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《プロジェクトの内容》

 今日、国の内外で、日本の法と行政についての情報発信が強く求められています。国際的には、日本法の透明化や対日投資の振興、開発途上国・体制移行国への法整備支援が重要な課題になっていますし、国内的には、留学生受け入れの拡大に加えて、外国人労働者や難民をはじめとする移民受入れに関する論議も高まりを見せています。どの場合においても、日本の法や行政についての情報を相手に正しく伝えることが必要になります。それにもかかわらず、これまで日本法の世界では外国語による情報伝達の問題が正面から取り上げられることはほとんどなかったといっても過言ではありません。

 この共同研究プロジェクトは、日本語及び英語を母語としない人たちに、法令を中心とした日本の法規範・法文化に関する情報を発信するための効果的な方法について、法情報学、言語処理論、通訳翻訳学、メディア・リテラシー論、比較法・比較政治学等の視点を取り入れつつ、学際的なアプローチによって解明することを目的としています。法や行政、情報、言語など、さまざまな専門をもつ研究者が、それぞれの分野において外国語による法情報発信の問題に関わるなかで得られた知識や経験、それぞれが行ってきた理論化・実用化の試みを総合し、多言語による法情報発信について、目的と方法の両面から、掘り下げた研究を行います。主たる対象となるのは中国及び中国の人々に対する情報発信ですが、現在の社会状況に鑑み、刑事法の分野を中心に、ポルトガル語やロシア語を母語とする人々への情報発信についても研究し、多言語化の基礎を固めることを目指します。



《目標と課題》

1.包括的な法情報の提供 
第1チーム

 日本の大学には、法律を学ぶためにアジアの国々から多くの留学生が来ています。これまで彼らの興味の中心は何といっても経済発展と関わりの深い民商法や経済法の分野でした。法整備支援も主としてこれらの分野を中心に行われてきました。他方、日本に滞在する外国人と法との関わりについての議論は、主として、警察通訳や司法通訳の問題など、日常生活から切れた、刑事法の分野を中心に展開されてきました。総じてこれまでの法情報の発信は、目的ごとに日本法の一分野のみに関心を集中させ、法分野相互の関わりについては十分目を向けてこなかったということができます。

 しかし、今日では、そのようなアドホックな情報発信の限界が認識されつつあります。法整備支援も、私法分野だけでなく、他の分野にも広がりを見せています。たとえば、刑事法の分野(特に交番制度をはじめとした警察制度)は、社会基盤の整備という関係から開発途上国の関心を集めています。私法分野と公法分野の両方にまたがる、日本法全体をベースにした法整備支援の可能性が広がっているのです。他方、日本語を母語としない人たちが安心して日本で暮らせるようにするためには、刑事司法についての知識を与えるだけでは不十分です。もっと広く日本社会の法的・行政的ルールや社会的ルールを教えることにより、トラブルに巻き込まれることをあらかじめ回避させ、住民として日本社会に積極的に関わっていけるようにする必要があります。

 この研究プロジェクトでは、法情報発信の内容を狭く限定することなく、さまざまな場面で必要になる情報を洗い出すことによって、効果的な情報発信をするうえで最適な法情報の組み合わせを明らかにするとともに、日本法に関する包括的な理解を与えるための効果的な方法についての展望を示します。




2.支援に携わる人たちへの法情報の伝達 →第2チーム

 日本法についての情報を、直接外国人の利用者に届けるのは必ずしも容易なことではありません。多くの場合、利用者のそばにいて、日本法についての知識をより多くもっている支援者の力を借りることになります。その場合、法情報を利用者に届ける前に、まず支援者に届けることが必要です。法情報の提供によって支援者をサポートすることができるならば、間接的に利用者による日本法理解も容易になるでしょう。

 しかし、支援者といっても一様ではありません。彼らの中には、日本人もいれば、支援の対象となる人々と同じ言語を母語とする人々もいます。また、途上国の法整備支援に携わる人や外国で日本法について授業を行う人のように、法律学の専門教育や法曹としての訓練を受けた人々もいれば、民間のボランティアのように、常識程度の法知識をもつにとどまっている人々もいます。このような支援者のタイプの違いによって、必要な法情報も、その効果的な提供の仕方もおのずと異なってくるはずです。たとえば、法についての専門的知識をもたない支援者には、生のままの条文や判例はそれほど役に立ちません。このような人たちにも法情報が届くようにするには、情報及びそれを伝達する言語の簡略化・平易化を行うことが必要です。


