21世紀の国際秩序と「中国」

山 田 康 博

はじめに

冷戦の終結と1991年の湾岸戦争の後、国際社会ではいわゆる「グローバリゼーション」化の進行と、ECのEUへの再編とNATOの拡大、さらにはAPECの結成に代表されるような地域統合の大きな進展があった。さらには、2001年に9・11「同時多発テロ」事件が起こり、それをきっかけとして、他国に比べて圧倒的な軍事力を持つアメリカが中心となってアフガン戦争を遂行し、2003年にはアメリカとイギリス両国がイラク侵略を行なった。21世紀の国際社会は、20世紀までとは大きく異なった新しい国際秩序を生み出しつつある。

現在進みつつある国際秩序の再編のなかで、新しい国際秩序を形成する重要な要因のひとつとして注目されているのが、中国の台頭である。国際社会のなかでこれまでその人口の大きさにみあうほど大きく目だつような存在とはいえなかった中国は、国際的な問題に対してさまざまな場面で、これまでよりもずっと大きな責任と役割を果たすようになりつつある。例えば、1970年に発効した「核不拡散条約」に、1964年に核兵器保有国となった中国は20年以上も未加盟のままだったが、1992年に同条約に加盟した。また2001年12月に中国は世界貿易機関(WTO)へ加盟し、重要な国際経済の枠組みに正式に加わった。さらには、国連60周年を期して日本がめざした国連安全保障理事会の常任理事国入りに対して、常任理事国のひとつである中国が反対したことは記憶に新しい。

21世紀の新しい国際秩序のなかで、大きく変貌をとげつつある中国がどのような位置を占め、どのような影響を国際社会に与え、今後どのような役割を国際秩序のなかで果たしていくことになるのだろうか。

1.エネルギー・環境問題

中国の台頭が、国際秩序に及ぼす影響は広範でしかも大きい。まず第一に中国の台頭は、国際社会が解決しなければならない重要な問題を顕在化させた。その一つが、エネルギー問題である。1993年以降中国は石油輸入量が輸出量を上回るようになったが、2004年にはアメリカ、日本に次ぐ世界第3位の石油輸入国となった(1)。中国による石油消費の急速な増大は、2005年の世界的な石油価格の高騰の一因となるとともに、「エネルギー安全保障」の問題を顕在化させることとなった。

エネルギー問題と並んで重要なのは環境問題である。2003年に中国は、世界最多の年間2160万トンの二酸化硫黄を排出した。二酸化硫黄が引き起こす酸性雨による汚染被害は、国境を越えて東アジアの他の国々にまで広がっている。地球温暖化の原因であるとされている二酸化炭素の排出量も、中国では過去20年の間に2倍以上となり、世界全体の排出量の14%を占めるに至った(2)。ちなみに、2005年に発効した「京都議定書」は、中国をはじめとする多くの国々に対して地球温暖化の原因となるガスの排出量の削減を義務づけていない。

近い将来に中国において自動車の普及がさらに大きく進むことを考えると、中国が抱える深刻なエネルギー・環境問題は、今後ますます国際社会に大きな影響を与える重要な問題とならざるをえない。

2.安全保障問題

中国の台頭は、国際秩序を大きく変えてしまう変革者として行動するようになるのではないか、さらには中国が安全保障上の大きな脅威を国際社会に対して与える存在となるのではないか、という危惧を国際社会に与えている。とりわけ、アメリカと中国が深刻に対立しあうことになるのかどうか、そして最悪の場合には武力衝突へと至ることがあるとすれば、そのような事態が起こらないようにるにはどうしたらよいのか、起こってしまった場合にはどのように対処するのかが、近年活発に議論されてきた(3)。

米中関係の将来については、楽観論と悲観論の2つがある。まず一方には、中国が国際秩序の変革者として行動するのではなく、存在する国際秩序の維持をめざす協力的な行動をとるようになるので、中国とアメリカの間に深刻な対立は生じないだろう、とみる楽観論がある(4)。そのような楽観論を支えているのは、経済的相互依存の深化や国際的な制度的枠組みの発展、民主主義の広まりといった要因が国際対立を緩和する傾向があること、中国の力と対外政策目標は無限定ではないこと、などの理由である(5)。

