110日ロイヤリング議事録

講師:許 功 先生

文責:酒井康徳

 

<自己紹介>

S55年大阪大学法学部入学

・卒業後、富山医科薬科大学医学部(現富山大学医学部)に入学

・医学部在学中のS63年司法試験合格

H10年、法律事務所開設

 

<法律の勉強>

・司法試験の受験時代、主要な趣旨、判例、論点、自説などを2年かけてノートにまとめた。法律には、憲法を頂点にした縦の関係に対して、民商法など横の関係がある。それらを比較し、繰り返して勉強するとどんな問題にも答えられるようになる。

・通常、事故が発生したら生命、身体、財産などについて損害が発生する。法律はこういったもの処理するが、そこでは法条という「ものさし」を使う。

・法曹は立法者ではないから法条を作るのではなく、事実を要件にあてはめる。たとえば、不法行為(民709条)だと故意または過失があるかといったように、要件ごとに事件を整理し、処理する。これは憲法レベルでも同じ話である。

・この「ものさし」を使うときに、法の趣旨をおさえていることが一番大事。趣旨から要件や効果を導くことができる。これができればどんな問題も解ける。これがリーガルマインドということ。司法試験でもそれほど高度なことが要求されているわけではなく、自分の頭で法の趣旨を理解し、そこから要件、効果を導けるようになればよい。数学で基本的な問題が解けたらいいのと同じようなことである。法律を勉強するときにはこのトレーニングをして欲しい。

・たとえば、民法415条は債務の不履行があったときに損害賠償請求ができると規定しているが、もしこの条文の存在を知らなくても、契約というものが何かということから考えると、415条に書いてあることが導ける。すなわち、契約の拘束力から考えると当然に導ける。また、たとえば予約していた参考書が届かなかったことにより試験勉強ができず、その結果試験に落ちてしまった場合にこうむった損害(本の代金以外の損害)を請求しうる場合があるといったことも導くことができるだろう。

 

<医療事故について>

・医療事故とは、有害事件(医療行為によって身体的不自由を伴った事故)や過失事件(相当な注意を払うことにより有害な結果を回避しえた事件)をいう。

・医療でも、1000人治療すれば3人は失敗がある。数学の問題でも計算ミスするように、人間であるがゆえの失敗がある。このような医療側のミスや技術的、知識的な欠陥のほかにも、抗生物質や抗がん剤をやればやるほど菌やがん細胞はしぶとくなるのでその結果として医療事故が起こることもある。また夜間診療では医療側の人間は10分の1くらいになり人手不足である。インフォームドコンセントが不十分であることにより事故になることもある。

・また、医療行為は結果の予測が非常に難しい。「おなかが痛い」といっても腸炎なのか虫垂炎破裂なのかわからないこともある。きちんと抗生物質を投与しても直らない人もいる。抗生物質のアレルギーでショックを起こす人もいる。人の体は機械のようにはいかない。

・医療従事者は極めて忙しい。看護師などのきつい仕事では人手が足らないのに、患者は増えるため、まともに休息もとれない。このことも事故の原因になる。

・医療水準は不透明であり、医者が患者にどういうことをしなければいけないかはケースごとに違う。そんな中で危険回避をしながら病気を治さなければいけない。

・医療は日進月歩に進展しているので、常に勉強をしていなければ、新しい治療をできず医療水準に劣った治療をしているとして医師の過失を問われてしまう。

・ゆっくり治療していたら患者が死んでしまう場合もある。単なる腹痛でも進行性のものもあり、たとえば腹膜炎だと12時間のうちに治療しないと死んでしまう。このように、限られた時間の中で処置をしないといけないという特質がある。

・手術に際しては、麻酔医と執刀医などが連携でやっている。法律上は執刀医も麻酔を管理しなければいけないが、執刀に集中しなければならないのでできない。そのため、麻酔医がミスをしても気づかないこともある。また、悪しき医療慣行がある場合もある。

・交通事故の場合には不法行為に基づく損害賠償を請求する。なぜなら当事者間に契約はないから。他方、医療契約から生じた損害の賠償は不法行為でも請求できるが、契約があるので債務不履行で請求すればよい。適正な治療をする債務の不履行とする。

・医療行為は客観的にどの治療が正しいかわからないことがあり、そのような場合、いかなる治療をするかは医師の裁量にゆだねられている。この裁量の範囲内で起こったことであれば通常は過失なしとされる。

 

