626日ロイヤリング議事録

「保険契約法について」

講師:高橋正人

文責:酒井康徳

 

今日は保険契約法について話をしようと思う。

保険について定めた法律はどこにあるのかと思われるかもしれない。これまでは保険法という法律があるわけではなく、商法の中に保険と海上保険が規定されていた。われわれ法律家にとって保険法が縁遠く感じられるのは司法試験の出題範囲になっていないからだろう。法学部でも保険会社に就職する人くらいしか保険法を勉強しないかもしれない。

しかし、保険は私たちの日常生活にとって極めて密接なものだ。たとえば火災保険や自動車保険、学資保険、生命保険がそうだろう。

 

法律家であっても、保険法を知らない人がたくさんいる。裁判官であっても例外ではない。

商法629条に定められる損害保険契約の定義には、「偶然なる一定の事故」という文言があるが、ここでいう「偶然」とはどういう意味だろうか。民法で「悪意」という言葉は出てくるが、これが日常用語の悪意と違うことは法学部の方なら知っていることだろう。ところが、かなりの数の裁判官が「偶然」という言葉を日常用語と同じ意味に解釈して誤った判決を下してしまっているのである。ここで「偶然」とは、「事故の発生と不発生が不確定である」という意味であり、「故意によらない」という意味は含んでいない。この意味で「偶然」は日常用語における偶然とは違っているのである。

裁判ではたとえば、わざと車を傷つけたかどうかなどが争いになることが多い。その場合、裁判官も人間なので証拠調べをしても事実関係がわからないということがよくある。特に保険事故はわざとかどうかがわかりにくいものの代表例といってよい。物が盗まれたといったときにわざと隠したかどうかはわからないだろう。629条は損害保険の要件を記載したものなので、「偶然」が「故意によらない」という意味と解釈すると、保険金を請求する側がわざとやったのでないということを証明しなければならないことになる。これは無理な話だろう。保険会社から「わざと隠したんじゃないか」と言われて、そうではないということをどうやって証明すればいいのか。逆に、保険会社にとっても請求する者がわざとやったことを立証するのは難しい。ここではいずれをより保護するかということになる。

保険契約というものは,そもそも当事者の善意性を前提としなければ成り立ち得ないものであり,ここでは請求者側を保護することになっている。

この「偶然」の意味については、どの保険法の教科書でも必ず書いてある。しかし、裁判官であっても、司法試験に出ない分野であればろくに教科書も読まずに判決してしまうのだ。それによって、本来勝つべき当事者を敗訴させてしまうこともある。

 

次に、保険とは何かということを、具体例を使って考えてみたい。

現行法では、保険は損害保険と生命保険に分かれている。

損害保険はどのようなものだろうか。たとえば1000軒の家がある村を考えてみよう。全ての家の価格は1000万円だとする。1年間に平均1回火事があるとする。このようなことが言える関係を大数の法則と言い保険が成立するための要件である。全くでたらめに起こる事象には保険は設定できない。ここで、みんなが助け合うために、全員が毎年1万円ずつ出し合い1年で1000万円集めるという方法がある。この1000万円を火事にあった人に渡せばうまくいきそうである。支払う人も1年で1万円程度であれば払ってもよいと思うだろう。

実際には,誰かこの作業をする主体(保険者)が必要で,その手間はただという訳にはいかないので,1万円の支払いでは無理である(営業保険料)

又,その他の用語としては,通常,家の所有者を被保険者,保険料を負担する人を保険契約者と言う。

仮に全焼のときに支払われる額を1000万円と決めたとすると,この1000万円を保険金額と言う。

保険金額が1000万円のとき,ある人の家の実際の価値(保険価額)1000万円より高ければ,一部保険と呼ばれる状態になるし,安ければ超過保険と呼ばれる状態になる。

1200万円の家に1000万円の保険金額で契約し,全焼しても1000万円しか支払われない。全焼でなかった場合は,損害が1000万円を超えれば1000万円が支払われるという単純な話ではなく,ものすごくややこしい話になるので省略する。

800万円の家に1000万円の保険金額で契約し,全焼しても800万円しか支払われない。200万円分の保険金額に対応する保険料は無駄になる。

一部保険にせよ,超過保険にせよ,意図せずにこの様な状態になるのは好ましくないので,実際には,その家の価値に基づいて保険金額は決められるし,そうすると,保険料も上記の例示のように,一律1万円と言うわけにはいかなくなる。

又,花火屋と氷屋の保険料が同じというのも不都合だから,契約者などの申告に基づいて(告知義務),それぞれに応じた保険料を決めることになる(給付反対給付均等原則)