他方には、中国とアメリカの間で将来、国際秩序の変革と維持をめぐる深刻な対立が生じる、と悲観的な予想をする論者がいる(6)。悲観論の中でも最悪の事態として想定されるのが、米中間に戦争が勃発することである。中国が台湾を軍事力を使って統一しようと試みた場合に、アメリカが台湾防衛のために軍事力を行使し、結果的に中国とアメリカの戦争になってしまう、というシナリオがその最たる例である。このような悲観論の根拠となっているのが、中国が非民主主義的な体制であること、大国の本質が膨張的であること、アメリカの対外行動が民主主義を広めるという使命感に大きく影響されること、「安全保障ジレンマ」が国際緊張を高めるはたらきをすることなどである(7)。また、近代史の歴史的な経験もある。近代世界では何度か「覇権国」の交替が起こったが、いずれの場合も「覇権国」の交替を決定づけたのは国際秩序の変革を求める「挑戦国」と「覇権国」との間の戦争だった、という近代の歴史の経験である(8)。

3.米欧間にある対中国観・対中国政策の隔たり

中国の台頭がもたらす問題として安全保障に対する脅威を強調する見方を、ヨーロッパの識者たちの多くはとらない。ジョージ・ワシントン大学の政治学者で中国問題専門家のディヴィッド・シャンボウは、アメリカとは異なった国際秩序観をもつヨーロッパの識者たちとアメリカの論者たちとでは中国の台頭について見方が異なっている、と指摘している。アメリカの論者たちが中国の台頭を主として安全保障の問題としてとらえるのに対して、ヨーロッパの識者たちは中国の台頭を中国社会の権威主義的な政治・社会体制から市場経済的でより開かれた、より民主的な政治・社会体制への転換の問題である、ととらえる傾向が強い、とシャンボウは分析する。中国の台頭をめぐるこのような評価の相違は、対中国政策の違いを生むことになる。例えば、中国に対する武器輸出禁止措置に対して、EUはその解除を提案したがアメリカは解除に反対している。そして彼は、このような見方の違いが生まれる理由として、台湾の防衛にコミットしているかいないかの違いがあること、勢力均衡が望ましいとするヨーロッパ的な伝統と戦力均衡は好ましくないとするアメリカ的な国際政治観の違い、冷戦終結後の旧東欧諸国の体制転換をまのあたりにしたヨーロッパ人の経験があること、などをあげている(9)。

シャンボウが指摘する米欧間の見方の違いは、われわれ日本人にとって重要である。なぜなら、日本人の国際問題に対する見方はアメリカの影響を強く受けているが、そのことを自覚しないことが多いからである。アメリカの識者や政策担当者たちが示す見方や問題設定、求める政策などを、別の視点から相対化することの必要性を、シャンボウは指摘しているのである。

おわりに

21世紀の国際秩序においては、中国がアメリカおよびEUと並ぶ3つの中心のひとつとなるだろう。そして中国は、大きな影響を国際社会に与えるだろう。すでに中国の急速な経済発展は、新たなエネルギー・環境問題を国際社会にもたらした。しかし中国が将来、アメリカやEUと厳しく対立するようになるのか、安全保障上の脅威を他国に与えることになるのかどうかは、簡単には予測がつかない問題である。これからもその点をめぐって議論は続いて行くだろう。



注記
1. 猪口孝ほか編『国際政治事典』弘文堂、2005年、639頁。
2. 『同書』639頁。
3. プリンストン大学の国際政治学者であるアーロン・フリードバーグは、米中関係の将来を予測する議論を6つに類型化し分析している。Aaron L. Friedberg, “The Future of U.S.-China Relations: Is Conflict Inevitable?," International Security, Vol. 30, No. 2 (Fall, 2005), pp. 7-45.
4. 例えば、Kenneth Lieberthal, “A New China Strategy," Foreign Affairs, Vol. 74, No. 6 (Nov./Dec. 1995)), pp. 35-49.
5. Friedberg, op. cit.
6. 例えば、リチャード・バーンスタイン、ロス・H・マンロー『やがて中国との闘いがはじまる』小野善邦訳、草思社、1997年。
7. Friedberg, op. cit.
8. Robert Gilpin, War and Change in World Politics (Cambridge: Cambridge University Press, 1981).
9. David Shambaugh, “The New Strategic Triangle: U.S. and European Reactions to China's Rise," Washington Quarterly, Vol. 28, No. 3 (Summer 2005), pp. 7-25.

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