 これまで法情報を利用するのは、学者や実務法曹など、法の専門家だけでした。その幅を広げ、もう少し広い範囲の人に法情報を利用してもらうにはどうしたらよいかを考えるのも、このプロジェクトの課題です。さまざまな支援者のタイプについて認識を深めながら、法情報に対する多様なニーズを把握し、受け手のレベルに合った、効果的な検索ツールを開発することを目指します。




3.情報発信の多言語化
 →第3チーム

 日本語を母語とする人たちの間では、法的なものも含め、多くの社会的ルールが通常暗黙の前提とされています。しかし、日本語を母語としない人々を対象とした情報発信の場合には、それを言葉で表さなければなりません。その場合、情報伝達の確実さ、受け手が覚える安心感という点に関しては、受け手の母語による法情報の発信が優れています。しかし、母語への翻訳による情報発信は、量が限定され、ともすれば断片的にならざるを得ません。

 逆に、もし受け手の側に日本語を学習してもらえるなら、より多くの法情報を提供することが可能になります。ただし、法令等に用いられている日本語は難解であるため、平易な言葉への言い換えの可能性を追求しなければなりません。最近では日本語を母語としない人々に理解しやすい「やさしい日本語」に対する関心が高まっており、法情報発信へのその応用も課題になります。加えて、活字だけでなく、映像やイラスト、フローチャートなどを適切に組み合わせた多元的な情報のパッケージとして提供するような形態を構想することも重要です。

 また、多くの外国人にとって日本語の習得は容易ではなく、これを常に要求するならば受け手の範囲は狭く限定されます。豊富な情報を安定的に伝達するためには、母語への翻訳と日本語の間に、第三の言語、とくに英語を介在させることが有効である場合が少なくありません。英語の併用は母語への翻訳の正確さをチェックするのにも役立ちます。

 
この研究プロジェクトでは、法情報の発信に際し、受け手の母語、日本語、媒介となる言語の三つをどのように組み合わせるのが最適であるかについて、具体的に明らかにします。




4.比較法的視座の導入 →第4チーム

 異なった法制度のもとで暮らしている(あるいは暮らしてきた)人に日本の法制度について知ってもらううえで有効な方法のひとつは、具体的な事例について、その人がなじんでいる法的処理と日本での法的処理を対比させることです。日本で法的問題を解決するやり方が自分たちのやり方とどのように異なっているかを、比較対照によって理解してもらうのです。それは日本の法制度に対する積極的な評価をもたらすこともあれば、逆に、厳しい批判を引き出すこともあるでしょう。しかし、いずれにしても、具体的な事例を素材として異なった法的処理を比較検討し、それぞれのやり方についての評価を蓄積していくことは、法情報の発信者・受信者双方の自己認識を深めるうえで有益であり、学問的にも、比較法・比較政治学の研究にとって貴重なデータとなります。

 もちろん、比較対照のためには、日本法についての情報と、対応する外国法についての情報がともに必要です。法令情報、判例情報、関連情報のそれぞれにつき、日本法と、それと対応する外国法をセットにする形で提供し、異なった法についての情報を結びつけることによって、自己認識や相互理解の深化のための好ましい条件が整うはずです。

 現在日本で採用されている法制度や行政のスタイルは、過去において日本社会が直面した現実的な必要への対応のなかから生まれてきたものです。その理論や慣行の中には、普遍的な有効性をもつ部分とともに、特殊日本的な事情の反映にすぎないものもあるでしょう。今後、法文化を共有しない人たちを相手に情報を発信しようとするならば、既存の法規範の世界に安住するのでなく、国際的な場において日本法を見直し、その通用力を高め、共通の法空間の中で、多くの人に受け入れられるものへと進化させていくことが必要になるでしょう。このプロジェクトでは、そのような課題に応えることも、長期的な目標として視野に入れています。




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