522日ロイヤリング議事録

講師:浅井健太先生

「刑事裁判における違法収集証拠について」

文責:酒井康徳

◆自己紹介

昭和59年、大阪大学法学部入学(36期)。國井先生のゼミで勉強していた。

昭和63年卒業後、裁判所書記官を5年勤め、平成6年に司法試験に合格する。修習期は49期で、橋本府知事と同期にあたる。

平成9年から弁護士として働いている。3年前に独立した。

 

私が入学した頃、大学卒の就職はとてもよかった。就職のことは考えなくても大丈夫だから、学生時代はよく遊べと言われていた。しかし、いざ実際に就職してみると、これが一生の仕事になるのかと思うことがあり、弁護士になりたいと思うようになった。

最近は就職がよくなっているが、できるだけ何かしらの資格を取っておいた方がいいと思う。

 

◆弁護士の仕事

弁護士は自分のやりたい仕事をすることができるし、そんなこと言ってはいけないと口にフタをされることはない。これが弁護士として働くことの一番いいところだと思う。

最近では、弁護士になることができても、それから先が大変だと言われる。しかし自分は弁護士として働くことにとても満足している。自分でどのような仕事をするか決められるし、深刻な顔で事務所を訪れる依頼者を笑顔で帰すことのできるすばらしい仕事だと思うからだ。

 

弁護士は、人権を守るのが仕事だ。他の士業とは違い、弁護士は国家機関に監督されない。刑事事件では国家機関に文句を言う人は弁護士しかいない以上、裁判で言うべきことをきちんと言っていかなければいけない。

皆さんの中に、犯罪を犯した者に人権はない、と思う人はいるだろうか。また、誰が見ても間違いなく犯人と言える場合なら、裁判をせずに処罰していいと思う人はいるだろうか。

たとえ犯人だと疑いをかけられても、その人が本当に犯人かどうかはわからない。また、犯罪を行ったことが明らかな場合でも、いかなる経緯で犯罪をすることになったかはわからない。これらを明らかにするために、憲法は、犯罪を処罰するのに必ず裁判を必要とする制度を採用し、国民に裁判を受ける権利を保障したのだ。

無実の者が逮捕されることなどない、と思っている人はいるだろうか。たとえば、痴漢として無実であっても逮捕されることがある。外見だけで人を判断することは偏見以外の何物でもないが、実際には痴漢犯人の疑いをかけられやすい人の外見は偏っている。茶髪というだけで犯罪の嫌疑がかけられることもある。

最近では、重大な刑事事件について裁判をやめてしまえと言う人も多い。しかし、本来裁判は多数決で決めるものではない。手続きをしっかり保証することで人権を守ろうとするのが刑事訴訟法の役割なのだ。

 

◆捜査の流れ

任意同行で警察官の求めに応じて同行してもいいことはない。任意同行は法律上の根拠がないため、嫌ならば同行を拒否することができる。逮捕して強制的に同行させるには令状が必要だ。「お前には令状なんかいらない」と言う警察官もいるが、それは違法であり間違っている。どのような人にも人権は保障されているのだ。

しかし、令状に基づく逮捕に抵抗すると公務執行妨害罪になってしまう。逮捕されたら、とにかく弁護士を呼び、それまで取調べに対して黙秘するべきだ。

被疑者は逮捕されたら48時間以内に送検され、以後検察官に身柄を預けられることになる。それから24時間以内に検察官が裁判所に勾留請求をするか否かを判断する。つまり、逮捕から最大72時間以内に勾留されることになる。勾留期間は原則10日間だが、最大でさらに10日間勾留することができる。検察官はその間に被疑者を起訴しなければならない。 起訴されてからは裁判官が被告人の身柄を握ることになる。

逮捕された場合に保釈して欲しいと言われることがあるが、保釈は起訴されてからしか請求できないのに注意しなければならない。

この最大23日間の拘束期間中、取調べに対し黙っていることができれば自白証拠を取られることはない。しかし、取調べは厳しく、はっきり言って、警察官から暴行を加えられることがある。

 

◆実例

私が平成10年初めに国選弁護として受けた事件が大きい事件だった。その事件は強盗殺人事件で、被害者の死体はバラバラにされて山中に埋められていた。捜査によると、内縁関係の男女が殺人を犯し、金を奪ったということだった。その金は、5000円札が40枚で、他の種類の紙幣はなかった。

当初、男女は死体損壊罪で逮捕され、私は被疑者の男とアクリル板越しに面会した。このような場所では、警察に盗聴されるおそれもある。真相を聞きだすために警察はそのくらいのことはやる。そこで、私は本当に強盗殺人をしたかどうかを筆談で確認した。男は、自分がやったと言った。

一方、共犯とされる女は犯行を否認し、捜査機関に対し、強盗殺人は別の男がやったのであり、自分は死体遺棄だけやったと言っていた。

 

男に前科はなかったが、女には強盗致傷の前科があった。そのため、捜査機関も女が事件の主犯格だと考えていた。

刑事訴訟法では起訴状一本主義が採用されており、裁判前に裁判官が証拠を見ることで予断を生じさせることを防止している。しかしこの事件はマスコミに報道されていたため、裁判官に予断が生じてしまっていた。

