかといいますと、そうではなく、恐らく5年前に同じ裁判をしていたとしたならば、このような判断はなされなかったといえます。違法派遣が問題となり、世論の非難が強くなったという状況があったため、このような判決がでたのだといえます。また、このことは裁判の中で証拠をたくさん出すだけでなく、裁判外で活動することも大切だということなのです。中国残留孤児の裁判においても、ビラ配りや、署名活動、デモなども行い、メディアに取り上げてもらい、裁判官になんとかしなければ、と思って貰うような活動も行いました。裁判官にとって、国を負けさせるということは、とても勇気がいることだと言われていますが、しかしそのなかでも、なんとかしなければと実感させることが必要なのです。

では、法学は意味が無いかといいますと、結論をいかに説得させるか、という手段として必要であり、このような判決を書いても大丈夫ですという、価値観を人に納得させるための説得の技術として必要なのです。

現在、非正規の労働者は3人に1人といわれていますが、彼らはもしクビになったならば、再就職は大変厳しく、ホームレスになる予備軍であるといえます。先日も、事務所に 8人の方が相談にいらっしゃったのですが、ある会社が、支店がいらなくなったからと、その支店の従業員を全員クビにしようとしているとのことでした。このような場合、仮に裁判で勝ち、若干の賠償金を貰っても、再就職できず,また,貯金がなくなれば、生活が出来なくなってしまうという問題があります。そしてこのような方は現在大勢いらっしゃいます。

なぜ、戦後、戦前の反省をいかし、変容を遂げたにもかかわらず、これに逆行するような動きが出てきたかを考えますと、規制緩和等、いろいろなことがいわれてはいますが、私は、弱肉強食、強いものが勝ち残っていくという考えがあるからではないかと考えております。自己責任という考え方がまた復活してきているため、矛盾がまた生じているのだと私は思っています。

アメリカには、お金持ちが安全な生活を享受するために、まわりを囲み、そのなかで生活ができるようになっている要塞都市が存在します。その都市に住む人がインタビュー に答えていたのですが、貧困に苦しむ方もいらっしゃるがどのように思っていらっしゃるか、という質問に対して、自分達は今まで努力したのだ、この中で暮らすために、一生懸命働き、チャンスを逃してこなかったからなのであり、外にいる人はそういった努力をしてこなかったのだ、自業自得なのだ、と答えていました。そして、日本にもこのような都市が出来てきています。今、また格差がとても広がってきています。世界中で、労使の体等を原則とすると、矛盾が生じるという歴史があることを忘れ、戻ろうとしています。

どちらの考え方が正しい、といった問題ではありませんが、一方で次のような考え方もしてもらいたいと思っております。

例えば、ある家庭では、親が日々頑張って働き、努力することの大切さを子供に教え、そして本を買い与え、辞書もあり、子供が分からないことがあれば辞書で調べることができたり、親に聞いたならば、分かりやすく説明してくれたりする、そんな家庭で育った子供と、環境が悪く、子供に質問されても説明できない、家でも疲れ果てて、子供にかまう元気が無い、このような親のもとで育った子供とでは、その子供の将来に差がでる可能性は非常に高いといえます。そして子供は環境を選べないのです。

 私には娘がいます。娘は恵まれていると思います。テレビを見ていて、分からないことがあったときに質問されても、私は出来る限り分かりやすく、答えてあげることが出来ます。また塾に行きたいといわれれば、通わせてあげることも出来ます。そうしたならば、それなりのところに行く確率は高くなります。しかし、それが単に努力の問題だと片付けることは、私は間違っていると思います。

 

7「想像力の重要性」

いつも裁判所でいっているのですが、皆さんにも言いたいことは、想像力を持って欲しいということです。その立場になったならばどのように思うのか、例えば身体障害者の方にとって、5センチメートルの段差が、いったいどういったものなのかをどれだけ実感をもって考えられるか、どれだけ相手の気持ちになれるかということが大切なことなのだと思います。

 先ほどもでてきた中国残留孤児の問題についても、中国で、マイナス30度といった寒さの中、食べ物も無く、周りで人が次々に死んでいくといった状況が、どれだけ実感できるかということが大切なのだと思います。文化革命の際にも日本人だということだけで差別をうけることもあったそうです。それをどれだけ実感できるのか、ということが法律家にとって大切なことだと私は思います。それはどのように培えばいいのかといいますと、様々なことを経験することが大切で、例えば映画を見たり、小説を読んだりすることであってもいいと思います。そしてこのことは大江健三郎、伊藤真も同じことを言っていました。そして瀬戸内寂聴もまた、想像力の無い人間はほんとうにこわいといっていました。

 以上、色々なことを言わせていただきましたが、要するに、歴史的な大失敗を経験し、今また同じ過ちを繰り返そうとしている中で、情報が乱れ飛んでいる中、大変ではありますが、情報を手に入れて、想像力を働かして欲しいと思います。このことは法律を考えるうえでも大切なことです。面白いことや悲しいことなど様々なことを実感して欲しいと思います。そして他方で一所懸命勉強し、頑張っていただきたいと思っております。法曹界も色々大変ですが、色々な人と接触できる、大変やりがいのある仕事です。それでは皆さんも頑張ってください。

以上