火災が発生し,全焼し,保険金額と保険価額が等しければ,1000万円全額が支払われるが,半焼などの場合は,損害の額に応じた保険金が支払われる。

500万円の損害なら保険金は500万円になる。

この場合,「保険金額」と「保険金の額」が異なる。保険の用語がややこしい点のひとつである。

 

生命保険は商法673条に定義されている。

一番分かりやすいのは,定期死亡保険だ。

ある一定の年齢までに死亡した場合は保険金が支払われる。

この場合,みんなが若死にすると困ってしまうが,平均余命などは統計的に分かっているので,大数の法則が成り立つ。

ごく単純に20歳の人を集めて70歳までに死亡したら1000万円を支払うという契約を考えた場合,20歳の人が70歳までに何人死亡するかは確率的に分かっているから,保険料を計算することができる。

みんなでお金を出し合えば,若死にした不運な人の遺族にお金を渡すことができるし,契約した一定の年齢を超えて生き延びた人はその幸福を喜べば良いと言うことになる。

又,1年以内に死亡すれば支払うという契約を毎年更新すると,同一保険金額に対して年齢が上がるほど保険料が高くなることはすぐに理解できると思う。

では終身保険といって期間を定めない死亡保険はどうなっているのか?

人は必ず死ぬから,全ての契約について必ず保険金が支払われる。こんな保険が成り立つのか。

これは,性質が預金と近づいてる,勿論,全く同じではないが,保険者が損をするような保険料と保険金額の定め方がされているわけではない。

 

ここで,損害保険と全く違うのは,「保険金額=保険金の額」という点である。

生命保険には保険価額という概念がない。

命の値段は,慰藉料や逸失利益という観念を使用して,限定的には計算できるが,生命保険ではその様な考え方を採用していない。

保険金額は,保険者と保険契約者の契約で決めるものである。

又,損害保険と用語が異なる点としては,「被保険者」がその人の生死が保険事故の対象になる人という点である。損害保険では所有者など保険の目的物の利益が既存する人のことを言う。他に保険金受取人という概念がある。

契約者,被保険者,保険金受取人は同一でも良いし,別々でも良い。死亡保険の場合,被保険者が自分で保険金を受け取ることはできないが,保険金受取金として指定していた場合は,相続されることになる。

 

以上が、商法に規定されている損害保険と生命保険のおおまかな説明だ。しかし,よく考えてみると保険金が損害に応じて支払われるものと一定額に定められているものという分類と,保険の対象が人か物かという分類が錯綜しているように感じられる。

しかし、物の定額支払いということもありうる。物の値段は変動するから、一定範囲内の変動は損害保険で処理することができる。だから保険金を定額支払いにする意味がある場合は,その差が極めて大きい場合である。たとえば、1万円の物が1年以内に盗まれたら100万円など。しかし、このような保険契約は,賭博になるから駄目だと考えられている。

では、人を対象とした損害額支払いはどうだろうか。怪我や疾病、その結果としての死亡に関する場合、傷害保険になる。この種の保険では実際には定額払いにするほうが主流だが、定額払いとするものもある。これは第三分野と呼ばれる。なお、生命保険が第一分野、損害保険が第二分野と呼ばれる。

 

損害保険の中には、賠償責任保険というものがある。損害賠償責任を填補するものであり、自動車保険の中心部分はこれである。これも商法に規定があるものではない。商法の損害保険の規定には、総則、火災保険、運送保険が規定されているのみである。これは100年前の法律であって、現代では極めて不十分である。そういうこともあってか、賠償責任保険もあまりきちんと理解されていない。

たとえば自動車保険の賠償額が無制限であるということについて。損害賠償義務の額がいくらになっても払うということが無制限の意味だ。賠償義務がないものを払うということではない。たとえば、被害者が必要でない治療にかかってお金をかけたり、必要でないのに仕事を休んで収入を減らしたりした分を無制限だからと言って保険会社に払えという人もいるが、これも賠償責任保険理解してないということだろう。

裁判官でも、これと似たような考え方をする人がいる。たとえば、草刈機の刃が欠けて目に刺さったとして、刃を作ってる会社に損害賠償が請求された事件があった。被告は、石を弾いて刃が欠けることがあるのは当然であるから損害賠償責任を負わないと主張していた。ところが被告が損害保険に入っていることを知った裁判官が、「それなら払ったらいいじゃないですか」と言った。保険金の支払いはあくまで賠償責任があることが前提になっているのだから、損害賠償責任を負わない場合には保険金は支払われないのである。

 

自動車保険に限らずパッケージ保険は多い。自動車保険の本体は対人損害賠償保険だが、対物損害賠償保険もついている。車両保険がついていることが多いが、これは単純な損害保険だ。更に大抵、搭乗者傷害保険もついているが、これは傷害保険の一種だ。