<弁護士の仕事について>

・弁護士としては、紛争において相手方に適切な請求をすることとともに、依頼者に働きかけるなどして紛争を早期に終結させることも大事。

・今は弁護士になっても就職難ということが言われる。いい事務所に就職しようとしたら有名大学を出ているなどの条件が要求される。ここ数年は司法試験の合格者が増員されて買い手市場になっている。実務経験なく、いきなり独立開業した弁護士が弁護過誤をすることもありうる。

・弁護士の仕事はしんどいし、訴訟に勝てなければ報酬ももらえないが、自由業なので気は楽だ。生活をするだけの糧は十分かせげる。弁護士は自分の良心に従って生きていける点がいい。また、弁護士は医師と違ってクライアントを選べる。

  もっとも刑事裁判における当番弁護士や国選弁護士は別で、引き受けないとならない場合がある。こんな中で、やくざにアドバイスした弁護士が証拠隠滅罪などで逮捕されるなど、依頼者に飲まれることもある。また、お金がたくさんもらえる事件に限って危ないものもある。自分の手に負えないと考えたら適正に辞任すればいい。

・弁護士としてどこに出しても恥ずかしくない仕事をしていればぜんぜん問題はない。トラブルに巻き込まれても解消できる。

 

<実例1

・医療においては過失をどのように判断するかが難しい。

大腸ファイバーの穿孔事例

大腸の悪性腫瘍の有無を検査するために、大腸ファイバー検査を受けたがS状結腸と下行結腸のつなぎ目部分でファイバーの先端が腸管を穿孔してしまうという事故が発生した。術者はファイバー検査歴10年のベテラン医師で穿孔の直前に患者が特に痛みを訴えたこともなく、また、操作方法にも特に問題はなかった。しかし開腹所見では肉眼的には穿孔部が特に薄くなっているとかいう所見はなかった。

また、一般に大腸ファイバー検査中に発生した穿孔事故の原因の過半数は術者の無理な捜査や粗暴な操作であるといわれる。

 

ここで、予見義務、回避義務という点からは、穿孔兆候があったかどうかが問題。

普通、粘膜面に押し当たった時点で機会に映し出される腸腔内の画像の色が変わり手元の感触も変わる。これを見逃したかどうかが問題になる。

 

<実例2

・因果関係判断の具体的検討

髄液鼻漏後の心因性両下肢麻痺

慢性副鼻腔炎の手術施行中に、術者が誤って脳と副鼻腔を隔てる天蓋部という非常に薄い骨を損傷してしまい、そこから髄液が鼻腔に漏れるという事故が発生した。直ちに髄液鼻漏を塞ぐために太ももの筋肉の一部を採取して穿孔部にあてがうという修復手術を行い、成功した。

しかし患者は修復手術についての医師の説明を理解できず、修復手術を「両足の太ももを根元から切断する」手術だと勘違いし、その後心の病(ヒステリー性下肢麻痺)で歩行することができなくなってしまった。

 

このような場合でも医師のミスと下肢麻痺との間に因果関係はある。

ただし心因性のものなので将来治る可能性がある。

そのため、将来麻痺が治るであろう時以降の逸失利益はないと考える。

 

<実例3

・医師の説明義務違反判断の具体的検討

腹腔内悪性腫瘍である平滑筋肉腫という病気になった患者が腫瘍摘出手術を受けた。手術は成功し、がんのリンパ節への転移もなく一応根治手術と評価された。しかし腫瘍の性質としては転移や再発が多く、術後に転移が発見されればまず助からないという悪いものだった。医師は患者に対し良性の平滑筋肉腫である旨を説明し、術後の定期的な検査をその後2年間にわたり行った。しかし2年後にレントゲンで肺への転移が見つかり、その時点でがんの告知を行った。なお、手術当時のがん告知率は平均で50%に満たない状況だった。

 

このような場合、医師に説明義務違反があったかどうかは、患者の知る権利とがん告知による不利益との比較衡量で決する。

がん告知は直接本人に言わないのが現在の慣行。家族が告知を望むなら本人に対しても告知することになる。

 

<実例4

腎不全の息子に父が事故の腎臓を1つ提供して息子に移植するという手術がなされ、成功した。しかし息子は術後管理に問題があったため術後10日で肺水腫が悪化して死亡した。

 

この場合、父が病院に対し自らの腎臓を喪失したことによる固有の損害賠償請求をすることは認められない。手術の時点で父は腎臓を放棄し、息子が腎臓を原始取得したと考えられるからである。

 

<実例5

交通事故で左足を骨折し、病院で骨折整復固定術を受けたが、その際の腰椎麻酔による副作用で脊髄麻痺の後遺障害を起こした。

 

この場合、交通事故と後遺障害、医療事故と後遺障害のいずれについても因果関係があるといえる。

 

以上