また、捜査機関の証拠によれば男が強盗殺人をしたことは争えそうになかった。

そこで、弁護方針としては、被疑事実を認めて情状立証することにした。主犯格である妻に連れられて犯行に及んだ、という検察側のストーリーに乗っかろうとしたのである。

強盗殺人罪の刑は、死刑と無期しかないが、情状酌量されると15年の有期懲役になる余地があった。そうなることを目指して弁護をしようと思った。

 

しかし、男が起訴された矢先、男は私に対し、「先生、私はやってません」と言った。無実だということである。

世界中の誰もが敵に回っても弁護士は被疑者・被告人の味方だ、というのが法の建前であるが、被疑者・被告人はそうは思っていない。彼らは本当のことを言ってくれないばかりか、弁護士に嘘をつくことも少なくない。このように嘘をつかれるというのも、弁護士の仕事なのだろう。

さて、依頼人に嘘をつかれた場合、普通ならば信頼関係が失われたとして辞任すればよいが、国選弁護事件は辞任ができない。そこで裁判所に解任請求を求めようと思ったが、認められなさそうだった。そのため、私はこの事件の弁護を引き続き担当することになった。

 

この事件では不可解な点がいくつかあった。まず、証拠の現金が5000円札のみ40枚もあることがおかしいと思った。

また、被害者の頭部の傷に、死ぬ前に受けた傷であることを示す生体反応があったが、検察官は首を絞めて殺害されたと主張しており、男の自供書に頭部を殴ったという自供は全く出てこなかった点がおかしいと思った。犯人にしかできない内容の自白を「秘密の暴露」というが、この事件で秘密の暴露があったのは死体損壊についてだけだった。もし男が任意の自白をしたのであれば、秘密の暴露として頭部の傷についても言及していたはずである。そこで、供述調書の採取に何らかの違法があったのではないかと考えた。

この事件では当初、警察が男に任意同行を求め、男を逮捕しないまま警察署前のホテルに宿泊させるということをした。警察官は男に対し、ワンルームの室内の片隅のベッドで寝ろと言い、ベッドの周りを6人の警察官が囲んでいたということであった。そして、その日の夜明けに男は自白調書を取られている。一般人の感覚からしても、このようなことが起こっていいのか、と思うだろう。

これと類似の判例として自白調書を適法としたものに高輪グリーンマンション・ホステス殺人事件があるが、これは被疑者が任意に応じていたといえる場合であって、任意に応じていなかった今回の事例とは異なる。

刑事裁判で妥当する違法収集証拠排除法則によれば、違法に収集された証拠は裁判に使うことができないことになっている。そこで、この自白調書を違法な証拠として排除することを求めたが、裁判官はこれを認めなかった。このようにして採取された自白調書に、令状主義を没却する程度の違法はなく、適法な証拠だということである。これは明らかにおかしいと思う。

この事案では検察官面前調書だけで有罪の立証をすることが十分可能だったにも関わらず、検察官がこのような自白調書を証拠として出してきたこともおかしいと思う。

こういったことは、裁判員制度の対象となる事件では強調していきたいと思う。さすがに裁判員はこのような捜査を違法だと思うだろう。そうなれば、このような証拠は裁判に出てこなくなるはずだ。

裁判官は、被告人が一つでも嘘をつくとその被告人が言うことは全部嘘であり、したがって有罪であると考える。しかし実際は必ずしもそうではない。たとえば、皆さんが無実で捕まったときでも嘘をつくことはあるだろう。裁判官は嘘をついたことがないのだろうかと思ってしまう。

 

また、警察官が法廷で虚偽の証言をしているのに、裁判所はこれを認めなかった。この証言によると、警察署前のホテルを利用したのは、周辺のホテルを調べた結果、空室があったのが唯一本件のホテルだったからだ、とのことだった。また、宿泊させたのも男が「帰りたくない」と言ったからである、とのことだった。しかし、実際に近隣のホテルに問い合わせてみると、当日は満室ではなかったことが判明し、被告人も「帰りたくない」と言っていないと現に法廷で証言した。

裁判所がなぜあえて明らかな虚偽である警察官の供述を証拠として採用したのか、理解できない。有罪と認定する場合でも、自白調書の証拠能力だけを否定すればよかったはずである。

 

男が犯行をしたことは、証拠的には確かだった。被害者の死体を解体する際の心情など、供述内容が非常にリアルで、男が実際に現場にいたのは間違いないと思う。

ただ、この2人だけで犯行ができたとは到底思えない。もしかすると、被疑者は誰かをかばって、真実とは異なる供述をしたのかもしれない。

 

この裁判は3年にも及び、大阪高裁で男の有罪が確定した。公判は40回以上にわたり、その間も私は男とたびたび接見した。手紙でも頻繁にやり取りをした。

裁判中、検察官から「そろそろ諦めたらどうか」と言われたことがあった。これには非常に腹が立った。私がこの裁判を続けてきたのは、自分のためでも、被告人のためでもない。刑事訴訟制度を守るために、裁判を続けてきたのである。

法曹を目指す人には、法律家として、制度を守るために戦うということを知って欲しいと思う。

 

以上