529日ロイヤリング議事録

講師:大前治先生

「刑事弁護に取り組む思い〜無罪判決と死刑判決を経験して」

文責:酒井康徳

 

◆自己紹介:

平成6年に大阪大学法学部を卒業し、5年会社員を勤めてから弁護士になった。今年で弁護士になって6年目だ。

今日は、私が経験した刑事事件について話そうと思う。去年の5月頃、手がけていた2つの事件が、それぞれ無罪判決と死刑判決を受けた。この事件を通して、弁護士の仕事が奥深いものだと改めて感じた。

 

◆痴漢冤罪事件

 弁護士になって4ヶ月頃、ある痴漢事件の刑事弁護を担当することになった。今でこそ映画『それでも僕はやってない』や、御堂筋線であった冤罪でっち上げ事件などで注目されている痴漢冤罪事件だが、当時はそれほど問題にされていなかった。

 その事件では、夕方の込み合う電車内で、一人の男が痴漢犯人と間違われて被害女性に手をつかまれ、駅長室に引っ張って来られた。駅長室では、男は被疑者と別々にされ、被害者は別の部屋に連れて行かれた。男は、自分の無罪を晴らそうと思い、その場で待っていたところ、警察がやって来て連行された。被害者による現行犯逮捕ということだった。

10分>

 男は警察署に連行され、取調べを受けた。私は男の弁護人として男と接見した。男が言うことには自分は無実であるのに警察は聞いてくれず、「何か証拠はあるのか」と聞いても、「お前がそこにいたことが証拠だ」と言ってまともに答えてくれなかったということであった。一般に、痴漢事件には犯罪の証拠がないことが多い。満員電車では目撃証言なども得ることができないからだ。

 男の言い分によると、男は両手で傘と手すりを持っていたので、痴漢をすることなど絶対にできないということだった。そこで私は、「本当にやっていないのであれば、警察に何を言われても絶対にやったと言ってはいけない。ただ、もしも後ろめたいことがあるのなら、やったことを認めた上で被害者と示談賠償をしましょう」とアドバイスした。その時点では、男が無実であることに確信を持てていなかったからだ。一回や二回話しただけでは、被疑者が本当にやったかどうかわかりはしない。もっとも、弁護士は被疑者に対して「嘘でもいいからとにかく否認しろ」などというアドバイスはしない。

 弁護士は裁判が始まるまでは手元に何の書類もないので、警察に何を言われているかを被疑者から聞くしかない。男に聞いて見ると、男は両手で傘と手すり持っていたと言っても、警察に「それがどうした」と言われたということだった。これが3日目から4日目のことだ。それまでとは異なり、両手がふさがっていたことにあまり警察がこだわらなくなってきていた。

このような刑事事件では、検察官勾留請求の際に発布される勾留状のコピーを手に入れて、初めていかなる嫌疑がかかっているかを知ることができる。この事件では、男は被害女性を手で触ったのではなく、膝で触ったという嫌疑をかけられていた。両手がふさがっていると言っても警察官が取り合わないのはこういうことであった。

 弁護士にとって大切なのは、事件の初めの段階で、事件について固定的なイメージを抱いてしまわないことだ。捜査側としては、勾留状の発布を求めるときに、いかなる事実で被疑者を起訴するかを固める。刑事訴訟法2042項により検察官に送致されてから48時間以内に勾留請求がなされるが、この間に被疑者の供述につじつまが合うように起訴事実が固められてしまう。現行犯逮捕の場合、逮捕時に逮捕状が発布されないため、事実が後から変えられてしまうという恐ろしさがある。

男は結局、起訴された。刑事裁判では、起訴されて約1ヵ月後に第1回公判が開かれる。民事訴訟ではスムーズな審理のためにあらかじめ提出した書面に基づいて弁論準備期日が設けられる。それに対して、刑事訴訟では公判期日における取調べは法廷でなされ、刑事訴訟法が起訴状一本主義を採用しているため、裁判官は第1回公判で初めて事件の証拠を見ることになる。

 この事件では、第1回公判で被害調書が検察から提出されたが、私はこれを証拠とすることに同意しなかった。証人尋問で検察官が提出しようとする証拠はあらかじめ弁護人が同意しなければ証拠調べの対象にならない。弁護側としては、証拠の内容が嘘だと考えたときには証拠に同意しないのである。

ここで同意しなかった証拠が、裁判官の目には触れず、かつ弁護士の目に触れているということが重要なのである。弁護士はこの証拠をコピーして、検察側の証人尋問の際に弾劾証拠として使う。当初警察で供述した内容と、法廷での証言内容の不一致を指摘する。