自動車保険は生命保険以外全部ついているという保険だ。そのため、保険のことをわかっていないと理解が難しいだろう。みなさんも自動車を運転する人は自分で保険契約しているというよりは家族の契約に入れてもらうことが多いと思うが、一度契約書を見せてもらって内容を見てもらったらいいと思う。

最近、自動車保険はさらに複雑になっている。相手方の自分に対する損害賠償額を、自分の加入している保険会社が先に自分に払ってくれる契約が主流になりつつある。本来、相手の入ってる保険会社から損害賠償分を支払ってもらうのが当たり前だった。しかし,最近の保険では,たとえば相手方に60%の過失があれば、自分の保険会社が自分に対して全額支払った上で,60%分を相手方保険会社に求償することになる。相手方が無保険だったら大きなメリットであるし、手続きも簡便である。しかし、保険会社の損害算定は裁判所の損害算定の額とは異なるため、裁判所の認める損害賠償の額より安く見積もられることになる。保険会社は独自の算定方法を持っているのである。いずれが有利かは一概にはわからない。

このように、自動車保険は非常に難しくなってきている。保険に関しては法律家も不案内であり、多くのコンパクトな六法にも商法の内,保険規定が載っていない。

 

実は商法にあった保険の規定が保険法として今度別個に制定された。先の66日に公布され、2年以内に施行される。そして商法から保険規定が抜けることになる。

これにより、共済契約が規制対象になる。また、傷害疾病保険は以前規定されてなかったが新しく規定された。

また、契約者の保護の規定が新たに設けられた。そもそも保険が商法に規定されているのは商売をしていくうえでの損失に備えることが主体だったからである。ところが実際には保険はいわゆる家計保険が大部分であり、保険は企業の問題ではなくて我々消費者の問題になってきている。そのため今回の法制定で片面的強行規定がいくつか設けられ、条項よりも契約者に不利な規定は認められなくなっている。その意味で新しい保険法は消費者問題という観点も若干入っている。また、告知義務の応答義務化と、告知妨害の規定が新設された。

例えば、保険の勧誘員が被保険者の持病を申告させず、いざ被保険者が保険金の支払いを請求すると、保険会社が「被保険者が病気と申告してない」ことを理由に保険契約を解除して支払いを断るという問題があった。そこで、このような妨害があったときには保険会社は解除できないという条項が設けられた。

初めに言ったように、保険法は法律家にとってもなじみが薄い。現実には保険は消費者問題として我々が関わっていくべき問題であるのに、そういった発想を持つ者が法律家の間に少ないように思う。

 

保険金はいつ支払ってもらえるのか、商法のどこを見ても規定がない。そのため実際には約款で定められ、生命保険は請求から5日、損害保険は30日で支払うことになっている。

もっとも、約款には、保険会社が調査の必要があると判断したときは調査が終わってから支払うということが規定されている。保険会社が調査中といって何年経っても払ってくれなかった。履行期が定まっていないと遅延損害金も払ってもらえない。

この規定は最高裁で無効とされ、30日以後遅延損害金が発生するとしている。しかし、保険会社の約款にはいまだにこの規定が残っている。

この点については,保険法では「保険給付を行う期限を定めた場合であっても、当該期限が、保険事故、てん補損害額、保険者が免責される事由その他の保険給付を行うために確認をすることが損害保険契約上必要とされる事項の確認をするための相当の期間を経過する日後の日であるときは、当該期間を経過する日をもって保険給付を行う期限とする」という極めて分かりにくい規定が設けられた。趣旨はよいが分かりにくすぎる。また、調査が必要かどうかは請求する側が立証しなければならない。

 

商法の規定では,わざとやったということは保険会社が証明責任を負う。車両保険の約款ではこの証明責任がひっくり返っているとする若手裁判官達が書いた不勉強な本が出回ったが、その後、下級審で同じような誤った判断がなされた。去年と一昨年に最高裁が約款でも商法と同じだという判決を出した。

また、商法に規定のない傷害保険について、約款だけしか定めがなく、いずれに証明責任があるかはっきりしなかった。傷害保険については最高裁判所の判例で、保険金を請求する側に立証責任があるとされた。

今回、保険法で傷害保険でも保険会社側に証明責任があるという最高裁判決と逆の規定がされた。消費者契約法との関係でも、今後逆行するような約款は作りにくいだろう。

 

法律家を目指す人は、司法試験の科目にはなっていなくても保険法を勉強して欲しい。また、そうでなくとも、私たちは消費者として保険と関わらずに生活できないということを知っておいて欲しい。

 

以上