25分>

被害女性の供述調書の内容は、日を追って変遷した。

事件から2日後の調書では、被害女性は電車の進行方向の反対方向を向いており、男はドアの方を向いていたということだった。また、被害女性横を見たら男がいたということだった。

 事件から7日後の調書では、被害女性の向きは変わっていないが、男は当初の調書から女性の側に45度傾いていたということだった。そして女性は、硬い、手ではないもので触られたということだった。

 事件から14日後の調書は、起訴直前に検察庁で作られたものだった。それによると、男は被害女性と完全に同じ方向を向いていたということになっていた。そして、被害女性が真後ろを振り返ったところ、男が膝で女性を触っているのが見えたということだった。

 この証拠が公判で提出されたが、こんな証拠を裁判所に出しても構わないと思う捜査機関はどうなっているんだと思った。 

 結局、一審では有罪判決を受けた。このような証拠を出しても簡単に被告人を有罪にしてしまうのが今の日本の裁判所である。

 刑事ドラマの捜査機関は何度も現場を調査し、客観的証拠を集めることで犯罪を立証しようとするが、現実には事件は取調室で起こっていると言ってよい。取調べで被疑者を誘導して話をさせて、その内容を紙に書いていく。捜査側の都合のいいように事実が変えられていくのが恐ろしいと思う。

 他方で、被害女性が痴漢被害を受けたのは事実だ。供述内容が変遷したとしても、この被害女性が無責任だと言うのではない。捜査機関が真摯に客観的事実は何かを確かめようとしなかったことが問題なのである。被害女性を呼んだときに実況見分を行っていれば済んだところを、それをしなかったために被害女性は何度も警察署や検察庁に呼び出されて供述させられている。これは被害女性にとっても酷だったであろう。

供述調書の内容は、捜査側の言い分に従って変遷し、日を追うごとに詳細になっていった。通常、時間が経過することで記憶が鮮明になることなどありえないはずだ。

35分>

 私は法廷で、真犯人は別にいたはずという主張もした。そのために、電車の網棚にカメラを設置し、事件と同じ夕方の時間帯の車内の様子を記録した。それにより、被害者が停車中も痴漢されていたと主張する駅で人の出入りが激しく、痴漢することが困難であったことがわかり、被害者の証言が信頼できず、調書の内容が間違っているということを示すことができた。

事件の当初に、駅長室で被害者の話から事実を正確に聞いていたらこの事件は全然違ったはずだ。このようなことが繰り返されるようでは、被害者が被害にあったことを警察に言うことすらはばかられるのではないだろうか。

45分>

一審で誤判が生じた理由は、裁判所が被害者の供述を相当程度信用していたことによる。被害女性は男とは知り合いではないからあえて男を犯人に陥れようとする意図はないと認められるし、事実が克明かつ詳細に述べられており、被害態様として自然で迫真性がある、ということである。

しかし、この事件における供述は、一度でも痴漢被害を受けた人であれば迫真性をもってすることができる類の供述であって、その人でしかできない供述ではない。単に迫真性があるからというだけで供述を信用してはならず、法廷では、どういう人が供述しているのか、供述内容が客観的に立証できる事実に合致しているか、を考慮しなければならない。本件では客観的証拠がない以上、より慎重に判断しなければいけないはずなのに、判決にはその視点が欠けている。被害女性の言い分が正しいと言い切ってしまって有罪にもっていくことは簡単だが、このように易きに流れてはいけないのだ。

被害女性の供述には多少の間違いがあって当然だと思う。問題は、事件の初期にきちんと被害女性から供述証拠を取らなかったために、警察官の言うがままに事実が変えられていき、結局真実が何だったかがわからなくなってしまったことなのである。

50分>

 

◆小切手詐欺事件

 ある男が、損害の担保のために必要であると騙して、会社に3000万円の小切手を振り出させたとして、大阪地検特捜部により逮捕された。私はその事件の弁護を担当することになった。男は、会社の専務に小切手を持参させて、小切手と引き換えに契約書に捺印したものを渡したということだった。

 接見で男は、「確かに小切手は受け取ったが、それは運転資金のために10年後の返済を約束して借りたものである。また、契約書など作っていない」と言った。当初は、契約書が証拠として存在したため、男の言っていることが本当かどうかは半信半疑だった。

 しかしこの事件には様々な不可解な点があった。

まず、3000万円という大金を渡す場合、普通であれば銀行振込みによるところを、なぜ小切手を用いたのかである。

 また、通常は契約書を交付することが先であるところ、小切手と引き換えに契約書を持って帰るのはおかしいと言える。

法廷での尋問のコツは、相手方証人にまず周辺部分の事実から喋らせ、最後に核心部分の矛盾を突くことだ。

60分>

 もし男が本当に詐欺をしたのであれば、わざわざ詐欺の証拠になる契約書などは作成しないはずだ。そうではなく、契約書があるのは、権限を乱用して会社に小切手を振り出させた専務が後からつじつまを合わせるためのものだったのである。

しかし、一審では有罪判決を受けてしまった。この事件では、体調不良の男に対し、連日にわたって深夜まで取り調べがなされ、男が犯罪をしたと自白してしまっていたからだった。裁判所も、大阪地検特捜部のエリートだから、証拠に間違いはないという思い込みがあったのだろう。

しかし、高等裁判所では無罪判決を得た。裁判官は私たちの主張を認め、専務の言っていることがおかしいとして証人としてこれを呼んでいる。

弁護士は、「あなたが言っていることは間違っている。なぜならば…」という質問の仕方をしてはいけない。これでは、相手がごまかそうとして、言い訳されてしまうことになるからだ。そうではなく、自らがまずい回答をしているということさえ気づかせずに証言させ、裁判が進み、証言者が反論できない段階に至って初めて証言者の発言の矛盾を指摘するのである。

この事件でも、一審は供述の信用性に引きずられている。しかし、リアルな供述ほど虚偽である可能性がある。証言内容に、何かしらの具体的な事実を加えるだけで供述がリアルになってしまう。そして捜査官は供述をリアルにするために証人から詳細を聞き出し、もっともらしい供述を作るのである。裁判官はこのことをよく認識すべきだ。

 

◆リンチ殺人事件

私は、大学生らがリンチされ、生き埋めにされた事件で主犯格とされた男の弁護をした。

この事件はマスコミで大々的に報道され、私にもマスコミからの電話や問い合わせが相次いだ。しかし、事件の初期段階で弁護人が事実関係を世間に知らせてしまうと、後々の裁判で被告人の発言の矛盾を衝かれるなど被告人にとって不利益となるおそれがあるため、マスコミには一切何も話さなかった。

しかし、報道では男が犯行における絶対的な司令塔と一方的に決め付けられていた。そこで、私は勾留理由開示公判を開くよう求め、そこで本人に喋らせた。そこでは、10分を超えない限りで被告人・弁護人が喋ることが認められているのである。それを聞いて、ある新聞は男が「罪償いたい」と言ったことを紙面に掲載し、ある新聞は「仲間に罪をなすりつけた」と言ったことを掲載するなど、新聞ごとに様々な記事が書かれた。そして、男が絶対的な司令塔というのではなく、事件の主犯格がもう1人いるという報道が流れることになった。

結局、男は更正の可能性はあるとされながらも死刑判決を受けた。

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こんなに悪い人を弁護する仕事はどうなんだ、と思う人もいるだろう。痴漢の話ひとつにしても、聞き手が男であるか女であるかで感じ方が違うかもしれない。

しかし、たとえ本当に無実の人であったとしても、弁護士が法廷で無実を主張しない限り、無実の人が処罰されてしまうことになるのである。

凶悪な犯罪者は弁護する余地などないのでは、という反応があるかもしれない。しかし、私がこの事件を通して法廷で明らかにしたことがある。それは、この被告人は、生まれてからこの方、父親の暴力を受けて育ってきた、ということである。幼い頃に両親が二人とも家を出て行き、電気も止められた家に1人取り残され、生活が困窮したこともあった。そんな中で、周りの人間から馬鹿にされる年少期を過ごした。そこで、友達に認めてもらいたいという思いが強くなり、万引きに手を出したりするようにもなった。

こういったことを法廷で言ったことで、何を言っているのかと被害者の親族の怒りはさらに増したかもしれない。しかし、弁護士がこれを法廷で言わないと、家族を殺した者がどんな者か、真に反省しているのか、などを親族に知ってもらう機会がないままこの者を死刑台に送ることになる。これらは、犯人からしか聞くことができない話なのだ。

ある意味、世界中の人を敵に回してでも依頼者を弁護する。弁護士はそういう仕事をするものだ。これを許さないことは、刑事司法制度の命取りになるだろうと思う。

 

以上